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  • 発達障害者のコミュニケーション力が上がるワークショップ!冠地情出版記念対談

    発達障害者のコミュニケーション力が上がるワークショップ!冠地情出版記念対談

    今回は、発達障害本で、異例の増刷がかかっている

    「イイトコサガシ」の冠地情氏の

    発達障害の人の会話力がぐんぐん伸びる アイスブレイク&ワークショップ (こころライブラリー)

    (こころライブラリー) 冠地 情、 かなしろにゃんこ著」


    のワークショップ動画を観て、発達障害の人の会話力はホントに伸びるのか、関西の当事者会代表2人に対談していただきました。

     

    編集長田口の率直な感想は「これって発達障害の人だけのプログラムじゃない!コミュニケーションスキルをアップするための企業研修にも使える!」でした。

     

    私は発達障害の特性の中で、一番生きづらさにつながっているのはコミュニケーション障害だと思います。

     

    ミスが多くても、うっかりしてても、なんだか許せちゃう人ってあなたの周りにもいませんか?
    それってコミュニケーション力による部分が大きいと思います。

     

    田口の声も質問者として入っていますが、こんなに若い頃から平気で話せたかというと違います。

     

    田口にも人前で話すと、膝ががくがく震え、どもってしまい言いたいことも言えない若い頃がありました。

     

    だけど、場数を踏むことでいきなり司会を振られても動揺しなくなり、人前で話せるようになったのです。

     

    継続は力なり。

     

    大人の発達障害の方のコミュニケーションの練習の場所ってないですよね。

     

    安心して」「失敗してもいい場所で」試行錯誤するしかコミュニケーション力はアップしないというのが私の結論です。

     

    関西当事者会の代表2人はどう感じるか?是非、ご覧ください。

     

    関西トーク炸裂で面白いですよ!

     

    動画は次のページで!

  • 脳性麻痺28歳女子のリアル~命短し恋せよ乙女~

    脳性麻痺28歳女子のリアル~命短し恋せよ乙女~

    【キュートでおしゃれな障害当事者】
    今回は脳性麻痺の28歳女性Mさんの取材を、中目黒のオシャレなカフェにてさせてもらった。アラサーの女性に対し、タイトルで「女子」と付けるのは、おかしいだろうという声はあると思うが「女子」と表現するのがぴったりなキュートな女性なのだ。ショートカットと赤い眼鏡が印象的だった。

     

    脳性麻痺とは、お母さんのお腹の中にいる間から、生後4週間までの間に発生した脳への損傷によって引き起こされる運動機能の障害を指します。進行性疾患、一過性の運動障害や、将来正常化すると予測されるような状態では、脳性麻痺には該当しません。脳への損傷の主な原因としては感染、低酸素、脳血管障害、核黄疸などが挙げられます。原因が不明な場合も多く存在します。
    出典:国立精神・神経医療センター(https://www.ncnp.go.jp/hospital/patient/disease26.html

     

    彼女には脳性麻痺の症状である、不随意運動(手足がバラバラに、常に動く)や筋肉の緊張が見られた。

     

    「遅れてすみません。田口さんですか?」と活舌は悪く、聞き取りづらい。しかし、しっかりとした口調で話しかけてきた彼女は、震える手で名刺をくれた。

     

    ファッションの街、中目黒にぴったりな洋服は、友人や母が選んでくれるという。赤いセーターと重ね着をしたピンクのシャツがよく似合っていた。

     

    彼女は20代~30代の障害当事者が1,500人集まる団体で、ボランティアのwebライターとして活躍している。3か月に1回は取材にも行く。脳性麻痺の方のイメージに外交的・社交的な感じを持っていなかったが、彼女はとてもアクティブな女性だ。取材当日は徒歩で店まで来たが、遠出をするときは車椅子で移動するという。

  • その場所はなぜ“自殺スポット”になったのか? 青木ヶ原樹海、韓国麻浦大橋などから見えてくる現実

    その場所はなぜ“自殺スポット”になったのか? 青木ヶ原樹海、韓国麻浦大橋などから見えてくる現実

    日本人の自殺者数は9年連続して減少している。警視庁の公式ホームページには月ごとの自殺者数が載っている。2019年度の自殺者数の合計は19959人だった。1999年の自殺者は33048人だったので、20年間で1万人以上減少したことになる。ただそれでも2万人の人が自殺しているというのは深刻な事実である。

     

    自殺をする人たちが、最期の場所をどこに選ぶのか?
    まず自宅を選ぶ人は多い。一番勝手がわかり、周りからバレづらいのは自宅だろうから、当たり前ではある。似たようなところでは、自分が働く会社内、マイカーの中、宿泊しているホテルの中、などがある。

     

    ただ一定数は屋外で自殺を試みる人がいる。外で亡くなる人は飛び降り、飛び込みでなくなる人が多い。“自殺スポット”と呼ばれる場所の多くは、飛び降り、飛び込みがしやすい。東尋坊、三段壁、華厳の滝、といった崖や滝は飛び降りて死ぬことができる。
    中央線、常磐線などでは電車に飛び込んで亡くなる人が多い。これは海外でも同じで、ゴールデンゲートブリッジ、ナイアガラの滝、エッフェル塔などの高所にある観光名所は、自殺スポットになっている。

     

     

    青木ヶ原樹海はは前述の自殺スポットとは違う。死に方は、位置エネルギーなどを利用したものではなく、首を吊る、毒薬を飲む、などの自殺方法が選択される場合が多い。これは世界的にもかなり珍しい。

     

    僕は青木ヶ原樹海を取材することが多いのでよく「なぜ青木ヶ原で死ぬのですか?」と聞かれることがある。
    よく言われる説は「松本清張の『波の塔』という小説内で青木ヶ原内で自殺するシーンがあるから」というものだ。『波の塔』が1973年にNHKでドラマ化された際、樹海が自殺する場所だという概念がより広く伝播されたと言われている。波の塔が女性自身に連載されたのが1959年だが、「小説が発表される以前から青木ヶ原樹海は自殺の名所だった」と話す人もいる。たしかに松本清張もどこかで樹海は自殺の名所だと聞いて執筆したのかもしれない。ただ、樹海での自殺にそれほど古い歴史はないだろう。

    東京から樹海まで、直線距離で110キロくらいある。今でもまあまあ行きづらい場所にあるのに、明治時代以前の人がわざわざ青木ヶ原樹海に行って死んでいたとは考えづらい。

     

    結局、「なぜ青木ヶ原樹海は自殺スポットなのか?」を考えていくと、「青木ヶ原樹海は自殺スポットだから、自殺スポットだ」ということになる。トンチ話のようだが、事実そうなのだ。
    テレビなどで「自殺スポット」として取り上げられると、それを見た人が「ならば自殺スポットで死のう」と思うのだ。人気のある観光スポットに人が集まるのと同じカラクリで、自殺スポットにも自殺志願者が集まるのだ。

     

    自殺スポットになった側は、とても困る。
    まず、自殺死体を処理しなければいけない。2019年の10月に、華厳の滝で自殺した男性がいたが、大型クレーンを投入しての引き上げ作業には約300万円の費用がかかり、遺族に請求されると報道された。電車での自殺は、遅延などの被害が多くの人に及ぶのは皆さんも御存知だろう。自殺のスポットとなれば、当然印象は悪くなる。
    以前、自殺があいつぐ有名な団地街があった。ずいぶん報道もされていたが、自分が住む場所が自殺スポットと言われるのは決して嬉しくないだろう。ただし、どのような手立てをすれば自殺スポットでの自殺者数は減るのか? これはなかなか難しい。

     

     

    韓国での例をあげてみる。韓国で最も有名な飛び降り自殺スポットは麻浦(マポ)大橋である。2003年~11年の8年間で1090人もの人が飛び降りたという記録を持っている。
    麻浦大橋は、ソウル市の真ん中を流れる漢江(ハンガン)にかかる大きな橋である。漢江は韓国の真ん中を流れる太い川で、実に25もの橋がかかっている。実際に橋を渡ってみたのだが、幅は25メートル、全長は1,4キロもある巨大な橋だった。これだけ長いと、全ての場所を見張るのはなかなか難しい。橋の規模のわりに欄干は低く、人通りも少ないので、すきを見て飛び込むのは簡単だろうと思った。欄干から下を覗きこんでみると、非常に高く、冬場なので氷が張っていた。

     

    ソウル市とサムスン生命は、2012年自殺橋を生命の橋にするプロジェクトを開始した。橋の欄干に、メッセージを書いた。

    「コーヒー飲まない?」

    「ご飯食べた?」

    「疲れてない?」

    「ゴリラの血液型は全部B型」

    などの言葉が書かれていた。言葉をかけることで、死から気をそらさせようとしているのだろう。

     

     

    自殺防止のために貼られた食べ物の画像

     

     

    また、キムチやトッポギなどの食べ物の写真や、家族の写真なども貼ってあった。
    の他にも、銅像や監視カメラ、救急電話などが設置してある。そしてそれらには、マジックペンで様々なメッセージが書かれていた。自殺を思いとどまらせようとする、温かい言葉だろう。

     

    このプロジェクトは評価されて、たくさんの賞を獲得した。
    ただ残念ながら、めでたしめでたし、では終わらない。受賞したために、たくさん報道され、とても目立ってしまったのだ。結果的に、「自殺スポット」としての認識が広がってしまった。2012年の段階では15件だった自殺者(未遂者も含む)は、2013年には93件、2014年には184件に増加した。結局、2016年、橋の欄干を1.5メートルから、2.5メートルへと1メートル高くすることに決定した。

     

    結局、自殺スポットでの自殺者数を減らすためには自殺しづらい環境を作ることが、最良の手段だ。先に書いた団地街では、柵を張り巡らせるなどの自殺防止対策をしたため自殺者は激減した。鉄道会社の場合、ホームにドアを設置すると自殺は激減するが、費用などの面からなかなか普及していない。青いライトを照らしたり、鏡を置いたりしているが、効果のほどは分からない。青木ヶ原樹海や三段壁などの自殺スポットでは声掛け運動などの対策を強化することで自殺者は減少している。

     

     

    ただ自殺スポットでの自殺者が減少することと、自殺者が減ることは別問題である。
    自殺者を減らすためには、貧困や精神障害者に対するケアなど抜本的な部分の対策が求められる。

  • 発達障害と産後クライシス 〜埋まらない夫婦の溝。子どもの誕生にリアリティが持てない夫たち〜

    発達障害と産後クライシス 〜埋まらない夫婦の溝。子どもの誕生にリアリティが持てない夫たち〜

    産後クライシスとは、子どもの誕生をきっかけに夫婦関係に危機が生じることであり、それがその後の離婚などの遠因になるとされる。多くは男女の出産や育児に対するリアリティの違いからすれ違いが原因である。その背景を知り、できる備えと対話をしておくことは多くの夫婦にとって大切なことと思われる。

     

    女性は出産に臨むにあたり、つわりや身重になるなどの身体変化もあり、仕事を出産や授乳のために調整せざるを得ず、子どもの誕生にリアリティを感じざるを得ない。そして大仕事である出産の後は、身体はボロボロとなり、またホルモンバランスの変化で、多かれ少なかれメンタルも不安定になる。マタニティーブルースとよばれる産後の気分の落ち込みや、産後うつなどもある。

     

    一方の男性は子どもの誕生とにリアリティを持つことはなかなか難しい。それまで子どもと接する機会がない世界にいた場合、そして生活が仕事中心となっている場合はなおさらである。特にそれがはじめての子どもの場合、そのモードはなかなか切り替わらない。

     

    多くはこんな夫婦二人のチームで、24時間のケアを求められる小さなか弱い赤ちゃんとの新たな生活がはじまる。

     

    母乳かミルクかなどで違いはあるかもしれないが、親も赤ん坊の夜泣きで寝不足にもなり、体力も時間も有限であることを思い知る。
    家族はこれまでと同じ生活はつづけられなくなるため、それに備え、働き方を変え、家事などは外注や省力化をする必要がある。

     

    祖父母など親族の手を借りられたり、さまざまな支援の仕組みが使える人は、まだいいのかもしれない。
    しかし職場の文化や状況、親の年齢、自治体のサポート体制、祖父母も含めた家庭の機能も親の能力もそれぞれである。

  • 境界線にいる私たち②DVからの逃避と母性の芽生え

    境界線にいる私たち②DVからの逃避と母性の芽生え

    【繰り返されるDVのサイクル】

     

     

    DVは上の図のように「緊張期→爆発期→ハネムーン期」と呼ばれるサイクルを定期的に繰り返す。ハネムーン期の際に、被害者は「もしかしたらこの人は変わるのでは?」「この間は機嫌が悪かっただけなのでは?」と希望を持つ。そして、加害者からなかなか逃れられなくなるのだ。

     

    我が家の場合、元夫のDVのサイクルは約1か月だった。

    息子が産まれてから、私は爆発期には東京の実家に帰り、両親と息子と楽しい時間を過ごし、元夫がハネムーン期となり、反省の電話をかけてくると元夫の暮らす地方都市へと帰る…という生活をしていた。

     

    しかし、義父母や義妹はその期間、元夫と過ごしていたので、実家から戻るとテレビや箪笥といった大型家具が壊れていることが当たり前だった。

     

  • 共感覚者の彼女の人生~多数派とは異なるユニークで厄介な認知・記憶様式~

    共感覚者の彼女の人生~多数派とは異なるユニークで厄介な認知・記憶様式~

    【都内有名私大卒のハイブリット(ADHDとASD併存型)キャリアウーマン】

    今回、紹介するのは、23区の高級住宅街の一角のマンションに住む
    大橋美香さん(仮名 45歳)だ。

     

    彼女は小学生の息子を育てるシングルマザーで
    都内某所のベンチャー企業に勤める快活な女性だ。

     

    都内の有名私立大学を卒業後、ベンチャー企業の経理部門で
    主にIPO(株式公開)業務に携わってきた。

     

    大橋家を訪ねたのは、平日の19時で、食卓には刺身を中心とした

    和食料理が並んでいた。

     

    ダイニングテーブルでは、小学校3年生にしては小柄な少年が

    エジソン箸(子供用矯正箸)で黙々と夕飯を食べていた。

     

    彼女は「小学校3年生にもなってエジソン箸を使っているなんて

    甘い母だと言われそうですが、息子にも発達障害の傾向があるので

    手先が不器用なんです」と恥ずかしそうに言った。

     

    発達障害の傾向のある人の中には、手先が不器用だったり

    乳児期に寝返りが下手くそだったりと

    発達性協調運動障害(DCD =Developmental Coordination Disorder)がある人がいる。

     

    「子供が二次障害になることを一番恐れています。

    なので、できないことを叱るより、補助具があればそれを利用すればいいというのが

    私の育児方針です」ときっぱりとした口調で言う彼女は芯の強そうな女性だ。

     

    ベンチャー企業での激務と育児を両立させることは大変なことだろう。

    大橋家は高級住宅地にある、1DKのマンションに、所狭しと物が置かれていて

    決して広くはない。

     

    しかし、雑然としているものの、規則的に物が並んでいるのは

    彼女のASDの傾向からだろうか。

     

  • 「健常者との闘い」にもう意味はない。「勝ち取る」から「一緒に創り出す」未来へ

    「健常者との闘い」にもう意味はない。「勝ち取る」から「一緒に創り出す」未来へ

    僕が生まれるよりずっと前、1957年11月3日。
    「青い芝の会」という障碍者、特に僕と同じ脳性麻痺のひとを中心とした団体が発足した。
    その後いろんな紆余曲折を経て、この会は社会運動に積極的に関わるようになり、特に神奈川を中心として活動を重ねていった。
    そんな1970年に、我が子を殺害した母親に対して、その子がいわゆる「重度心身障碍児」だったことから「減刑嘆願運動」が起きたとき、青い芝の会はそれに猛抗議した。

     

    さらに1977年、彼らが今度は「川崎バス闘争」(川崎バスジャック事件)を起こしたことも相まって、この会は全国的な知名度を一気に高める。
    要するにこれは、自分たちで自由に外出することもできない現状に対して、「障碍者が一斉に、大勢で、無理やりにでもバスに乗ろうとした」ってことなんだけど、これが「障碍者と健常者が、ともに暴力までも含む実力で争う」なんてところまで発展したなんて、今じゃ信じられないくらい凄まじいことだと思う。

    もちろん、この事件は多くの非難も受けた。まして

    一、われらは、強烈な自己主張を行なう
    一、われらは、愛と正義を否定する
    一、われらは、問題解決の路を選ばない

    なんて言ってるならなおさらだ。だけどこういう「過激さ」は、当時の時代背景とか全体的な風潮を加味して判断されるべきだし、実際こういう運動が、その後いろんな制度を変え、生み出し、今の僕の生活を支えてラクにしてくれていることも、確かな事実なんだ。だからこういうひとたちが、文字どおり「健常者との闘い」によって戦果を勝ち取って、そうやって自分たちだけじゃなく後年の僕たちのことを助けてくれたこと、それ自体には僕も感謝している。そしてさっきも言ったように、それはあのときあの時代には、「時代に合っていた」んだろうとも思うんだ。

     

    ただそういう「実績」があることも大きな要因なんだろうと思うけど、当時をよく知るひとたちや、そういう思想・実践に強い感銘を受けたひとたちが今でも、
    「私たちはね、大きな声を上げ続けなきゃいけないのよ!」
    「健常者は俺たちの気持ちなんかわかんないんだから、自分で主張してかないとダメなんだよ!」
    「中途半端に妥協したり日和ったりしたら結局なんにもならないんだから!」みたいなことを言うんだ。

     

    っていうかそういうひとたちからは、僕ってけっこう「怒られる」んだよね。極端に言えば「お前はどっちの味方なんだ!」みたいなね。でもさ、さっきから言ってるとおり「当時は有効な戦略で、実際に成果も出た方法」だとしてもさ、それが2020年、令和2年の今にさ、そのまま合うと、合ってると思う?

     

    昔は確かに、「健常者から権利を勝ち取る」って考えでもよかったかもしれない。健常者はなんにも考えなくてもバスでも地下鉄でも乗れるのに、障碍者は乗れないのが当たり前だった。階段はいくつもあるのに、エレベーターはひとつもなかった。健常者は未来に希望を持って生き生きとしてるのに、障碍者は隠され疎まれて鬱々としていた。そんな状態だったって言うならさ、「徹底的に闘って、相手が余るほど持ってるものを、なんとしても勝ち取る」っていうのもありだったと思う。それだけ、「圧倒的格差」があったときならね。

     

    だけど今、この2020年の日本で、健常者と障碍者の間に、そんな「圧倒的な格差」なんてあるのかね?
    健常者は「自分たちだけ余るほど持っていながら、ちっとも分けてくれない」のか?
    そもそも健常者は、今この瞬間、「未来に希望を持って、生き生きとしてる」のか?
    そんなことないんじゃないか?少なくとも僕はさ、「今は健常者だろうが障碍者だろうが、もっと言えば男だろうが女だろうが白人だろうが黒人だろうがさ、ぶっちゃけそんなことには関係なくみんなそれぞれに、けっこうしんどい』って感じなんじゃないの?」って、そんなふうに思ってるんだけど、違うのかね?
    だからさ、もしみんながだいたいそんなふうに思ってて、自分だって余裕なんかなくて、なんとかかんとか生きてるってときにさ、
    「お前ばっかりズルい!こっちにももっとよこせ!」
    みたいな感じでグイグイと、まして「敵対的」(攻撃的)な感じで来られたらさ、
    「怖っ、怖いってほんと。あんまり、関わらないほうがいいな……離れとこ」
    みたいな感じで、「ドン引き」されるんだけなんじゃないかって思うんだよね。

     

    はっきり言って、僕ならそうなると思う。じゃなきゃ「うるせぇな!こっちだってラクじゃねぇんだ!自分のことばっか言ってんじゃねぇ!」
    って余計な反撃を喰らうかもしれないけどさ、これってどっちにしろ、誰のためにもならないんじゃないかって、そう思わない?
    少なくとも僕はどうしても、そう思っちゃうんだよね。こんなんだから、なおさら怒られるんだけどさ。
    でもそんな僕としては、「健常者の闘い」っていうような方向性には意味がない、少なくとも、もう意味を失ったという、確信に近い想いがある。
    しかもさ、健常者/障碍者っていうのを、社会的強者/社会的弱者とか、社会適合者/社会不適合者とかに置き換えて考えてみたらさ、そんなの状況によって、どの要素に着目するかによって、いくらでも換わるものでしょう?
    たとえば僕自身、「手足がうまく動かせない」とか、「空間認知がうまくできない」それに「アスペルガー(ASD)傾向がある」とかさ、そういうところで見たら確かに「障碍者」に分類できる。

     

    でも僕は少なくとも今のところ目が見える「晴眼者」だし、耳が聞こえる「健聴者」だ。それに「口話」もできるし、「触覚」も「痛覚」もあるから、身の危険を自覚できる。だからその点から見たら、僕は「健常者」だとも言えるんだ。これは、確かな事実なんだ。だからそういうふうに考えれば明らかに「僕たちの言動・行動には、常に『ブーメラン』になる可能性がある。だから他者に一方的に詰め寄って刃を突きつけたら、自分もいずれ必ず誰かに刃を突きつけられることになる」と言えることがわかると思う。だからそれは筋悪としか言いようがない。結局みんなで首を絞め合ってるようなものなんだから。

     

    それにどう考えたって、独りじゃ世界は、社会は変えられない。
    だったら僕たちがするべきことは「手を組める仲間を少しでも増やす」ことで、「どこからどこまでなら手を組めるか、その範囲を少しでも拡げていくこと」だと思う。それは「必要以上の妥協」なんかじゃない。「屈辱的な屈服」でもない。
    それにどうしても譲れない部分は、譲らなくたっていい。
    考えが違うなら、それはちゃんと伝え合えばいい。

     

    だけど相手をよく見ずに「一方的なレッテル」で決めつけたり、「いずれは敵になるひとだ」っていう前提で関わったりしたらさ、自分が今までされて嫌だったことを、そのまま自分がしてることでしかないじゃないか?それに「ほんとは味方なのに、味方になってもらえるかもしれなかったのに、そんな味方を、敵と誤解する」なんて、そんな哀しいことはないじゃないか?

     

    だから僕は、僕よりずっと前に、ある意味では確かに「もっともっと大変だった時代」に、精いっぱい全力でがんばってくれた先輩たちに感謝しているからこそ、その後に生まれた僕はその「恩恵」を噛み締めつつ、今の時代に適したやりかたを模索して、僕なりに実践していきたいと思っているんだ。
    それはいずれにせよ「社会を変えるため」なんだ。その部分は、なにも変わってないんだ。そのことを、わかってもらえたら嬉しいと思う。
    もう権利は、しあわせは、そして未来は、誰の手にも握られてない。
    もうそれは「勝ち取る」ものじゃない。「一緒に創り出す」ものだ。
    そもそも闘ってぶつかり合うのは、しんどいじゃん?だから疲れたらいったんゆっくり休んでさ、その蓄えた力をもっといい感じに活かしたらいいんだよ。

    それにほら、

    「早く行きたいなら、ひとりで。遠くまで行きたいなら、みんなで。」
    (If you want to go fast, go alone. If you want to go far, go together.)

    って言うでしょう?

    それならなおさら、「みんな」は多ければ多いほどいい。
    闘ってる場合じゃない、一緒に行こう。

     

    だいじょうぶ、そしたらきっと行けるよ。
    もっともっと遠くまで、行けるんだよ。

  • 青木ヶ原樹海で出会った、幻聴に殺されかけた姉妹

    青木ヶ原樹海で出会った、幻聴に殺されかけた姉妹

    幻聴が聞こえるという精神病はいくつかある。
    たとえば統合失調症では幻覚の症状が現れるが、中でも多いのは幻聴だ。

     

    自分に対する意見や、批判、侮辱的な言葉が聞こえてくるという。
    統合失調症なのかどうかはわからないが、おそらく幻聴が聞こえているのではないだろうか?
    という人に会ったことがある。

     

    その人は森の中で、死のうとしていた。
    もう15年以上前、雑誌の取材で、青木ヶ原樹海へ取材に行くことになった。
    担当の女性編集者と自動車で現場に向かった。
    目的地は、樹海の中にある新興宗教施設だった。
    大体の位置しかわからずに現場に向かった。
    精進湖の近くにあるレストランで、店員のおばさんに話を伺った。
    「ああ、アソコね。歩いていくのは大変よ。
    裏側に登山道があるからずっと登っていくとあるらしいですよ」と言われた。

     

    助言のとおりの道順を歩いていくと、たしかに登山道があった。
    ほとんど使われていないのか、枯れ葉が積り少し荒んだ雰囲気だったが生きた道路だった。
    しかし地図には目的地の施設は載っていない。
    どこまで歩けばいいのかわからずに進んでいくというのは不安なものである。

     

    最初はアスファルトで舗装されていたが、すぐに砂利道になった。
    左右は深い樹海である。かなり遠方で
    ケンケーンと勢いよくシカが走っているのが見えた。
    しばらく進んだところで、道が二股に別れた。
    ただ片方の道は獣道と見間違うほど荒れた道だったので間違うことはない。

     

    「まだ午前中で時間に余裕ありますしせっかく樹海に来たんだし
    ちょっと寄り道して行きましょうか?」と編集さんに提案してみた。
    編集さんも、ネタが多いのに越したことはないので、賛成してくれた。

     

    しばらく荒れた道を進んでいくと、遠くの方になにか人工物が見えた。
    樹海の中では、緑、茶色、以外の人工物があるととても目立つ。

    編集さんは「わ、自殺されたかたですかね? どうします? どうしましょう?」と大慌てしはじめた。
    カメラの望遠レンズで見てみると、ビニールシートに包まれたかたまりのような物が見えた。
    「……たぶんキャンプをやった人が残していったゴミじゃないですかね?」
    と言っていると、急にそのかたまりがガサガサガサッと動き出した。
    思わず「うわあ!!」と声をあげてしまった。
    そこには、生きている人間がいるとは分かったものの
    どんな人がいるかまでは見えない。
    そうなってしまうと、離れることも、近寄ることもできない。

     

    編集さんは、しばらく考えた後、
    「わたし、ちょっとひとっ走りして、警察に電話かけてきます」といい出した。
    青木ヶ原の中でも、場所によっては携帯電話がつながるが
    あいにくその地点はつながらなかった。
    編集さんは、電波が拾えるところまで道を戻っていき、そこから電話をかけると言う。
    僕が何か言う前に「ここで待ってて下さい。すぐ戻ってきますから」と言って、さっさと離れていった。

     

    誰だか分からない人間が数メートル先にいる樹海に
    一人で置いていかれるのはたまらなく不安だ。
    人がいるであろう場所から目を離すこともできず、じっと見据えたまま立ちすくんだ。
    編集さんは「すぐに戻ってきます」と言ったのに、全然戻ってこなかった。
    1時間ほど近く経ってやっと戻ってきた。
    「110番してきました。死体発見の通報は多いけど生きてる人の通報は珍しいって言われました」
    と、なんか呑気な報告を受けた。

     

    それからまた数十分待ったのだが、警察は全然やってこない。
    「ちょっとこの場所が分からないのかもしれません。様子を見てきます」
    と言って再び、編集さんは離れていく。
    再び1時間ほど待たされて、やっと警察官2名を引き連れて戻ってきた。

     

    警察官は僕が躊躇して超えられなかったラインをあっさりと突破して
    どんどんとその人がいるであろうビニールシートに向かって進んでいった。

    ビニールシートの塊は、お手製のテントだった。
    そして白いレインコートを着た2つの小さい人影があった。
    2人の老婆だった。

    警察官が話しかけると、2人はおいおいと泣きはじめた。
    「うわああああ もう行く場所がないんです!! 死ぬしかないんです!!」と2人ともが泣き叫んだ。
    しばし、泣き止むのを待つ。
    2人は姉妹であり、姉妹で死ぬために樹海にやってきたのだという。

     

    警察官がお手製のテントを解体すると、遺影と位牌が出てきた。
    彼女たちの母親の遺影、位牌だという。
    彼女たちはほとんど飲まず食わずで3日間ひたすら位牌を拝んでいたらしい。
    特に積極的な自殺をしようとしていたわけではなく
    飢えや乾きで衰弱して死ぬまでここにいようと思っていたそうだ。
    それは、とても苦しそうな死に方である。

     

    警察官は2人をなだめながら、なぜ自殺しようと思ったのか? を聞く。

    「インターネットが悪口を言うんです。
    インターネットに悪口を言われてるから、もうどうしようもないんです!!」
    とむせび泣きながら言う。

    現在は、インターネットでの暴言で心を病む人がたくさんいるし
    老人でもインターネットをしていても普通だが、なんせ15年以上前である。
    今ほどはインターネットは普及していない。

    それに「インターネットに悪口を書かれる」
    ではなく「インターネットが悪口を言ってくる」
    とおばあさんたちは言う。

     

    警察官は首をかしげ
    「おばあちゃんたち、インターネットの意味わかってるのかなあ?
    テレビが私の悪口を言うんですって言う人はたまにいるけど
    そういう人と同じじゃないかな?」と言った。

     

    テレビやラジオが自分の悪口を言う、というのは典型的な幻聴だろう。
    断定はできないのだけど、おばあさんたちは
    幻聴が聞こえる病気だったのではないだろうか?と思った。

    幻聴の聞こえる2人が、樹海の中にいたら、治るものも治らないだろう。
    2人は見るからにかなり衰弱していた。
    僕らが通報しなかったら、ひょっとしたら
    そのまま亡くなってしまっていたかもしれない。

    2人は警察官に誘導されて、パトカーに乗った。
    2人ともうつむいている。
    位牌など必要なものだけ、トランクに積み込んだ。

     

    警察官は僕らのほうを見やると
    「通報ありがとうございました。ただあの2人は常習っぽいですね。
    保護施設に入っても、また幻聴が聞こえて、出ていっちゃうんじゃないかな?って思います」と言った。
    僕らはずいぶん時間を取られてしまったが、あわてて宗教施設に向かって歩きだした。

     

    冒頭で、統合失調症は幻聴の症状が多い、と書いた。
    断定はできない樹海で会ったおばあさんたちも、統合失調症だったのかもしれない。
    統合失調症は自殺率もかなり高い病気だ。

     

    資料によれば、統合失調症患者の20%が自殺をこころみ
    5~6%が自殺をするという。
    彼女たちが、樹海を出た後に、良い医療に結びついて
    自殺を思いとどまっていたら良かったのだが、と願う。

    資料(https://www.msdmanuals.com/ja-jp/%E3%83%9B%E3%83%BC%E3%83%A0/10-%E5%BF%83%E3%81%AE%E5%81%A5%E5%BA%B7%E5%95%8F%E9%A1%8C/%E7%B5%B1%E5%90%88%E5%A4%B1%E8%AA%BF%E7%97%87%E3%81%A8%E5%A6%84%E6%83%B3%E6%80%A7%E9%9A%9C%E5%AE%B3/%E7%B5%B1%E5%90%88%E5%A4%B1%E8%AA%BF%E7%97%87

  • 「自立」ってなんだ? 僕の考える3つの要素

    「自立」ってなんだ? 僕の考える3つの要素

    「障碍者の方々にとっても自立は大切なことだと思うんですが、たとえば『ひとり暮らしができたら自立なんだ』と考えると、『ヘルパーさんが日に何回も入ってきても自立なんだ』と言っていいんでしょうか?『自立』って、いったいなんなんでしょうね?」
    こないだ、こんな話をされた。これはすごく難しい話だ。でもすごく大切な話でもある。だから僕も僕なりの考えを、共有してみたいと思う。

     

    まずこれはすごく伝統的な表現なんだけど、

    私たち抜きに私たちのことを決めないで!

    (Nothing About Us Without Us!)

    っていうのがある。

     

    だからこういう観点から言うと、まずひとつ
    1,自分のことを自分で決められること(=自己決定できること)が自立だ
    っていう要素が見えてくると思う。
    そしてもうひとつ、冒頭の話を踏まえて考えると、
    2,自分の時間・空間を確保できていること(=プライベートがあること)が自立だ
    っていう要素もあると言えると思う。
    そのうえで最後に、今の日本や世界が基本的に資本主義社会であることを踏まえると
    3,自分の生活に必要なお金を得られていること(収入の範囲内で生活を成り立たせることができていること)が自立だ
    という要素もやっぱり大きいと思う。だからここからはこの3つの要素を柱に、ひとつひとつをもう少し詳しく見ていこうと思う。

     

    まず1について言うと、どんな状況であれそれぞれの人生の主体者、主権者は本来そのひと自身なんだから、自分がどんなふうに生きていきたいかを自分で決定できないのなら、自立しているとは言いにくいと思う。だからやっぱり、誰でも自分のことは自分で決められることを目指せるべきだ。ただだからと言って、これは「すべてをそのひとだけに任せて、あとは勝手にやらせる」なんてことではもちろんない。
    自分だけでなんでもできるひとなんていないし、逆に言えば誰でも「すべてが自分の理想どおりに、すぐに実現できた」なんてことはまずないだろう。やりたいことを実現するためには、仲間を集めて、協力し合わないといけない。でもそのことは充分踏まえたうえで、「自分の活動・生きかたの方向性は、自分が主権者(チームリーダー・CEO)として決める・方向づける」っていう核心も、改めて確認しておいていいと思う。

     

    これが、僕が言う「自己決定」の意味だ。
    そしてこれを大切にするためには、周囲のひとたちと本人、両方の意識が必要だと思う。「自分で決める」っていうのも、ある種の「訓練」なんだ。そして障碍者は一般的に、その訓練の機会を奪われている・削られていることが多い。特に僕も含め「こども(赤ちゃん)の頃から障碍者と見なされてきたひと」はなおさらだ。だから、まず本人が自分で決めることに慣れないといけない。訓練っていうのは場数を踏むことだ。そしてそのうえで周りのひとは見守っていてくれたらいいんだ。「大切なひとでも見棄てろ」とか、「失敗しても放っておけ」なんてことを言ってるんじゃない。ただ、見守ってくれてたらいいんだ。本人が望んだときは、もちろん相談に乗ってあげればいいんだ。助けを求められたら、助けてあげたらいいんだ。「誰を頼るか、誰に助けてもらいたいか」を決めることだって、立派な自己決定のひとつなんだから。
    あとこういうことを言うと、「まだ身体障碍とかならそれでいいかもしれないけど、重度の精神障碍者とか知的障碍者についても同じこと言えるのかよ!」
    みたいなことを言われることもあるけどさ、たとえ「自分で決められること(選択肢を比較・吟味できること)が他のひとよりは少ない」としてもさ、だからって「自分ではなにも決められない・決めちゃいけない」なんてことはないんだよ。たとえば「今日はなにを食べたいか」(自分では調理できないとしても)とかさ、「今日はどっちの服を着たいか」(自分では着替えられないとしても)とか、たとえ少なくても、少ないからこそ、自分で決められることは自分が決めたらいいって、そういうことなんだよ。

     

    じゃあ次に2について見ていこうと思うんだけど、これも実際にはなかなかひと筋縄ではいかない話なのも確かだ。たとえば僕自身もヘルパーさんの助けを借りながらひとり暮らししているわけだけど、もし誰の助けもなく完全に独りで放って置かれたら生きていけない。
    だからヘルパーさんは特に最初なんて「完全な他人」なのにもかかわらず自分の「生活空間」に入ってくるわけで、洗濯をすれば下着もなにもかも、少し本棚を見れば僕の興味関心もなにもかも、文字どおり「丸裸」になっている気がする。
    そしてそれは確かに、「僕が生きていくのに必要な助けを得るためにはしかたないこと」でもあるんだ。だからその意味で、僕が「完全なプライバシー」を得ようとするのは実際無理だ。
    だけどそれでもさ、僕にも、僕たちにも、プライバシーは必要なんだ。だからその「せめて残されたプライバシー」は、尊重してほしい。「しかたなく見せているもの」は、「際限なく見ていいもの」じゃないんだ。助けられるほうと助けられるほうそれぞれがそのことを理解しておくことが、自立の実現には欠かせないことなんだ。僕は、そう思ってる。

     

    そして最後の3について、つまり「経済的自立」というものをどう考えるかについて、これがある意味ではいちばん難しいというか、意見の分かれやすいところなんじゃないかと思う。でもやっぱり、ここを避けるわけにはいかないだろう。そしてひとつの核心は、「税金」っていうものをどう捉えるかにあるんだとも思ってる。

     

    僕自身、日々の暮らしは「障碍基礎年金」と「特別障碍者手当」の計10万円ちょっとが大きな基盤になっている。そしてこれはもちろん、「税金」と呼ばれるものだ。だからここに注目して、
    「税金に頼って生活してるヤツを、『自立してる』なんて言えるわけないだろ!」なんてことを言うひともいると思う。というか、こういう考えのひとも多いと思う。そして特にこういう観点から、「経済的に自立してない=血税を喰い潰している=社会に貢献してないなら、権利・自由が制限されるのもしかたない」っていう考えに至るひともけっこういると思うんだけどさ、こういう考えってもうちょっと推し進めただけで、かつて

    遺伝性の疾患を持つこの患者は、その生涯にわたって国に6万ライヒスマルクの負担をかけることになる。 ドイツ市民よ、これは皆さんが払う金なのだ

    と言い回ってみんなを煽動したナチスや、こないだの植松聖被告と同じようなところに行き着いちゃうんじゃないの?それに、道路とか警察とかいろんなインフラ・制度もぜんぶ含めて考えると、多くのひとが税金から受けている恩恵は、払っている税金よりずっと多いって言ってもいいとされている(このあたりの事情は、たとえば「税金 受益超過」なんて検索をかけて調べていけば詳しくわかると思う)だから僕は、もちろん、「どんな社会にしたいか?」とか、「そのためにはどんな手段が最適なのか?」なんてことをみんなで考えるのは必要なことだとしても、少なくともこういう「自立」の問題を「税金」との関係だけから考えるのはあんまりいい筋だとは思えないんだよね。

     

    最初に言ったとおりこれには当然いろんな異論もあるだろうけど、ともかく今の僕はこういう考えに基づいて、「税金だろうがなんだろうが、とにかく自分の生活に必要なお金を得ることができていて、その範囲で生活をやりくりできているなら、それを『経済的自立』と見なしてもいいんじゃないの?」と思っているんだ。そしてこれについても、必ずしも本人だけで成し遂げる必要はなくて、誰かに助けてもらっていてもいいから、そういう状態ができていれば、それで「自立」と言っていいと、僕はそう思っている。

     

    こんなふうに、僕は

    1,自分のことを自分で決められること(=自己決定できること)
    2,自分の時間・空間を確保できていること(=プライベートがあること)
    3,自分の生活に必要なお金を得られていること(収入の範囲内で生活を成り立たせることができていること)

    っていう3つの観点から、「自立」を捉え、定義した。これはひと言でまとめると、「自立っていうのは、自分の人生を、主体的に、自分らしく生きていくことだ」って言ってもいいと思う。
    そしてそのうえでさらに言うと、僕は自立を、「本人(自分自身)だけの力で実現・維持できること」だとは思っていないんだ。自分の人生を主体的に、自分らしく生きていくためには、助けが必要だ。そしてこれは僕だけじゃなく、「障碍者」だけでもない、みんなそうなんだと思うんだ。自分らしさは、単独では存在しない。みんなが支え合ってはじめて、自分らしさが醸し出され、育っていく。僕は、そんなふうに思ってるんだ。

    だからさ、こんな僕は、少し「挑発的」に見えることを覚悟で、あなたにもこんなふうに訊いてみたい。
    あなたは本当に、自立できていますか?自分の人生を主体的に、あなたらしく生きられていると思いますか?

     

    さっきの3本柱は、1の自己決定は言うまでもなく、2は「ワークライフバランス」の問題として捉えることもできるし、お金のやりくりに努力・工夫を凝らしてるのも、誰にだって言えることだと思う。そしてさ、「自分らしく生き続ける」ことに、終わりなんかない。それなら「自立するっていうのは、自分の人生を自分の作品として完成させる、その終わりのない過程だ」って言ったっていいのかもしれない。じゃあこれもやっぱり「みんなの問題」なんだって、そういうことになるんじゃない?

     

    でもこれはもちろん、僕の意見だ。だからあなたにはあなたの、みんなにはみんなの、それぞれの意見があるんだとも思う。だから今自分が自立できてると思っているひとも、自立できてないと思ってるひとも、よかったら一緒に考えてくれたら嬉しい。だってこれはやっぱり難しいけど、大切な問題だから。
    あなたにとって、「自立」ってなんですか?

  • 境界線にいる私たち①子供の誕生により壊れはじめた生活

    境界線にいる私たち①子供の誕生により壊れはじめた生活

    【元夫との結婚】
    私が元夫と出会ったのはSNSを通じてだった。両親が熟年離婚した後
    アルコール依存気味になった父との暮らしに疲れていた私にとって
    元夫は一回り以上年下だったけど、唯一、甘えることのできる存在だった。

     

    37歳の時にプロポーズされたときは、遠距離恋愛だったこともあり
    即答で、元夫が住む東京から新幹線で1時間ほどの地方都市への引っ越しを決めた。

     

    元夫には中程度の知的障害の妹がおり、義両親は私と元夫との年齢差よりも
    私や私の両親が義妹を受け入れられるかの方を心配した。
    そして、何よりも私が妊娠した際に、子が障害を持つのではないかと心配していた。

     

    私は初対面では、知的障害のある義妹にどう接していいのか戸惑ったが
    素直で優しい性格の義妹に偏見を持つこともなく、迷いなく結婚に踏み切った。

     

    その時、37歳だった私は、その時点で高齢出産となるため、すぐにでも子供が欲しかったからだ。

  • 障害を持つホームレスに必要なモノとは?|『精神の病気』『こころの病気』を持つ人も

    障害を持つホームレスに必要なモノとは?|『精神の病気』『こころの病気』を持つ人も

    皆さんはホームレスに対してどのような印象を持っているだろうか?
    「叫んだり、暴力をふるったりする危ない人たち」
    「何年も風呂に入っていなくて、垢だらけでひどい臭いがする」
    「いつも酒を飲んで泥酔している」
    そんなイメージを持っている人も少なくないだろう。事実、そのイメージは完全に間違っているわけではない。実際に取材をしていると、そのようなホームレスもいる。ただ、割合で言えば決して多くはない。目立たぬよう、地味に寡黙に生きている人がとても多いのだ。ではなぜ、そのようなエキセントリックな人たちが印象に残るかと言えば、それは彼らが分かりやすく目立つからだ。奇行を働くホームレスは、大勢の人目につくのだ。

     

    ホームレスの中には、人前でズボンを脱ぐ、人が通っている路上で大小便をするなど常軌を逸した行動を取る人が一定数いる。冗談や悪ふざけでやっているわけではなく、精神に障害があるのは明白だ。そのような障害があるがゆえに「悪目立ちするホームレス」はホームレスの社会の中でも孤立してしまう場合がある。
    ホームレスに話を聞いていると、そういう悪目立ちするホームレスに対して
    「アイツはキチガイだから近寄ったらダメだぞ」
    「酒を飲んでいる奴らはみんな頭くるっているから関わったらいかん」
    などと、忠告を受けることがよくある。実際に、話しかけると手に持っていた物を投げつけられたり、暴言を吐かれたりする。たしかに関わらないほうが良かったと思う場合もあった。

     

    病的に片付けることができず、寝床の周りをゴミだらけにしたりする人もいる。商店のシャッターの前などを汚してしまうと、お店の人は非常に迷惑をする。そして「もうホームレスは寝かさない!!」とホームレス全体を排除されてしまう。そうすると、おとなしく寝ていた他のホームレスは困ることになる。結果、片付けられないホームレスは、嫌われる、避けられる、という状態になる。

     

    精神を病んでいるホームレスの中には身体を清潔に保つことが難しい人も多い。風呂に入らないのは当たり前。毎日、ゴミ箱に手を突っ込んで空き缶を拾ったりしているため服からも悪臭は漂う。それで駅の通路で足の垢をとったりすると、みんなが顔を歪めるほどの臭いが充満する。
    かつて西武池袋駅の近くでいつも悪臭をふりまいているホームレスがいて、通行人はみな殺意のこもった目で彼を見ていた。

     

    このように精神を病んだホームレスの中には、悪目立ちしてしまう人が少なからずいる。多くのホームレスは、あまり目立たないように周りに迷惑をかけず生活しているが、そのように悪目立ちするホームレスがいると
    「ホームレス=困った人」
    「ホームレス=悪い人」
    「ホームレス=臭い人」
    という図式が完成してしまう。こういうイメージは、ホームレスにとっても社会的にも良くない結果につながりがちだ。一般の人たちによるホームレスに対する暴力は後をたたないがそもそもはこのよう誤解から始まっている場合も少なくない。

     

    それでは実際、そのような状態になってしまったホームレスをどのようにしたら良いのだろうか?精神を病んでいたり、認知症が進んでいるホームレスの人たちは、警察やボランティア団体によって保護施設に入居する場合もあるが、本人が否定した場合はそのまま放置されることも多い。そもそも病識(自分が病気であるという自覚)がない人も多いし「絶対に施設には入りたくない」と言い張る人もいる。たとえ一旦は入居しても、周りと上手くやっていくことができなかったり酒やタバコ禁止などのルールを守ることができず、逃げ出してしまう人も多い。

     

    現在では、昔と比べ生活保護を取得することは簡単になった。一旦、生活保護をもらい、そこから家賃を支払うようになってしまえ、基本的に継続してアパートで生活していくことができる。ただし「精神に病気」がある人は、アパートで規則的な生活をしていくのは難しい場合も多い。
    すぐに周りの住人とトラブルを起こしたりして、結局逃げ出してしまう。それでは、半強制的に精神病院に入院させて監禁すればよいのか?というとそれも間違っているだろう。「ホームレスだから強制的に無理やり収容する」というのがルールになってしまっては戦時中の強制収容施設のようになってしまいかねない。
    事実、都内にはかなり強引な手立てでホームレスなどの患者を入院させて荒稼ぎしている病院もある。内情はかなり酷い状態だと聞く。あからさまな貧困ビジネスの一つであり、かなりたちの悪い行為だと言える。ただ、そうだからと言って自分が置かれている状況を認識できないホームレスを路上に放置し続けるのも良くないだろう。

     

    以前、上野公園で典型的なホームレスの老人に話を聞いたことがあった。
    ボロボロの服を着て、ひげは伸ばしっぱなし、手にした紙袋の中にはハンバーガーショップからもらってきたポテトがギッシリと詰まっていた。彼に話を聞くと
    「四国の会社で社長をしているが、人材不足で東京まで人を探しにきた。働ける若者を探しているが、知らないか?」と言われた。
    しばらくは理解ができなかったが、どうやら彼は『東京に若い労働者を探しに来ている社長』という意識があるようだ。ボロボロの姿をして、拾い食いをしていても、彼の中にその意識は保たれ続けているのだ。そういう彼に
    「あなたの言ってることはおかしい。精神病院に入院して治療を受けるべきだ」と言っても絶対に納得はしてくれないだろう。また収容先の施設でトラブルを起こしてしまう可能性も大いにある。警察に相談しても、「あの人は、ああいう人だからほっておいて構わないですよ」などと、放置されてしまう。

     

    野宿生活はとても過酷だ。冬場に外で寝ていたら病気になったり、最悪は命を失ってしまう。事実、そうやって毎年多くの人が亡くなっている。ただ、彼を自発的に施設へ向かわせるのが非常にもどかしいジレンマが発生するのだ。

     

    以前僕が住んでいた新宿区の駅前には、いつも男性器を露出させたり道行く女性に対し大声で怒鳴ったりするホームレスがいた。
    ある日、ホームレスの行動に腹を立てた男性が彼を取り押さえていた。取り押さえた男性はもちろん正義のために暴力をふるったわけだしホームレスの行動は確かに問題があった。はたから見れば、ホームレスは悪に映るだろう。ただ、たしかに悪いことをしているかもしれないがホームレスの男性が『精神の病気』『こころの病気』であれば仕方がないとも言える。ホームレスに本当に必要だったのは暴力による成敗ではなく、保護と治療だったはずだ。ケース・バイ・ケースで様子を見ながらも、ここぞという場合には国、警察、病院、などの施設が彼らを受け入れることができる体制を整える必要があるだろう。

     

    一朝一夕でキレイに片はつかないが、それでも皆で考えていかなければならない問題だ。

  • おめめどうハルさんのなんということもない話~「えらぶ」ができていない知的障害を伴う自閉症児~

    おめめどうハルさんのなんということもない話~「えらぶ」ができていない知的障害を伴う自閉症児~

    ★こんにちは、ハルヤンネです★

    (私についての取材記事はこちらから)

    奥平綾子(㈱おめめどう 代表)①~今、発達障害の分野や支援が大混乱な理由~

    新しい月がまわってきました。

    今日は節分。

    お巻き寿司、西南西にむかってパクリの日ですが、どうでしょうね。

     

    無事三原のセミナーも終わりました。

    少しの欠席もあったようですが、60部用意した資料は数枚を残すのみでしたよ。

    よかったです。

    セミナーではマスクと消毒液を用意させていただきました。

    ご自身で必要と思われたら持っていってもらいました。

    しばらく同じようにしようと思います。

     

    最近、話しながら、おめめどうってよくできているなと思うようになりましたよ。

    杖の役割、みとおし、えらぶ、おはなし、年齢の尊重とくるりと一周する。

    っていうか、どこもかもが繋がっている。

    一つ欠けてもだめという感じがします。

     

    さて、ひとつだけ答えられなかった相談があったので、書いて残しておきます。

    <11歳男子知的障害を伴う自閉症。夏に乗馬に行くのですが、それを、年間カレンダーに書くけど、ずっと気にして、すぐに行こうという、近場の馬が見えるところに行くこともするが、納得してくれない。また、巻カレの予定を全部親に読ませる。読まないと、口を開けてくる。どうしたらいいのか?>

     

    読ませてもらって感じたこと。

    お子さんは、「えらぶ」ができていない。

    なにかをひとつ選んで他を諦めるという行為が

    身についていないのかなと思いました。

    だから、決めたけど、決めたことになっていない。

    身近なものの二択からしていかれたらいいですよ。

     

    それから、巻カレに予定を書いているのは、本人自身か

    それから一緒に書き入れているか?

    もし文字が書けないのであれば、ハンコやシール、付箋などでもいいです。

    自分で貼るということがいりますよね。

    でね、その日の予定(スケジュール)をメモやカードにして持ち歩くとなれば

    その日の予定(例えばデイの名前)が、予定の中にあるでしょ。

    で、カレンダーがその日を表しているのだとわかる。

    読み上げるは、文字の羅列になっているわけだから。

    また、親にさせたがるというのは、親がするから、それが同一保持になるんですよね。

    上記のような手立てをしていって、「読み上げない」を基本に適当にいなしてみてください。

    先日の「黒いくまは黒い」と同じです。

     

    お子さんが、「えらぶ・きめる」けど守ってくれないというようなときに、一番気にしなければならないのは、親や周囲の大人の方が約束を破っていないか?です。大人の方が「えらぶ・きめる」をしても、「やっぱ、やめとこか」というような優柔不断な暮らしをしていると、「約束は破っていいもの」と覚えていきます。

    そこは、自分を振り返ってみてくださいね。

     

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