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  • アムウェイ活動再開!! 潜入取材で見えてきたマルチビジネスの不健全なシステムとは?

    アムウェイ活動再開!! 潜入取材で見えてきたマルチビジネスの不健全なシステムとは?

    ツイッターを見ていると『日本アムウェイ』がトレンドに上がっていた。
    アムウェイは連鎖販売取引という販売形態で知られる会社だ。連鎖販売取引は、マルチビジネス、ネットワークビジネス、などと呼ばれる。

     

    ちなみにアムウェイはネズミ講ではない。
    大事なことだから、もう一度言っておくがネズミ講ではない。
    絶対に、絶対に、ネズミ講ではないのだ。
    アムウェイに向かって
    「ネズミ講ですよね?」
    とは絶対に言ってはいけないのだ。

     

    さて、そんなアムウェイがなぜトレンドに上がっていたかというと、消費者庁から
    「違法な勧誘行為をした」
    として命じられた、6ヶ月間の取引停止期間が14日に終了するからだ。

     

    半年間は会員間以外の取引を禁止していた。具体的には。
    「会員が勧誘すること」
    「消費者に契約申し込みを受けさせること」「契約を締結すること」

     

    つまり半年は新規の会員は増やせず、小売販売のお金だけでなんとかしろ、という事だ。ちなみに小売に関しては、仲間だけではなく、一般消費者に売ることもできる。

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    なぜそんなに重たい措置を食らったかというと、
    「社名や目的を言わなかった」
    「目的を告げず、相手を密室に連れ込んで勧誘した」
    「契約しない意思表示を無視して一方的に勧誘を続けた」
    「契約締結前に概要が書かれた書面を交付しなかった」
    の4つだ。

     

    なるほど、密室がダメだから、喫茶店やファミレスで勧誘活動をしているわけだ。

     

    大阪の喫茶店で打ち合わせをしていたら、隣の席に女性が座った。上着の胸の当たりには、でかでかとグッチのマークがプリントされていた。
    なかなかイケイケの服だなあ……と横目でチラチラ見ていると、若い女子2人がやってきた。グッチ女子がマルチビジネスの勧誘をはじめた。
    頑張れば儲かる、という甘い話をしつつ、

    「アムウェイやってたら、こんなグッチの服着られんねんで。着たいやろ、グッチ?」

    「着たいです!!」

    着たいんかい!! とズッコケそうになった。

     

    ちなみに筆者の実家はかつてコメダ珈琲を営んでいたのだが、ちょくちょくアムウェイなどマルチビジネスに利用されていたらしい。

    「あいつらマジで腹立つで、怒鳴って追い返したったわ」

    と気の荒い父親が言っていた。喫茶店で長々と勧誘活動するマルチビジネスもいかがなもんだと思うが、怒鳴って客を追い返す喫茶店もいかがなものかと思う。
    ちなみにトヨタ自動車と創価学会は、金払いが良く、サッと帰るので上客だったそうだ。

     

    そんなアムウェイだが、僕は実はA社に潜入取材をしていたことがある。
    なぜ急にA社と言うかといえば、訴えられたくないからである。連載再開2回目で、訴えられるのは申し訳ない。

  • 凍てついた眼差し|統合失調症の母に虐待された「あの子」の目

    凍てついた眼差し|統合失調症の母に虐待された「あの子」の目

    あいである広場が休止してから約1年半。やっと再開の目途が立ち、今日から編集長である私も書き始める。この1年半にあった出来事については、おいおい書いていくけれど、とりあえずおめでたい。再開、第二弾の記事は、私が元夫のDVから逃れて入所した、母子自立支援施設で出会ったA子ちゃん(私立中学生)母子について書いていこうと思う。

     

    母子自立支援施設での暮らし

    私は約8年近く前に元夫のDVから逃げて、当時2歳だった我が子と母子自立支援施設という場所に入居していたことがある。母子自立支援施設は、主にDVが理由で、夫と別居や離婚した子連れの女性が、生活を立て直すための施設だ。私がいた施設は、1階に福祉系の資格を持つ職員がいる事務所があり、その上の階が3LDKの居室となっていた。一見普通のマンションと何も変わらないように見えるが、中では臨床心理士による無料カウンセリングも受けられ、家賃も無料。DVで傷ついた母子にとってはありがたい施設なのだ。私は約2年間、そこで生活保護を受給しながら暮らし、会社員に戻って経済的な自立をした。

     

    コロナ禍で失業者が増えている今、施設長によると入居希望者は増えているという。子どもとともに生活を立て直したいという方は、市区町村の福祉事務所に相談してみて欲しい。

     

    そこには、当時10組ほどの母子たちが暮らしていた。その中に、A子ちゃん(私立中学生)とそのお母さん(30代)はいた。

     

    隣の迷惑な住人の正体

    ある日、新しい入居者としてA子ちゃん母子が入居してきた。A母は30代で、とても清楚な身なりをした、ロングヘア―の美人だった。そして、お嬢様女子大学出身で、英語は堪能で、外資系の会社で派遣社員として働いていた。

     

    だが、異様に音に対し過敏だった。例えば、クーラーの室外機はベランダにあったが、室外機の音に対するクレームが多かった。「施設」というと、壁が薄かったり、プライバシーが守られなかったりするイメージをもつ方もいると思うが、そんなことはなかった。鉄筋コンクリート造りの部屋はとても静かで、隣の部屋の音などは一切聞こえない。

     

    当然、部屋にいても、隣の室外機の音などは聞こえなかった。A母は我が家の「冷蔵庫を開ける音がうるさい」「室外機の音がうるさい」「玄関の開閉の音が気になる」等の生活音に対するクレームを事務所に言っていた。生活音を全く立てずに暮らすことは無理だ。施設側も分かっているので、A母についてのクレームは1回伝えられただけで、気にしないように言われた。

     

    直接、部屋に乗り込んできたA母

    A母とはライフスタイルの違いから、直接、顔を合わせることは滅多になかった。施設内では季節ごとのイベントや飲み会があったが、A母子は参加していなかった。

     

    ある日、玄関のチャイムが鳴った。ドアスコープを覗くと、A母子の姿が見えた。玄関を開けると、A母が目を充血させ、殺気立った様子で立っていた。開けた途端、早口で「あなたの家の音がうるさくて私は眠れない」「嫌がらせで壁を叩いているだろう」などと、身に覚えのないことを早口でまくし立てる。とてもまともに話が通じる感じではなかった。その後ろには、暗く洞のような目をした中学生のA子がいた。A子はただ母の後ろで、私の目を見つめ無表情で立っていた。まだ2歳だった息子も部屋にいたので、私は怖くなり「事務室に言ってください」と言い玄関を閉めて職員につながる内戦電話に連絡をした。

     

    職員がつくまで10分ほど、A母は玄関の前で叫んでいた。

     

  • 幸福●科学・大川隆●の医学的な死と復活。教団員が切望する、非科学的な未来とは?

    幸福●科学・大川隆●の医学的な死と復活。教団員が切望する、非科学的な未来とは?

    というわけで『あいである』が復活だそうだ。ライターの仕事をしていると、自分の書いている雑誌が休刊になることはよくあった。休刊とは文字通り「雑誌の刊行を休む」ということだ。
    「じゃあ、いつか復活するのだろう!! ワクワク!!」
    なんて素直に蘇るのを待っていたら、ライターは餓死してしまう。休刊とはつまり廃刊を意味していた。

     

    もちろん復活した稀有な例がないわけではない。『漫画アクション』『ファンロード』など。『映画秘宝』は復刊したものの、編集長が一般人に恫喝DMを送り込んだのが炎上。再び長きの眠りについた。

     

    まあこういう業界でずっと仕事をしてきたので、
    「あいであるは一旦、休止になります」
    と言われた時には、
    「はい、永久にオサラバね!! おつした!!」
    と考えていた。

     

    だから、復活すると聞いた時には、嬉しいというより、むしろギョッとしたのだ。
    なにはさておき、おめでとうございます。

     

    今回からは、ちまたに流れるニュースから興味深いものを取り上げていきたいと思う。
    第一回は復活つながりで、『幸福●科学の大川隆●の死と復活』について取り上げたい。

    たまたまだが、2023年4月9日はイースターである。
    イースターといえば、卵やら、ウサギやらがキャラクターのフワフワしたお祭り……くらいのイメージしかない人が多いんじゃないだろうか?
    イースターは“復活祭”である。
    キリスト圏では、貼り付けにされたキリストが三日後に復活したのを祝う祭りで、祭りの中でも最も重要視されている。

     

    ただ、この日にキリストが甦ったというわけではない。そもそもイースターは大陰暦なので、毎年日付が変わる。キリストが蘇る前から復活祭はあった。春は長く続いた冬からの“復活の季節”だ。

    なぜ復活祭にウサギなのかと言えば、諸説あるがおそらく繁殖力が旺盛だからだろう。ウサギは人間と同じくオールシーズンが発情期。メスは胎内に子供がいる状態で、さらに妊娠することができる。一回の出産で10匹も出産。オスはマウンティングでガシガシ腰をふる。その上縄張り意識が強く結構喧嘩っぱやい。

     

    「ウサギは寂しいと死んじゃう」
    というのは真っ赤なウソだ。生命力がほとばしっているから、イースターのキャラに選ばれた。イースターエッグもそのままだ。卵自体が生命や豊穣のシンボルである。

     

    ただ春が復活するといっても、同じ春が巡ってくるわけではない。必ず新しい春だ。卵もウサギも命はどんどん入れ替わり、新しい個体に引き継がれていく。それは無論、私達人間もそうだ。

    だがキリストの復活劇は、そういう「命のリサイクル」というような生き返りではない。キリストは十字架にかけられ死んで墓に埋められた。それから三日後にキリストは復活する。墓は空になっていたと言われているし、手や腹には穴が開いていたと言われているから、キリストの肉体がそのままムクッと蘇ったのだろう。現在の感覚だと、ゾンビ的だ。
    生き返ったあとは特に目立ったことはせず、40日間弟子と過ごした後に、天に上って消えてしまった。
    キリストは、肉汁たっぷりで生々しく蘇ったのに、最後はフワッと霊的な感じで消えてらっしゃる。

    「死んだ人間はなにがあっても絶対に蘇らない。だからキリストも本当には蘇ってはいないだろうな」

    と今ルポを読んでいるほとんどの人は思っているのではないだろうか?
    「何を当たり前のことを……?」
    と思うかもしれないが、そうでもない人たちもいるのだ。

  • 「青木ヶ原樹海で自殺したい」と相談を受けた筆者の話|『人怖 人の狂気に潜む本当の恐怖』に載らなかったヒトコワ・エピソード

    「青木ヶ原樹海で自殺したい」と相談を受けた筆者の話|『人怖 人の狂気に潜む本当の恐怖』に載らなかったヒトコワ・エピソード

    「樹海で自殺したいと思っているのですが、相談にのってもらえませんか?」

    と見知らぬ男性からメールが届いた。
    彼のSNSアカウントを見てみると、樹海で自殺するまでの様子を綴るために作ったアカウントだった。

     

    少し遠回しにしているものの
    「数ヶ月先の月末に死のうとしている」
    と書かれていた。

    青木ヶ原樹海

     

    しばらくメールを眺めて、どうしようかと迷った。
    他人に自殺の相談をするというのは、やや常軌を逸している。そういう人が厄介な人である可能性は高い。

    ただ、そのまま放置するのも気が引ける。 迷いに迷って、結局数日後に返信した。

    数日後に、高円寺のトークライブに出演する予定があったので、イベントの前に少し会って話を聞くことにした。

     

    高円寺の喫茶店に到着すると、その男性はすでに到着しており、喫茶店の玄関先で頭を下げられた。
    服装はサラリーマンの私服という感じだった。表情はマスクで分からなかったが、
    「わざわざ忙しい中すいません!! ありがとうございます」
    とハキハキと挨拶をする。
    傍から見ていて、これから自殺の相談をする人には見えないと思う。

  • 15分きざみで深夜も痰吸引|医療的ケアが必要な子の母たち。自身も医ケア児を2日で亡くした支援者の思い

    15分きざみで深夜も痰吸引|医療的ケアが必要な子の母たち。自身も医ケア児を2日で亡くした支援者の思い

    前回に引き続き、東京都目黒区で医療的ケアが必要な児童のための療育施設「ガブリエル」の代表 松尾 由理江さん(46歳)にお話を伺った。

    ガブリエル,目黒区

     

    2021年(令和3年)6月に「医療的ケア児及びその家族に対する支援に関する法律」(以下「医療的ケア児支援法」)が成立し、同年9月18日に施行された。https://www.mhlw.go.jp/content/12601000/000794739.pdf

     

    この法律により、国や地方公共団体は医療的ケア児及びその家族に対する支援に係る施策を実施する責務を負うことになった。

     

    医療的ケア児とは「日常生活及び社会生活を営むために恒常的に医療的ケア(人工呼吸器による呼吸管理、喀痰吸引その他の医療行為)を受けることが不可欠である児童(18歳以上の高校生等を含む。)」のことを言う。

     

    それに先駆けて、2019年8月29日に松尾さんは東京都目黒区で医療的ケアが必要な児童のための療育施設「ガブリエル」を設立した。松尾さんは、障害者支援者であり、21歳の長女・19歳の次女・12歳の次男の母でもある。そして、自身も、31歳の時に医療的ケアが必要な長男を生後2日で亡くしている。

     

    松尾さんは、出産直前になり、医師より、エコー検査で子どもの肺がないと告げられた。ハルト君は先天性横隔膜ヘルニアで、通常の14%ぐらいしか肺が育っていなかった。すぐに入院となったが、医師からは、「そーっとお腹から取り出して、産声を出さずに手術をすれば大丈夫」と言われていた。しかし、ハルト君は、生後2日で亡くなった。

  • 自閉症者のパニックとその支援者|「一番傷つくのは本人」止めるためにはケガもいとわない過酷な現場

    自閉症者のパニックとその支援者|「一番傷つくのは本人」止めるためにはケガもいとわない過酷な現場

    今回は、東京都目黒区で医療的ケアが必要な児童のための療育施設「ガブリエル」の代表 松尾 由理江さん(46歳)のお話を伺った。松尾さんは、障害者支援者であり、21歳の長女・19歳の次女・12歳の次男の母でもある。そして、自身も、31歳の時に医療的ケアが必要な長男を生後2日で亡くしている。

    カブリエル,松尾

     

    松尾さんは、緑と花と彫刻の町、山口県宇部市に生まれ育った。2人の兄の下に産まれた末っ子だ。昔は炭鉱の町だった宇部市は、共稼ぎの家庭が多く、松尾さんの両親も共稼ぎだった。父は会社員、母は看護師だった。看護師の母は多忙だったが、3人の子どもを愛情深く育ててくれた。だが、幼少期の松尾さんは、母が忙しく家にいないことを寂しいと思って育った。夜勤の日などは、泣きながら母を送り出した。始めは、母と同じく看護師を目指そうと考えていた。だが、中学生くらいのとき、自分と同じような思いを自分の子にはさせたくないと思い、保育士を目指すことに決めた。そして、短大は保育科社会福祉コースに進学した。

     

    在学中、保育士になるための実習をしていた。通常の保育園はもちろんだが、社会福祉コースだったため、療育機関での実習もあり、そこで障害のある子どもたちに触れることとなった。

     

    そのセンターで、4歳の自閉症の少年(ハルト君)と出会う。ハルト君はまだ4歳だったこともあり、しゃべることはできなかった。1週間の実習期間、松尾さんはハルト君のトイレットトレーニングを担当した。実習の間、ハルト君は松尾さんに非常になついており、お昼寝の時間に目が覚めて、松尾さんを探し泣くこともあった。松尾さんを見つけると、泣きながら走ってきて胸に飛び込んできた。松尾さんは彼を「ハル君」と呼び、熱心に介護した。実習の最終日、ハルト君は自分でトイレに行くことができた。その姿に心が揺さぶられ、松尾さんは涙を流したという。担当の相談支援員に報告したが、支援員も一緒に涙を流して喜んでくれた。松尾さんが障害者支援を続ける原点となった出来事だった。

     

    その後、松尾さんは暇さえあれば、その施設にボランティアで通った。卒業当時は空きがなかったので、就職はできなかった。だが、2年目に職員の空きが出て、当時は「精神薄弱通院施設(今の療育センター)」と呼ばれていたその施設に就職することとなった。

     

    「ひどく差別的な名前でしょう。でも、昔はそう呼ばれていたんです」と松尾さんは語った。

     

    20代の松尾さんは、まだ知識や経験がなく、もっと勉強したいと思った。モンテッソーリ教育の学校に通い、青年海外協力隊に応募するなどどん欲に勉強した。23歳のとき、青年海外協力隊の応募に通過し、フィジーでの障害者支援が決まった。その準備をしている最中、松尾さんは当時付き合っていた恋人との子を妊娠した。松尾さんはフィジー行きを諦め、出産と同時に東京で暮らすこととなる。

     

    第一子出産後、保育士の資格を活かし保育園で働いた。だが、どうしても福祉の世界に戻りたかった松尾さんは、ボランティアで療育センターMに通い続けた。そして、28歳のとき、職員の空きが出たタイミングで、非常勤職員としてMに就職した。Mは50人程度しか通う児童もおらず、週2~3日の手厚い療育を行っていた。とても充実した日々で、とにかく仕事が楽しかった。3年間働いた後、長男の妊娠を機にやめることとなる。当時はMには、非常勤職員の産休や育休はなく、妊娠したらやめざるを得なかった。

  • 精神病院に潜入取材をしたら出られなくなってしまったライターの話|『人怖 人の狂気に潜む本当の恐怖』のボツになった話

    精神病院に潜入取材をしたら出られなくなってしまったライターの話|『人怖 人の狂気に潜む本当の恐怖』のボツになった話

    11月29日に『人怖 人の狂気に潜む本当の恐怖』(竹書房)という本を上梓させていただく。
    ひたすら人間が怖い話を39話書いた。
    今回は、編集者によってボツになってしまった一本を紹介したい。面白いと思ったら是非、本を買っていただきたい。

    人怖 人の狂気に潜む本当の恐怖 村田 らむ人怖 人の狂気に潜む本当の恐怖

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    「頭がおかしいふりをして、精神病院に入院しよう」
    という企画を雑誌ですることになった。

     

    俺はとにかく気が触れたフリをして、精神病院をいくつも回った。だがどこでも
    「ではお薬を出しておきましょう」
    と言われて帰されてしまった。

     

    思い切って自分の肩を刃物で切っていって、狂っているというアピールしてみた。今考えてみると、本当にそこそこ狂っていたんだと思う。しかしそれでも入院はできず
    「うちではちょっと面倒みきれないので大きな病院に行って下さい」
    と追い出された。どうにも困ってしまい、何件かめの病院のカウンセリングの時に、
    「もう死にたい気分です……」
    とつぶやくと、医師の目の色が変わった。
    「君、死にたいの? 死にたいと願う気持ちがあるの? それじゃあ入院できるように手続きするよ」
    と一気に事態は動き出した。

     

    ただ都内の精神科では病床に空きがなかったので、東京西部の山の中にある精神病院に入院することになった。

     

    手続きを終えて、病棟に入るとそこはカオスな空間だった。

     

    60歳くらいの男性が「キーン」と叫びながら目の前を走りぬけていった。石のように固まって口からよだれを垂らしている人。奇声を上げている人。俺はここに仲間入りするのかと思うと、心底不安になった。しかしここまで来てしまったら、引き返せない。

    精神病院

    手続きをすませた後、ベッドに案内された。俺が周りから聞こえる叫び声に怯えていると、薬を飲ませるから口を開けろと言われた。

     

    看護師が喉の奥に薬を放り込む。

     

    目の前で飲んで、口を開けるように言われる。飲んだふりをして薬を捨てたりさせないためだ。
    俺は言われるまま薬を飲みこんだ。

     

    数分後、俺の中の感情が死んでしまった。 老人の叫び声も、走り回る親父も、認識はできるのだが、見聞きしても
    「ヤバい」
    とか
    「怖い」
    とか感じないのだ。

     

    「サケンデイル、ヒトガイル」
    とカタカナで思う。

     

    そして身体が圧倒的に気だるく、トイレに行きたいと思ってから立ち上がってトイレに行くまでに1時間もかかった。

  • 広島の幻のドヤ街・ドンを紹介!!|西日本ドヤ街紹介

    広島の幻のドヤ街・ドンを紹介!!|西日本ドヤ街紹介

    今回は、前回の関東のドヤ街紹介に引き続き、西日本のドヤ街を紹介したい。
    ただ、実際には西日本には大阪の西成(あいりん地区、釜ヶ崎)以外のドヤ街はほとんど残っていない。
    今回はすでになくなってしまった、西日本のドヤ街のエピソードもあわせて紹介したい。

     

    2000年頃に福岡にドヤ街の取材に行ったら、ちょうど最後のドヤを重機で取り壊している途中で
    「ああああ……」
    と悲嘆にくれてしまったこともある。

     

    名古屋は、名古屋駅の近くに笹島というドヤ街があったが、ポツポツと宿があるものの、ドヤ街とはあまり言われない。

     

    そんな名古屋でホームレスから話を聞いていた時に
    「広島のドヤがすごかった」
    と聞いた。

     

    その人は、

    「名前は“ドン”って呼ばれてた。ピカドンのドンだ!!」

    などと聞いたが、本当かどうだか分からない。2002年に実際に足を運んだ時には、すでにドヤ街は、マンション街に変わっていた。わざわざ広島まで足を運んだので、ガッカリだった。

     

    ただ一人、当時から定食屋をやっているという婆さんと会うことができた。
    すでに店は畳んでいて、収入は自動販売機のみとの事。常連さんとご飯を食べていた。

    西成,食堂

    婆さんは昭和23年から現在の37号線沿いで商売を始めたそうだ。原爆投下から3年後である。広島のドヤ街は、投下後すぐにできたそうだ。全国から人夫が集まって、大した賑わいだったそうだ。放射能なんておかまいなしなのだ。

     

    当時は大した物資は手に入らず、闇米や闇タバコを扱っていた。専売公社に捕まって怖くて泣いたこともあったそうだ。その後、タバコと酒の取り扱いの許可をとり、なんとかお店は順調に軌道に乗った。

     

    当時、一番に取引していたお店は韓国人オーナーの宿兼定食屋のお店。ずいぶん儲かっていたという。

    その食堂では米軍のゴミ箱から、豚の顔などを拾ってきて、洗って調理して出していたという。美味くて人気だったそうだ。

     

    当時の話を聞いて面白かったのは、当時の広島で、一番たちが悪かったのは関東から来た人夫だというエピソードだ。

    「東京から来たっていう人らはみんな荒くて。すぐに刃傷沙汰じゃけん、みんな近寄らなかった」

     

    広島と言えば、菅原文太の仁義無き戦いを思い出すのだが、怖いのは関東のヤクザだったのだ。とにかくいきなり刺してくるから怖かったという。お店が血まみれになったこともたびたびあったという。

     

    確かに、僕が取材していて厄介な目にあったのは山谷と寿町である。刃物をだされたことも2度あった。西成は荒っぽいイメージがあるがそこまで危ない目にはあっていない。

     

    その後、旦那が不動産で失敗して、財産を失った後に他界。しかたなく、人夫相手に、居酒屋を始めたという。
    韓国人の一家も、韓国に帰った後、不幸が続いて一家離散してしまったそうだ。

     

    婆さんに人生で一番つらかった事は何ですか? と聞いてみると

    「甥っ子に騙されて、お金を奪われたこと」

    と言っていた。何より心が傷ついたそうだ。人間関係は、時には原爆より心を傷つけるようだ。

     

    人生はむつかしいものである。

  • 関東のドヤ街を大紹介~山谷・寿町・川崎のドヤ街の実態。困った時に逃げ込めば、なんとかなる?~

    関東のドヤ街を大紹介~山谷・寿町・川崎のドヤ街の実態。困った時に逃げ込めば、なんとかなる?~

    ドヤ街は、赤貧や家庭崩壊で住む場所を失ってしまった人たちが訪れる街として知られていた。
    日雇い労働者の泊まるためのドヤ(宿の隠語・簡易宿泊施設)が林立する地域がドヤ街である。今でも、安価で泊まれるドヤはある。

     

    というわけで、今回は関東のドヤ街を紹介したい。

     

    まず、知名度はあまり高くない川崎のドヤ街を紹介する。
    戦後は“はらっぱ”と呼ばれたと聞いたが、その名前を覚えている人は取材をした当時でもかなりの老人だけだった。

     

    川崎に生まれた時から住んでいる女性にドヤ街があるらしいんだけど知らないか? と聞いたら、
    「そんな場所はない」
    と言われた。実際、行ってみるとその子の住んでいる場所が、もろにドヤ街だった。
    それくらい、ドヤ街としては霞んでいた。

    ドヤ街日進町

    僕は川崎のドヤには泊まった事があったが、2300円と相場より少し高かった。
    テレビが100円入れないと見られないタイプだったり、コンセントが使えないなどあまり良いドヤではなかった。

     

    何より隣室から、店の主が客の老人に向かって

    「ゴロゴロ寝やがってこのジジイ。次、小便もらしたら、追い出すぞ!!」

    と叫んでいる声が聞こえてきて、最悪な気持ちになった。

    川崎のドヤ街がある日急に注目された。

    火事だ。

    火事,ドヤ街

    2015年5月17日未明、吉田家から出火した。吉田家とよしの、2軒が全焼して、9人が亡くなった。

    ある週刊誌に取材を頼まれてバイクで現場まででかけた。まだ焦げ臭く、消防や解体業者がいた。そして警察とマスコミも大量にいた。

     

    普段なら「週刊誌の記者です」と言えば、ある程度話が聞ける。
    ただ今回は大きな事故だったので、テレビ局が来ていた。テレビ局の取材を受けると、雑誌社なんてどうでもよくなるらしい。

     

    ドヤの店主に、

    「うちはNHKに話すことにしちゃったんで」

    なんて上から目線で言われてむかっ腹を立てた。

     

    しかしたまたま知り合いのテレビニュースのスタッフにばったり出会った。事情を話して、取材で得た情報を少し聞かせてもらうことになった。
    さすがテレビ局だけあって、すべてのドヤに話を聞いて分厚いフォルダに閉じられていた。

    なんでも、ほとんどのドヤが違法建設で、非常階段がなく、消火装置もついていなかったそうだ。それに、

    『現場に灯油の臭いがした』

    『直前に言い争う声が聞こえた』

    『金の貸し借りで追い出された人がいた』

    など、きな臭い話も出てきたという。

    火事,ドヤ街

    焼けたドヤを見ながらケタケタと笑っているオッサンにも話を聞いた。

    「昔、ここに住んでたよ。ベニヤ板で出来たような家だから燃えて当然だよ。むしろよくいままで燃えなかったなって感じ。役所は昔から、ドヤを潰したいと思っていたんだ。正直な話。今回、燃えてちょうどよかったと思ってるんじゃないか?」

    と楽しそうに語った。

     

    まあさすがに役所の人たちもそこまで意地悪なことは思わないと思うが、そういう空気があったのは事実などだろう。

  • スポーツはしなくていいから、運動はしろ!!|自分の身体をいじめて、仕事をした気になるな。飯食って風呂入って寝ろ。

    スポーツはしなくていいから、運動はしろ!!|自分の身体をいじめて、仕事をした気になるな。飯食って風呂入って寝ろ。

    コロナ禍もどうやら明けつつあるが、2年近いコロナ生活で

    「すごい運動不足になってしまった」
    という人もいるだろう。

     

    特に、座業の人は運動不足になりやすい。自宅で仕事をしているとなおさらで、がんばれは一日100歩も歩かずに終えることができる。

     

    かくいう筆者も、一日のほとんど部屋にいるので、常に『深刻な運動不足』と隣合わせになっている。

     

    筆者は、職業柄、漫画家やイラストレーター、ライターの知り合いが多い。
    ライターは取材に出かけたり、インタビューに出かけたりする人が多いから比較的運動不足にはなりづらい。

     

    しかし、コロナの影響で取材できる場所は減ったし、インタビューもZOOMになってしまって、運動量が激減している人も多い。

     

    漫画家やイラストレーターはそもそも、忙しくなると運動をしなくなる人が多い。
    そういう人の運動のしなささは、ちょっと常識を外れている場合がある。
    10時間以上ほぼ席も立たずに漫画を描き続けたりする。

     

    結果、筋肉が落ちる、肥満になる、エコノミークラス症候群でぶっ倒れて救急車で運ばれる、などとなってしまうことが多い。ちなみにエコノミークラス症候群とは、飛行機のエコノミークラスのように決まった姿勢で長く座り続けると、血の塊ができ、その塊が肺まで流れてきて肺塞栓症になり最悪の場合死ぬ。

     

    そういう人たちと話していて、

    「ちょっとは運動したほうがいいよ」
    というと、
    「スポーツしてる暇ないんですよ」
    とか
    「スポーツは昔から苦手なんですよ」
    と言われる場合が多い。

     

    なぜかみんなちょっと得意げだ。

  • ホームレスとギャンブル依存症の強い関係性|なにもかもを失っても、ギャンブルをやめない人たち。

    ホームレスとギャンブル依存症の強い関係性|なにもかもを失っても、ギャンブルをやめない人たち。

    野宿生活をしている人に話を聞いていると、なんらかの依存症であることは多い。

    一番、多いのはやっぱりアルコール依存症だ。そして、その次くらいに耳にするのが、ギャンブル依存症だ。

    ギャンブル依存症、ギャンブル障害は、精神疾患として分類されている。
    つまり“病気”だ。
    ギャンブルをしている人の脳では、エンドルフィンという物質が分泌される。これは“報酬系”と呼ばれる脳の部分を刺激する。つまり気持ちが良くなる。だから脳内麻薬と呼ばれる。

    ギャンブル

    ギャンブル依存症の人は
    「お金を増やそう」
    と思ってパチンコや競馬に興じているというよりは、ギャンブルをやることで脳内麻薬を出して気持ちよくなっているのだ。だからアルコール依存症や麻薬依存症に近い。

     

    ギャンブル依存症の怖いところは、もろに貧困につながるところだ。
    ストレス発散でギャンブルをはじめて、段々のめりこんでいく。

    ギャンブルは基本的には勝てない。
    それに本当にキチンと作戦を立てれば勝てる賭け事もあるが、それはすでにギャンブルではない。仕事である。
    勝つか負けるか分からない。むしろ負ける要素が強いところに、お金を突っ込むから脳内麻薬がドバドバと出るのだ。

     

    ギャンブル依存症になると、

    「ギャンブルにますますのめり込む」

    「興奮をえるために掛け金が増える」

    「負けた金を、ギャンブルで取り返そうとしてよりたくさんの借金を作る」

    という負の連鎖がおきる。

  • アメリカ産カルト団体Sと反ワク反医療の激ヤバ医師がタッグを組んだ?|弁護士サイトはカルトの味方? 

    アメリカ産カルト団体Sと反ワク反医療の激ヤバ医師がタッグを組んだ?|弁護士サイトはカルトの味方? 

    ユーザーの質問に、登録弁護士が回答するシステムのサイトが『精神科医療の裏側』についての記事を載せていた。
    そしてその記事について非難が出ていた。

     

    取材協力を受けていた人権団体がアメリカのカルト団体Sが作った組織だったからだ。

     

    Sは日本ではあまりニュースにならないが、海外ではカルト団体としてよく取り上げられる。ハリウッド男優のTなどセレブが熱心な信者であることが知られている。ハリウッド男優のJはSの教祖の本を原作に映画を撮り、ダメ映画に与えられる2000年度のゴールデンラズベリー賞を受賞していた。

     

    実は筆者はかつてSに潜入取材したことがあった。潜入と言っても、Sはウエルカムで一般客を受け入れている。教団施設の入り口もホテルのロビーのような雰囲気で、中に入ると
    「Sにようこそ!!」
    と明るく案内された。そしてすぐに
    「Tのビデオを見ますか?」
    と言って映像を流し始めた。

     

    ハリウッド男優Tが壇上で演説をし、広い会場を埋め尽くした観客たちが大歓声をあげていた。

     

    いきなり啓蒙的なビデオを見せて油断させた後には、謎のテストがはじまった。
    「トラウマを探すテストをしましょう」
    と言って変な機械を取り出してきた。機械から出ている鉄の棒を握らされる。
    「家庭、女性、プライベート、仕事……」
    と言葉を投げかけられる。うそ発見器のシステムで、反応する言葉を探しているらしい。

     

    「女性で反応が出ました!! ズバリ、あなたは女性問題にトラウマを抱えてますね!! 吐き出しましょう!! 吐き出して楽になりましょう!!」
    としつこくしつこく聞かれた。

     

    これはこの教団がよく使う詐欺的な手法だ。

     

    その後は、性格診断テストを一時間ほどかけて受けた。テストの内容は、ふんわりとした抽象的な内容だった。

    「あなたはとても素晴らしい資質を持っています。でも女性関係で過去の出来事が邪魔をしています。Sに入会して過去のトラブルを消していけば、今よりもっともっと素晴らしい人になれますよ!!」

    と言われた。

     

    その後ビルの内部に連れて行かれ、トラウマを克服する自己啓発みたいなのを何度もやらされた。

     

    正直、取材対象としてあまり面白くなかった印象だ。
    宗教的ではあるものの、内容は自己啓発セミナーであり、神様的な存在は出てこない。
    宇宙人が神様であるとか、教祖は仏陀の生まれ変わりで宇宙の根本仏だとか言ってくれた方が、潜入取材としては面白い。