世の中でよく誤解されているのが
「合理的配慮」という言葉。
障害当事者の方の誤解は
「合理的配慮といえば、何でも配慮してもらえて当たり前」
というものが多いと個人的に思います。
だけど、内閣府によると
障害のある人は、社会の中にあるバリアによって生活しづらい場合があります。
この法律では、役所や事業所に対して、障害のある人から社会の中のバリアを取り除くために、何らかの対応を必要としているとの意思を伝えられたときに、負担が重すぎない範囲で対応すること(事業所においては対応を努めること)を求めています。
https://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/pdf/gouriteki_hairyo/print.pdf
なので
役所など公共機関は配慮することは義務
民間の事業所(ボランティア団体も含む)には配慮するように努力しましょう
という法律なんですね。
個人に関しては完全に良心の問題なんです。
そこで、次ページでは、タイトルの
「配慮とは愛である」という話に戻ります。