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「自立」ってなんだ? 僕の考える3つの要素

「障碍者の方々にとっても自立は大切なことだと思うんですが、たとえば『ひとり暮らしができたら自立なんだ』と考えると、『ヘルパーさんが日に何回も入ってきても自立なんだ』と言っていいんでしょうか?『自立』って、いったいなんなんでしょうね?」
こないだ、こんな話をされた。これはすごく難しい話だ。でもすごく大切な話でもある。だから僕も僕なりの考えを、共有してみたいと思う。

 

まずこれはすごく伝統的な表現なんだけど、

私たち抜きに私たちのことを決めないで!

(Nothing About Us Without Us!)

っていうのがある。

 

だからこういう観点から言うと、まずひとつ
1,自分のことを自分で決められること(=自己決定できること)が自立だ
っていう要素が見えてくると思う。
そしてもうひとつ、冒頭の話を踏まえて考えると、
2,自分の時間・空間を確保できていること(=プライベートがあること)が自立だ
っていう要素もあると言えると思う。
そのうえで最後に、今の日本や世界が基本的に資本主義社会であることを踏まえると
3,自分の生活に必要なお金を得られていること(収入の範囲内で生活を成り立たせることができていること)が自立だ
という要素もやっぱり大きいと思う。だからここからはこの3つの要素を柱に、ひとつひとつをもう少し詳しく見ていこうと思う。

 

まず1について言うと、どんな状況であれそれぞれの人生の主体者、主権者は本来そのひと自身なんだから、自分がどんなふうに生きていきたいかを自分で決定できないのなら、自立しているとは言いにくいと思う。だからやっぱり、誰でも自分のことは自分で決められることを目指せるべきだ。ただだからと言って、これは「すべてをそのひとだけに任せて、あとは勝手にやらせる」なんてことではもちろんない。
自分だけでなんでもできるひとなんていないし、逆に言えば誰でも「すべてが自分の理想どおりに、すぐに実現できた」なんてことはまずないだろう。やりたいことを実現するためには、仲間を集めて、協力し合わないといけない。でもそのことは充分踏まえたうえで、「自分の活動・生きかたの方向性は、自分が主権者(チームリーダー・CEO)として決める・方向づける」っていう核心も、改めて確認しておいていいと思う。

 

これが、僕が言う「自己決定」の意味だ。
そしてこれを大切にするためには、周囲のひとたちと本人、両方の意識が必要だと思う。「自分で決める」っていうのも、ある種の「訓練」なんだ。そして障碍者は一般的に、その訓練の機会を奪われている・削られていることが多い。特に僕も含め「こども(赤ちゃん)の頃から障碍者と見なされてきたひと」はなおさらだ。だから、まず本人が自分で決めることに慣れないといけない。訓練っていうのは場数を踏むことだ。そしてそのうえで周りのひとは見守っていてくれたらいいんだ。「大切なひとでも見棄てろ」とか、「失敗しても放っておけ」なんてことを言ってるんじゃない。ただ、見守ってくれてたらいいんだ。本人が望んだときは、もちろん相談に乗ってあげればいいんだ。助けを求められたら、助けてあげたらいいんだ。「誰を頼るか、誰に助けてもらいたいか」を決めることだって、立派な自己決定のひとつなんだから。
あとこういうことを言うと、「まだ身体障碍とかならそれでいいかもしれないけど、重度の精神障碍者とか知的障碍者についても同じこと言えるのかよ!」
みたいなことを言われることもあるけどさ、たとえ「自分で決められること(選択肢を比較・吟味できること)が他のひとよりは少ない」としてもさ、だからって「自分ではなにも決められない・決めちゃいけない」なんてことはないんだよ。たとえば「今日はなにを食べたいか」(自分では調理できないとしても)とかさ、「今日はどっちの服を着たいか」(自分では着替えられないとしても)とか、たとえ少なくても、少ないからこそ、自分で決められることは自分が決めたらいいって、そういうことなんだよ。

 

じゃあ次に2について見ていこうと思うんだけど、これも実際にはなかなかひと筋縄ではいかない話なのも確かだ。たとえば僕自身もヘルパーさんの助けを借りながらひとり暮らししているわけだけど、もし誰の助けもなく完全に独りで放って置かれたら生きていけない。
だからヘルパーさんは特に最初なんて「完全な他人」なのにもかかわらず自分の「生活空間」に入ってくるわけで、洗濯をすれば下着もなにもかも、少し本棚を見れば僕の興味関心もなにもかも、文字どおり「丸裸」になっている気がする。
そしてそれは確かに、「僕が生きていくのに必要な助けを得るためにはしかたないこと」でもあるんだ。だからその意味で、僕が「完全なプライバシー」を得ようとするのは実際無理だ。
だけどそれでもさ、僕にも、僕たちにも、プライバシーは必要なんだ。だからその「せめて残されたプライバシー」は、尊重してほしい。「しかたなく見せているもの」は、「際限なく見ていいもの」じゃないんだ。助けられるほうと助けられるほうそれぞれがそのことを理解しておくことが、自立の実現には欠かせないことなんだ。僕は、そう思ってる。

 

そして最後の3について、つまり「経済的自立」というものをどう考えるかについて、これがある意味ではいちばん難しいというか、意見の分かれやすいところなんじゃないかと思う。でもやっぱり、ここを避けるわけにはいかないだろう。そしてひとつの核心は、「税金」っていうものをどう捉えるかにあるんだとも思ってる。

 

僕自身、日々の暮らしは「障碍基礎年金」と「特別障碍者手当」の計10万円ちょっとが大きな基盤になっている。そしてこれはもちろん、「税金」と呼ばれるものだ。だからここに注目して、
「税金に頼って生活してるヤツを、『自立してる』なんて言えるわけないだろ!」なんてことを言うひともいると思う。というか、こういう考えのひとも多いと思う。そして特にこういう観点から、「経済的に自立してない=血税を喰い潰している=社会に貢献してないなら、権利・自由が制限されるのもしかたない」っていう考えに至るひともけっこういると思うんだけどさ、こういう考えってもうちょっと推し進めただけで、かつて

遺伝性の疾患を持つこの患者は、その生涯にわたって国に6万ライヒスマルクの負担をかけることになる。 ドイツ市民よ、これは皆さんが払う金なのだ

と言い回ってみんなを煽動したナチスや、こないだの植松聖被告と同じようなところに行き着いちゃうんじゃないの?それに、道路とか警察とかいろんなインフラ・制度もぜんぶ含めて考えると、多くのひとが税金から受けている恩恵は、払っている税金よりずっと多いって言ってもいいとされている(このあたりの事情は、たとえば「税金 受益超過」なんて検索をかけて調べていけば詳しくわかると思う)だから僕は、もちろん、「どんな社会にしたいか?」とか、「そのためにはどんな手段が最適なのか?」なんてことをみんなで考えるのは必要なことだとしても、少なくともこういう「自立」の問題を「税金」との関係だけから考えるのはあんまりいい筋だとは思えないんだよね。

 

最初に言ったとおりこれには当然いろんな異論もあるだろうけど、ともかく今の僕はこういう考えに基づいて、「税金だろうがなんだろうが、とにかく自分の生活に必要なお金を得ることができていて、その範囲で生活をやりくりできているなら、それを『経済的自立』と見なしてもいいんじゃないの?」と思っているんだ。そしてこれについても、必ずしも本人だけで成し遂げる必要はなくて、誰かに助けてもらっていてもいいから、そういう状態ができていれば、それで「自立」と言っていいと、僕はそう思っている。

 

こんなふうに、僕は

1,自分のことを自分で決められること(=自己決定できること)
2,自分の時間・空間を確保できていること(=プライベートがあること)
3,自分の生活に必要なお金を得られていること(収入の範囲内で生活を成り立たせることができていること)

っていう3つの観点から、「自立」を捉え、定義した。これはひと言でまとめると、「自立っていうのは、自分の人生を、主体的に、自分らしく生きていくことだ」って言ってもいいと思う。
そしてそのうえでさらに言うと、僕は自立を、「本人(自分自身)だけの力で実現・維持できること」だとは思っていないんだ。自分の人生を主体的に、自分らしく生きていくためには、助けが必要だ。そしてこれは僕だけじゃなく、「障碍者」だけでもない、みんなそうなんだと思うんだ。自分らしさは、単独では存在しない。みんなが支え合ってはじめて、自分らしさが醸し出され、育っていく。僕は、そんなふうに思ってるんだ。

だからさ、こんな僕は、少し「挑発的」に見えることを覚悟で、あなたにもこんなふうに訊いてみたい。
あなたは本当に、自立できていますか?自分の人生を主体的に、あなたらしく生きられていると思いますか?

 

さっきの3本柱は、1の自己決定は言うまでもなく、2は「ワークライフバランス」の問題として捉えることもできるし、お金のやりくりに努力・工夫を凝らしてるのも、誰にだって言えることだと思う。そしてさ、「自分らしく生き続ける」ことに、終わりなんかない。それなら「自立するっていうのは、自分の人生を自分の作品として完成させる、その終わりのない過程だ」って言ったっていいのかもしれない。じゃあこれもやっぱり「みんなの問題」なんだって、そういうことになるんじゃない?

 

でもこれはもちろん、僕の意見だ。だからあなたにはあなたの、みんなにはみんなの、それぞれの意見があるんだとも思う。だから今自分が自立できてると思っているひとも、自立できてないと思ってるひとも、よかったら一緒に考えてくれたら嬉しい。だってこれはやっぱり難しいけど、大切な問題だから。
あなたにとって、「自立」ってなんですか?