
化学物質過敏症をご存知でしょうか?環境による生きにくさの一つでもある、大気中に漂うミクロの化学物質の粒子によって免疫系や神経系などに異常が起きる病気です。
アレルギー症状や頭痛、腹痛、耳鳴り、うつ状態など様々な健康被害の症状に悩まされるのです。
シックハウス症候群なども化学物質過敏症の一つです。
日本ではまだあまり研究が進んでいないようで厚生労働省のサイトでは化学物質過敏症に関する情報が乏しいのが現実です。
しかし化学物質で悩んでいる、暮らしにくい思いをしている、困っている人というのは存在している!
発達障害がある息子が10歳のときに発達障害の検査で通ったクリニックに置いてあった障害情報誌の中で過敏症の人が自身の暮らしを語ったコラムを読んだことがある。
鼻の機能が敏感すぎてアパートの隣に住んでいる住人の体臭までわかるという。
その体臭の感じから隣の住人の体調まで見えてくるし、排水溝から漂ってくるニオイを防いでいても鼻の機能のせいでニオイはしてしまうというものだった。
私の年子の姉がやはりそうで。化学物質過敏症は五感が鋭いこともありまして姉が暮らしていたアパートの隣の住人が吸っているタバコのニオイが壁の隙間から自分の部屋に漂ってきているのがわかったり、下の階の住人がストーブを消すと床からストーブを消した際のガスのニオイが漂ってくることがわかったりするのです。
喚起をしてニオイの元を外に追い出したいけれど窓を開けるとお向かいの家の風呂場から洗剤のニオイが漂ってくる。
臭いだけなら我慢もできるが、このニオイの元は化学物質。

化学物質を吸いこんでしまうと上顎が痛くなったり鼻の奥が痛くなったり、耳の中がかゆくなる咳が止まらない、肌に触れてしまうと肌が赤くなりかぶれや湿疹、ただれとなってしまう。
一日中化学物質のニオイに悩まされること30年…。
小さい頃からアトピー性皮膚炎でステロイド剤が欠かせず、皮膚炎がヒドイときは手足に包帯を巻き治療していたし、綿以外の服は着れません。
それも服の生地に染物をしている衣類はダメで染料も化学物質の場合はアトピー性皮膚炎の原因になってしまう。
汗をかけば自分の汗でも痒くなり湿疹になるため常に汗を拭く清潔なガーゼを持ち歩き肌を冷やしながら拭き取る。

指1本1本に薬を塗り保護する綿の手袋も欠かせない。化学物質から身を守りケアする話は語りだしたらキリがない。
大手企業からは年々新商品が発売される香りの続く柔軟剤、様々な香りの入浴剤、整髪剤や香水。それらのニオイの粒子が空気中に漂ったり、下水に流れて地域に漂う。それらを吸い込まないように多くの家庭が洗濯をする時間帯には外を出歩かないようにしたり、整髪剤や香水の匂いで充満している電車。
電車に乗ると咳が止まらなくなるし目も染みるように違和感を感じるし、新型コロナの前からいつでもマスクが欠かせない生活だった。
食べ物についても食べられないものが多い、人工甘味料や添加物の多い食品を食べると舌がおかしくなる。「これは食べたらいけない!?」と感じたものは一切食べない。
人に勧められて仕方なく初物を食べて皮膚や耳の中が痒くなるといったこともあるので十分に用心して選ばなくてはならないなど生きていくために五感を研ぎ澄ませていかなければならない。
姉が大変な思いをして生きているのに私は健康そのもので、痛いところは頭の中ぐらい。近くで姉のアトピー治療を見ていて「毎日薬を塗ったり着る物が限定されるし面倒くさそうでだな…」程度にしか考えず、当事者の痒みや手足のただれなど見た目が悪くなることへのコンプレックスや治療を続けなければならない不安など、いろいろな思いがどれほど大変なのか理解はできていませんでした。
20年前、とある有名漫画家の結婚式に姉妹でお呼ばれしたときのこと、披露宴の円卓に同席した人の喫煙の煙や香水の影響で咳が止まらなくなった姉は披露宴の間ずっと口にハンカチを当てて咳をこれえたりむせたりをくり返し苦しそうにする。
楽しい場所になるはずが咳をすることで周りに「大丈夫?」と何度も気を使われるし、自分も気を使い地獄のような時間だったという。
姉の姿を見て「あぁ化学物質でこんなにツライ思いをする人がいるんだ」とこのとき化学物質過敏症の人に配慮が必要だと気がついた。

話は住居問題へと移る。
以前テレビで化学物質過敏症の人が化学物質の影響が一切ない住居を探しも見つからないという番組を見た。
前の住人の喫煙や住宅に使用している壁材接着剤などの化学物質が残ってしまっていることや地域の道路事情、工場や農地の農薬散布など困難がいくつもあって、自然の多い山間部の住宅であっても安心して住める場所などないということだった
化学物質と戦ってきた姉はまさに同じようなことでアパートの自分の部屋に住むことができなくなり地域に住む比較的近隣の化学物質の影響を受けなくてすむマンション暮らしの母の家に避難した。
しかし数年後、地域を横断する幹線道路が完成した影響で交通量が増え母の家にも排気ガスの魔の手が押し寄せ安心して住めなくなった姉は昨年とうとう同じ地域に暮らす我家に避難してきた。
私の家は果樹園や林が点在する住宅地のはじにあり、果樹園が何に数回農薬を散布する日とその後一週間、窓を開けずにやり過ごし農薬の化学物質が漂ってくるのが収まれば、多少喉が痛いけれども化学物質過敏症の姉でも少しは楽に暮らせる場所のようで我が家の二階に居候している。
もちろんここまで化学物質過敏症であると一般的なお勤めは厳しい、できないといっていいかもしれない。
化学物質過敏症がひどくなる前はマンガ家のプロのアシスタントとして都内や地方の漫画家さんのお宅で背景を描く仕事をしていた。
話の流れのついでに次回は化学物質過敏症と漫画家アシスタントをしていたときのエピソードをお送りしたいと思います。

