「勧めた手前もありますし、何より吠夢先生の熱意にほだされて協力することにしました。ITに疎かった吠夢先生ですが、ガラケーからスマホに新調しました。『note』でいきなり収益を上げるのは難しいでしょうから、僕の方でも出版社と交渉して連載が4話分たまった時点で電子書籍として配信する内諾を得ました」
そして2018年になった。年明けそうそう、吠夢さんからTさんに、原稿上がったとの一報が来た。吠夢さんは正月の間は、自室で一人で原稿を書き続けていた。
「原稿を見せてもらいました。原稿からはやる気が伝わってきました。次回の打ち合わせも早くしましょう!! ということになりました」
しかし、打ち合わせ日に吠夢さんは現れなかった。Tさんから電話をかけてもなかなかつながらず、一時間後にやっと電話に出た。電話越しの吠夢さんは泥酔しているのか呂律が回っていなかった。ひたすら「ごめんなさい。ごめんなさい」と謝り続けた。Tさんは落ち着いたらまた連絡をください、と言って電話を切った。
「とにかくビックリしました。吠夢さんは打ち合わせをすっぽかすようなことは今まで一度もなかったので」
そしてその電話が、Tさんと吠夢さんの最後のやり取りになった。その電話以後、二週間音信不通の状態が続き、心配になったTさんが警察に連絡。警察官は吠夢さんの部屋で、冷たくなった遺体を見つけた。遺体は遠方に住む高齢の両親に引き取られていった。
「アパートの大家さんから僕に連絡が入りました。僕が以前吠夢さんに送っていた、安否を気遣うFAXを見たようです」
葬儀は実家で密やかにあげられたため、Tさんは参列していなかった。つい最近まで、交流していた相手だけに、手の一つでも合わせたかった。そして、もし可能なら、最後の原稿を見てみたいという気持ちもあった。吠夢さんの部屋は、想像以上に汚い部屋だった。長年の男一人の万年床で、物が散乱していた。過去の作品も無造作に置かれていて、最後の原画はなかなか見つからなかった。