秀樹さん(70代男性)は妻(60代後半)と娘(50代 看護師)と一緒に暮らしていた。
営業職についており、管理職として後輩育成をしていたが
「自分が今の立場にいると若い人たちが活躍できないから」という理由で
60歳で早期退職する。
認知症の症状はある日、突然出るわけではない。
気づかないうちに徐々に進行していく。
秀樹さんの早期退職の背景にも軽度認知症の症状が影響していたのではないかと
ヘルパーは振り返る。
早期退職後、軽いパートをしていたが、記憶障害が出始め、仕事を続けることが難しくなった。パートの仕事もリタイヤする。
リタイヤ後は、自宅で犬の散歩や奥さんの家事の手伝いなどをするが、散歩の途中で迷子になるようになる(見当識障害)。
一般的に認知症になるとメタ認知(自分を客観的に把握する能力)が落ちるが、秀樹さんは自分の病状をしっかり把握できる珍しいタイプだった。
仕事人間だった秀樹さんは、認知症になっても、家庭を職場と間違える、まるで妻や娘に会社の同僚やコンビニの店員に対して話しかけるように話すようになっていった。
仕事熱心で夫として一家の大黒柱だった秀樹さんの変わりように、妻はショックを受ける。
秀樹さんはどこのデイサービスでも、自宅への帰宅願望が強く、受け入れを拒否されていた。
そこでとあるデイサービスの評判を聞いた妻からの希望で、デイサービス事業所に通うことになる。
デイサービスの施設長Sさんが自宅に契約に訪れた際には、眉根にしわを寄せ、険しい顔つきで10回は家から出ていこうとした。その都度、一緒に訪問したスタッフが迷子にならないように、秀樹さんを連れ戻さないとならなかった。いわゆる「困難事例」と言われる受け入れが難しい症状の秀樹さんだったが、そのデイサービス事業所では、受け入れを決める。
多くの認知症の人がそうだが、秀樹さんも必要とされることを求めているようだった。それなので、Sさんは「今、僕の施設では介助しないといけない人がいるんですけど、とても大変なので手伝ってもらえますか?」と言ったところ、必要とされていると感じた秀樹さんはデイサービスに通いだす。
デイサービスに通い出してからも、秀樹さんは自宅に帰宅したいと頻繁に言った。Sさんの事業所では、帰りたいと本人が言った場合、閉じ込められているという恐怖や不安を取り除くためにも一度一緒に自宅に帰るようにしている。そんなある日秀樹さんがSさんに「今日は100%帰宅したいって言うことはないよ!」と宣言した。
だけど、やはり1時間後には帰ると言い出したので、Sさんはいつものように車で自宅まで送った。その車中で、Sさんは忘れられない会話をすることになる。
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