重度から軽度まで、子供から大人まで対応する
自閉症・発達障害支援グッズ販売
奥平綾子代表取締役(通称 ハルヤンネ)
飯野 樋端先生から「ハルさんがご自身の特性をどう思っているのか聞いて欲しい」と質問のリクエストがあったのですが、どう思われていますか?
奥平 自分の特性について。旦那さんから『精神病の正体』という本を「君のことが書いてあるから読んでみたら」と渡されました。面白かったです。
「精神病」の正体
1,540円
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私は、タイプ的にはADHDですね。身体もよく動く方ですが、多動といえばそうやろうけど、脳みそのほうが多動です。アイデアはドドっとでます。それを思いついたら実現したくなります。
田口 意外です。奥平さんはAS寄りかなと思っていました。
奥平 すぐに思いつく。思いついたら動きたくなる。やってしまったら、関心がなくなる。私が歩いた後は、散々な散らかしようらしく、スタッフからも怒られます。ASではありません。それから、人に拒否を勧めているのに、自分では「嫌が言えない」で「ええよ女」で右往左往しますね。で、気持ちの折り合いをつけるたり、慰めるための「お酒」を飲みます(汗)。趣味は料理と食べ歩きです(でも、ここでも「コスパ」が価値基準・笑)。それから、人よりはおそらく「正義感」が強いです。曲がった事が嫌いです。理不尽とか、もうだめ。「まあ、ええやんか」というのがねえ、なかなかできないので。
田口 昨日、ハルさんが「食育嫌い」と書いていらっしゃって、私は涙が出ました。発達障害の特性を理解してくれない支援者はいて、私も息子が診断を受けてから、かなり傷ついてきました。そのほとんどが支援者からの言葉でした。同じようなお母さんは多いと思うのですが、「いえいく。会」はそんなお母さんのために設立したのですか?
奥平 樋端先生が訪ねてくださった、「いえいく。会」さんは東海にある一つの親の会です。「おめめどう」の話を聞きたいと呼んでくださっている全国にある親の会の一つで、私が作ったわけではありません。私は篠山に「@くろまめ」(前TAS★P)というのを、一つ持っています。それも、スタッフが主になって、私は講師でいくだけです。1999年にTASという丹波で自閉症の研究会を始めます。地域の人や学校の先生に聞いてもらいたかったからです。当時の丹波の田舎では、誰も自閉症のことは知らないし。私はTEACCHの勉強を神戸や大阪に行って受講し、すぐに「これは親が学ばないとうまく育たない障害だ」と分かりましたのでその研修会の託児をすることにしました。当時は支援費もデイもありませんから、子供を預けるところがないんですよね。お母さんが聞きに来れない。それから、夫婦で聞いて欲しいと思いました。それで、1999年から2003年まで25回講師の方をお呼びし講演会を主催するんですけど、その時には、ずっと託児をしました。一番多いときが、戸部けいこ先生の講演会で自閉症児45人、兄弟児15名の60名でした。ボランティアは100人きてもらい圧巻でしたよ。
ボランティアは、丹波には大学がないので、中高生を使いました。でも、その60名の自閉症や兄弟児を看ることができたのはスケジュールと構造化、視覚的支援という方法があったからです。その時に、今のオブザーバーのsyunさんやフェローのkingstoneさんなどに手伝ってもらいました。日本で初めて、視覚的支援をした、大規模な託児だったので日本中から見学者がやってきましたよ。子供1,000人みたところで(延べ数)、自閉症のだいたいが分かったことと「自閉症児は生まれ続ける」わけだから「個人ですることじゃないな」という疑問も生まれ、その頃から、支援費やデイとかいうものもチラホラでてきましたのでやめることにしました。一定の役割は終えたと思いました。
私は親としては、ダダさんとの暮らしをずっとネットで(1997年に、ロムをしていたニフティサーブのFEDHANという掲示板への書き込みからスタート)書き続けていました。『レイルマン』から今回の『今日からできる支援のコツ♪』で15冊目です。親の気持ちももちろん分かるし、子供は可愛いしします。自閉症の世界は面白いし。書くのは嫌いではないので。「食育」についても、エピソードがたくさんあります。まあ、食べないのでね。試行錯誤はするけど、本人の気持ちを尊重して強制は一切してきませんでした。
そもそも、あんまり母性的なところもないし女子力も少ないので、あんな感じの文章が多いですよね。それに、共感する人もいるだろうし、「いやいや」と言われる方もいるだろうし。好き嫌いはあると思います。棲み分けてですって。個人的に小さい頃からジェンダー的な発想をしています。だから、男尊女卑の日本的な文化はとても苦手です。ずっとしんどかったですね。支援者に関して言えば、支援者という職業に就くのであれば、障害とか自閉症とかの勉強はする前に一通りして欲しいと思います。もちろん、しながら分かって行けばいいのだけど。分からないのにしたらあきませんよ。仕事いうのはそういうものです。それで、「お金をもらう」のですから。商売だと、売れるものじゃないと売れませんって。でも、「福祉は、売れるものじゃないと」というのがないので、オヨヨとは思います。何してても、お金をもらえるなんて、ええ仕事やなと思います。ダダさんが高等部をやめる時(2年の中頃です)担任の先生が「力不足で」と言われました。「なんだかなあ」と思いましたよ。「担任になったんやったら、力ださな!」ってね。せっかくの自分の職業なのに、もったいないやん(笑)
田口 「おめめどうファンクラブ」の中で「コミュメモ」や「おはなしメモ」の内容を投稿しているお母さんたちは、ものすごく生き生きしていますよね。私自身は息子が軽度なので、口頭のコミュニケーションができますが、会話ができなかったら育児がつらいと思いますし、本人もつらいですよね。そういった意思疎通ができないことが、強度行動障害につながるのでしょうか?
奥平 えっと、「軽度だから、口頭のコミュニケーションができます」というのは認識的には甘いです。高機能でも、口で言うことが本当かどうかはわかりません。聞いていることが全部分かっているとも限らない。
田口 なるほど。
奥平 「おめめどう」グッズもサービスも、最初は知的障害のある自閉症のために作りました。でも、今は半数以上、高機能(自閉症)の方がお使いになっています。つまり、情報のモードは違うけれども、支援としては全く同じなんです。だから、おしゃべりができるからと、口頭でのやりとりだけをしていることでずれていくことも多いんですよね。まあ、やってみることです。筆談をすると、本当の意味で分かりあえるからお子さん、生き生きとしていかれますよ。理解にしても表出にしても、分かる形でコミュニケーションができないと辛いですよ。手立てをされてこない、知的障害ある自閉症の方は「コミュニケーションの何たるか」もご存じない方もいらっしゃいます。自分がしやすく相手に伝わる形での表出がないと、欲しいものも、嫌なことも直接行動(他害や自傷といった行動障害の場合もある)で何とかしようとされますよ。行動障害の多くは、そういうコミュニケーション不全です。また、同一保持という特性もおありで、したくないのに「そうするもの」になって困り果てていることも。「えらぶ」ができると違うですけどね。「おめめどう」では、「みとおし・えらぶ・おはなし」と呼ぶ支援をお伝えしています。カレンダーとスケジュールに代表される時間軸支援。これを「みとおし」と呼んで、構築されると「心」が支えられます。次に「自分のことは自分で選ぶ・決める」こと。「えらぶ」ことで、モチベーションの高い暮らしができます。
あてがわれただけの暮らしでは主人公になれませんよ。そして、選んだものの結果を見ることで、責任も生まれます。「えらぶ」は、責任を支えるわけです。そして、「音声言語以外の見える形のコミュニケーション」。主に筆談と描写を周囲がするようにし、本人の表出にも書く・貼る・打つなどで、える形にしていきます。これを「おはなし」と呼び、そのことで「伝えあおう・わかりあおう」ができると「関係性を支える」んですよね。この三つが全て揃うと、ある程度快適に暮らせるようになります。その三つに、得意なことをたくさんしている(杖の役割)と年齢と性別の尊重をされている(人権)が加わります。五つ揃って「おめめどうの支援」です。どなたであれ、早く始めはったらいいと思いますね。大人になられていても、スタートする。「おめめどう」的には、自閉症・発達障害の支援は分かっていることの方が多いんですよ。少しずつ取り入れて続けると楽になっていきます。だから、あとは信じてするかどうかなんですよね。
田口 私の息子もあと何年かすると思春期に差し掛かります。子が障害を持ている場合って母子分離が難しいですよね?特にうちの場合は男の子だし、難しいなと思います。かわいくて仕方ないんです(笑)そんな私に何かアドバイスを頂けませんか?
奥平 障害児と健常児の違いは、「親を育てる力」と習いました。健常児は親を育てる力がある。たとえば、思春期になると、「うざい」とか、「あっち言って」とかちゃんと表出してくれますよね。子供の方からも離れてくれます。そうして「ああ、もう離れないと」と、親自身も気がついていく。子供の年齢とともに、親としても年齢が上がっていくんです。でも、障害児は、自分から離れることが少ない。離してもらえないし、離れるということも分からない。でも、思春期になると、健常児と同じように、親が鬱陶しくなり精神的な分離をしていきたいと思うのですがそれが、うまく表出できなくて、苛立ちや暴れるなどの行動障害として現れることになる。親は「大人になってもこのままだと困った」と逆にもっとひっついて見張ろうとする、悪循環です。また、一生懸命に育ててきますから、知的障害があればなおさら年齢相応に見ることができず、親の方が離れたがらないということもあります。先回りして準備したり、後始末をしたり。それで、ギクシャクしてしまうのです。
私は、思春期になると母子分離をしていくことは必須だと思っています。親の方から、意識的に離れる。「コミュニケーション障害だから、親が代弁を」としたり、親が気持ちを引き出さなきゃとかしたりして歪な関係にならないようにしなくてはいけません。『しくじり思春記』を読んでもらえると嬉しいですね。失敗したことが書いてあるから。私たちは「不自然なことをしても不自然な結果しか残らない」と習ってきました。障害があるだけで、どれほど不自然な子育てになるか、これは、身をもって経験してきましたので、そうならないように繰り返して話しています。それが、「奥平さんは、怖い」と言われるところかもしれません。私は怖がられるヒール(悪役)でいいと思っています。障害児の子育ての世界には、一生懸命に育てて「ヒロイン」的なお母さん、理解を示して「ヒーロー」的なお父さんは多いですよ。でも、そうじゃなくて「やめたほうがいいよ」をいう「ヒール」役がいていいと思うんです。私の話はすべて、本に書いていますし、ブログやSNSに載っています。全部書いているので。知りたい方は順番に読んでください。
田口 最後に、全国の支援者・親御さんなどに伝えたいことはありますか?
奥平 次男が知的障害のある自閉症と診断されてから、全く知らない世界でしたが、一生懸命学んで、実践し、発信してきました。一番伝えたいのは「障害とは克服するものではなく、上手に付き合うもの」ということです。どうしても「治したい」「定型発達に近づかせたい」と思ってしまうでしょうが治るものでもなく、定型発達に近づけるものでもなく、苦手なところは支援機器・グッズで補いながら得意なところを伸ばし、本人が持つ特性と周囲も本人も上手に付き合っていくことこそが、居心地の良い暮らしの源です。それから、私は、いつも「どう生きたいか?」という問いかけをします。何でもいいんです。子供とべったりとしていても、離れようとしてもそれが、自分たちの生き方だから。でも、そのことによって起こることは自分の責任として受け止めることさえできれば…の話です。
例えば、成人してもべったりの関係でいたりする。そのことの結果を「あの人がこうしたから」とか言い訳をしないでいましょうねと。どうしても人のせいにすると一瞬は楽にはなるけど解決はしていかないし、納得もできないから。障害のある子供・家族と「自分たちはどう生きたいか(暮らしたいか)」を問いかけていかれるといい。すると見えてくるように思います。それから、親と子は、違う人格ですから、親が「これがいいはず」と「良かれと思って」をしないこと。それには、子供がどう考えているのかを知る必要があります。伝え、尋ねましょうよ。そのために、「おめめどう」グッズはあります。でも、自己責任と言いながらも、社会の仕組みによって自分が思うように生きられないのは、おかしいと思っています。今巷で聞く、「貧困も自己責任」とかいうのとは、違うんです。
私がずっと考えていることは、「選民思想はいただけない」ということ。例えば、都会に住んでいるから、お金があるから偉い先生と知り合いだから、資格があるからといった条件によって、支援が得られたり得られなかったりすることがないようにと願っています。どこに住み、どんな状態の、誰であれ、必要な時に、求めれば、動けば得られるようにする。障害支援、社会福祉ってそういうものだと思っているので。しかもローコストで(これからは経済状態が悪くなる可能性が高いので)。だから「おめめどう」のグッズは安価であり、簡単であり、楽であり。つまり、コスパ(費用対効果)がよいんです。必要であれば、ご活用いただけたらと思います。いつからでも。
田口 今日はありがとうございました。ぜひ、イベントにも登壇していただいて東京でも「おめめどう」メソッドを広めて頂きたいです。よろしくお願いします。
了
※内容は取材当時(2019年9月)