発達障害当事者 虐待・いじめサバイバー
生きづらさを抱えている人の交流会あずさの会代表
上村聡美さん(うえむら さとみ 56歳)

田口 大人の発達障害の方たちは年代的に、夫婦、親であっても、理解してくれなくて苦しむといいますが、上村さんはどうですか?
上村 夫はあまり発達障害のことを理解できていなとは思います。だけど私を「人として」受け入れてくれています。
田口 「人として」。すごく大切ですね。
上村 違いを認めてくれています。そこだと思うんですよね。違うのが当たり前。
田口 違って当たり前ですよね。本当にそう思います。夫婦であっても、違う。
上村さんはご両親の離婚後、お父様に引き取られた?
上村 大学へそのまま通いたかったので、残ったけど、これがまた間違いだったかも。
父の変貌ぶりを予測できなかった。
田口 お父さんは離婚後、やけに?
上村 いいえ。その逆。母を高笑いで追い出し、愛人を家に入れたんです。
私と10歳も違わない女性でした。
田口 当然、お義母さんとの関係はうまくいきませんよね?
10歳しか違わないのであれば。
上村 そうですね。父は「お母さんと呼べ!」と。できないです。
田口 よく「発達障害の家族性」が言われますが、お父様も発達障害の気があったと思いますか?
上村 思います。かなり色濃い。アスペルガー症候群っぽい感じでした。
田口 では、実のお母さんも苦労さなったのかもしれないですね。
上村 大変そうでした。父の感情表現がうまくいかないせいなのか、暴力も振るわれてました。
愛人にも似たような事してました。
田口 では、その環境で大学に4年通われた?
上村 はい。だからおかしくもなった。
田口 家を出ようとは思いませんでしたか?
上村 自立できる自信がなかった。だから、大学卒業すると早々に東京へ就職しました。
田口 大学時代は2次障害で病院へ通院していたのですか?
上村 いいえ。父が精神科を「きちがい病院」と呼んでいたし。だけど、カウンセリング施設があったので、そこへ助けを求めていった。卒業するまでカウンセリングを受けてました。
田口 そのカウンセラーさんは助けになりましたか?
上村 はい。感情を開放できました。初めて、私の話を聞いてくれたので、嬉しかったです。親身に寄り添ってくれた最初の1人です。
田口 そうなんですね。私は上村さんが主治医(発達障害あるあるラボの運営メンバーの医師)に、突っかかるといったら語弊があるかもしれないけど、反発するのはお父さんを求めているのかなと感じていましたが、違うのですか?
上村 あるかも(笑)
田口 やはり(笑)
きっと上村さんは主治医に理想のお父さんを求めているのかなと思ってみていました(笑)
上村 周囲の人の方が、よく見えているかも。
田口 お母さん代わりになる方はいましたか?
上村 叔母が母代わりでした。小学校3年の時に癌で亡くなったけど。「あっちママ」と呼んでいた人です。亡くなった時は、ものすごい喪失感でした。
田口 叔母さんは、上村さんが何歳くらいの時に亡くなったのですか?
上村 9歳かな?
田口 では、その時に唯一安らげる母の代わりだった叔母さんを亡くしてしまったのですね?
上村 そうですね。ほんとにこの世で一人ぼっちになったと思いました。
田口 9歳の時にその喪失体験は辛かったですね。その後は、無意識に誰かにお母さんの代わりを求めてしまいませんか?
上村 どうかな。女性に対して不安とか、不信感を持つようになりました。
田口 では、お父さんの方が上村さんは好きだったんですか?主治医を子供のように困らせたいように私には見えていたので(笑)
上村 最初は好きでした。途中から裏切られた感が強かった。裏切られることに恐怖を覚えました。
田口 お父さんに裏切られること?
それとも主治医に?
上村 両方。
田口 そうですか。でも、本当は主治医を信じたいんですよね。だから、試してしまう。何度も。
上村 試しているつもりはないんですけど。信じたいのは確か。
田口 主治医もこの記事は読むと思います。なので、主治医がどうしてくれたら信用できると思いますか?絶対に裏切らないと。
上村 他の人と同じく扱ってくれたらいい。同じ態度で。父のように変貌しなければいいです。
田口 それならいつか心底信用できそうですね。
あの先生がそんなに大きく変わるようには思えないので(笑)
上村 ですね。
④必ず理解者はいる。その関係を大事に生きて
※内容は取材当時(2019年9月)

