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  • 精神医療、ここまでぶっちゃけていいの?⑤~「人が苦手な人」が人とつながるためには~

    精神医療、ここまでぶっちゃけていいの?⑤~「人が苦手な人」が人とつながるためには~

    【5回目 人が苦手な人が人とつながるためには】

     

    田口 私は発達障害児の親は、とにかく、周りとの関係の築き方にウェイトを置いた方がいいと思いました。そこができないで孤立しちゃう親御さんが圧倒的に多いので。

     

    樋端 子どもの育ち方も周りの子たちと違っていて育てるのが大変、親も不器用でママ友との付き合いなんてとてもムリ。ではどうやって仲間とつながったり情報を集めて、必要な支援を得ればいいのという感じですね。私たちはむしろ先に仲間づくりをやってしまおうと、好きな距離感で参加できるゆるいテーマコミュニティとしての「親子の発達障害あるあるらぼ」をやっています。

     

    田口 そうですね。けど、「親子の発達障害あるあるらぼ」は東京にないんですよ。
    取材をしていると「福祉に関して23区は別の国 と言っている福祉関係者が多いんです。東京はとにかく人が孤立しやすいです。私はあまり感じたことがないんですけど、一般のお母さんなんかは、むしろ私を羨ましいって言う人までいるんですよね。子どもが発達障害グレーゾーンだから、福祉関係者が常に相談の乗ってくれますよね。だから、寂しくなさそうで羨ましいって。そして、何でもかんでも支援。とにかくサービスが入る。

     

    樋端 なるほど。だいぶ雰囲気が違いますね。でもフォーマルな領域で常に何でも相談できる人がいるというのは心強いですね。よろしければぜひその辺りを塩尻のトークライブでも話していただければ。

     

    田口 はい。とにかく違いますね。
    たとえば、地方だと障害者同士の結婚って地域で支えるから、そんなに大問題じゃないけど、東京じゃ地域で支えるなんてないので、大問題です。障害者向けのグループホームのボランタリーチェーンを展開してる「わおん」って事業所の社長さんが「グループホームには男子寮と女子寮はあるけど、当然、恋愛もあります。けど、一緒に暮らせるグループホームは皆無なので、今度、家族棟を作る」って言ってました。色々あってなかなか実現化していないようですが。東京で障害者の自立といったら、1人暮らしをもって自立と考えている事業所が多いんですね。だから、1人暮らしをしたら、ヘルパーが何回入って生活を維持するかみたいな話になります。

     

    樋端 でも田舎は田舎で徹底的に隠そうとすることもあるし、色々ありますよ。精神障害者の私宅監置なんて歴史もありましたし。いまでも家族だけで抱えて一家心中ギリギリの状態の家族もあったりもします。

     

    田口 全然違うんでしょうね。うちは元夫が山梨の山奥だったので、発達障害だなんて絶対に認められないって言ってましたね。そんなの恥だと。

     

    樋端 あるラボは対話の場になって地域の文化を作っていく拠点になればともおもいます。そういう場が都会にも田舎にも必要ですよね。テーマのあるカフェと言うかバーと言うか。

     

    田口 10年前くらいからの私のライフワークなんですよね。地域コミュニティが崩壊しているから、占い師に需要があるんですよ占い師に「恋人にLINEするときに♥をいくつつけるか、毎日占ってくれたら5万円払います」みたいな依頼が来ますから。そんなの友達に相談すればいいとか、親に相談できないのかって悩み相談がすごく多いので。私の小さい頃って東京でもあったんですよ。地域コミュニティって。私自身は商店街のおじちゃん、おばちゃんなんかの家で過ごしたり、相談したりっていうのが普通でした。親に相談できないことでも、地域のおじちゃん、おばちゃんに相談できましたから。今はないですね。小さいコミュニティは残っていますよ。それこそ、私なんかはSNSを通じて、別の町内会の人と仲良くなって、お祭りの時は飲み歩くなんてするんですが。そういう小さいコミュニティの入り口を発見できずに孤立している人が多いです。

  • 精神医療、ここまでぶっちゃけていいの?④~占い師も対人援助職?~

    精神医療、ここまでぶっちゃけていいの?④~占い師も対人援助職?~

    【4回目 占い師も対人援助職?】

     

    樋端 田口さんのお話を聞いていると、もう占い師の範囲を超えていますね。入り口は占いでも、実はよろず相談なのですね。

     

    田口 超えていますね。ボランティア要素が強いですけどね。最低限、お金は頂きますが、頂けないことも多くて。
    例えば、発達障害でDVに遭ってて、子供も発達障害というお母さんの相談がありました。まず、避難場所の確保、弁護士の紹介、地域の相談員さんに繋ぐ、物件探しは不動産屋さん、生活保護申請は区議さんに頼むとか、もう支援でしかないです。
    一度、千葉から東京に逃げてきたお母さんがいました。とりあえず、どこの自治体でも、役所に駆け込めば保護する義務があるので、駆け込ませて。法テラスでも受けてくれる弁護士さんを紹介して。

     

    樋端 いいですね。まさにワンストップの伴走型支援という感じ。

     

    田口 その支援の中で、発達障害の人は、支援者を怒らせてしまったり、大変でしたね。

     

    樋端 支援を受けること自体に支援が必要なのが精神障害という定義もあります。

     

    田口 その時はむしろ持ち出しでした。ほとんどお金を持ってなかったので、誰も儲からないですよ。弁護士さんも法テラスの案件って、受けても儲からないし。
    結局、役所は怖いとか、シェルターは怖いとか、敷居が高いとか、いろいろあっての占い師なんですよね。だから、よろず相談になっちゃうんですよ。

     

    樋端 行政には期待したいところだけど、フォーマルな支援だけだと隙間だらけになる。だれかがその隙間をうめてつながないと救われない人はいるよなあ。

     

    田口 私の周りで支援している方は、そのニッチのところを埋めることに力を使っていますね。たとえば、触法障害者って、警察が個人情報の問題で、連絡先も教えてくれないんですね。けど、支援につなげないとまた同じことになる。だから、親御さんや恋人からアプローチして、支援につなげている相談員さんとかいますよ。

     

    樋端 対人援助を生業とする支援職はいろいろあるけれど、結局、最終的には、職種・職域は関係なくなるなあ…。よろず相談かつ自分のすべてを総動員。もちろんそれぞれの使える技はいろいろで、業務独占などはあるにはあるけれどもね。

     

    田口 そうですね。私が住んでいる区は障害福祉課の方が現場上がりなので、かなり職務を逸脱して動いて対応していますよ。一時期は心理系の国家資格を取ろうかと考えましたが、たぶん、占い師だからこそ、相談しやすいんでしょうから、やめました。

     

    樋端 むしろ社会福祉士とかの勉強して取ったらいいのに。コミュニティーソーシャルワーカーになるか、あるいは地方議員に立候補するとか。

     

    田口 社会福祉士の方に「私より社会福祉士してる!」って言われました(笑)

     

    樋端 いいと思いますよ。入り口は占い師、実はケースワーク、ソーシャルワークもできるってすごいかも。

  • 精神医療、ここまでぶっちゃけていいの?③~説教男とマンスプレイニング~

    精神医療、ここまでぶっちゃけていいの?③~説教男とマンスプレイニング~

    【3回目 説教男とマンスプレイニング】

     

    田口 先生、発達障害の人が、話していることの本旨とずれたところで、長文で自分の論理を展開するのはなぜですか?単語にこだわりがでるからですか?それとも行間読めないからですか?たまにイラっとくるんですが。

     

    樋端 自分の話していることに夢中になるのと、細部に注目してしまい立ち位置がわからなくなって戻れなくなっちゃうんだろうな。あるいは何かフラッシュバックなどが起こってるのかも。本人の中では筋があるのだろうけど周りから見ると訳が分からなくなる。紙などに書きながら話の全体像(地図)を示しながらやり取りする感じがいいかな。

     

    田口 フラッシュバックしてるのか。私は女性だからですかね?男性からのこだわり炸裂コメントが多数です。

     

    樋端 あるいは尊敬されたいという思いからの、いわゆるマンスプレイニングかも。

     

    田口 あ、なるほど!妙にみんな偉そうです。説教してる感じです!

     

    樋端 「凄ーい」とか言っとけば良いかもしれませんね。

     

    田口 (笑)
    そしたら、私のコメント返信、「凄ーい」ばっかりになっちゃいますよ(笑) 7割が説教口調の男性です。3割がきちんと読んでくれる女性って感じですから。

     

    樋端 うーむ、聞き上手なのか、ホイホイ惹きつけちゃう何かがあるんでしょうね。

     

    田口 私、それ、本当に悩みなんです!写真かな、顔立ちかな。昔から多かったんですよ。説教男性(笑)

     

    樋端 そういう男性は早めにバッサリぶった斬ったってください。

     

    田口 ばっさり切ると「イメージと違った!」とか言われるので、弱々しい感じがするのかもしれないですね。弱々しかったら、個人事業主もできないのに。

     

    樋端 まあ、勝手に抱いているイメージですから。同僚だった女性医師も同じような悩みを言っていました。

     

    田口 女医さんでも同じような悩みがあるんですね。女医さんこそ、とてもじゃないけど、弱々しくないと思いますよね。説教男ってイヤ。

     

  • 精神医療、ここまでぶっちゃけていいの?②~発達障害の若者と性の話~

    精神医療、ここまでぶっちゃけていいの?②~発達障害の若者と性の話~

    【2回目 発達障害の若者と性の話】

     

    田口 障害者の性ってどこでもタブーにされがちですが、私も思春期に息子にどう対応していいか分からないと思うので、性に関してはぜひ伺いたいですね。

     

    樋端 だいぶ前になりますが、「発達障害と性」というテーマで講演したことありますね。これは、本当にそれだけで大きなテーマです。発達障害に関しては、まずもって境界が自然にみえないASD の女性は権利侵害されやすく、男性は権利侵害しやすい。自己肯定感の低さや、ADHDの衝動性が加わるともう・・。世の中でタブーにされているけど、失敗すると自分も相手もおおごとになる。彼らにとって性の問題は鬼門です。

     

    田口 そうですよね。友人の保健師が「青少年の性について」のイベントを企画しているのですが、障害者の性となると、やはり違うんですかね?

     

    樋端 ASDの人が、日常的なコミュニケーションを通じて複数の友人伝いで入ってくる情報ではなく、ファンタジーの多いネット情報だけから情報を得ていると実に危険ですね。昔は子どもにはやすやすとは手に入らなかったアダルト動画なども気軽にみれちゃいますからね。信頼できる大人がオープンかつフレンドリーに伝えることが必要です。

     

    田口 そうですね。オープンかつフレンドリーですね。タブーにしない方がいいですね。

     

    樋端 診察室でも思春期以降はもうざっくばらんに聞きます。実際聞いてみるとセクシャリティも色々だし。

     

    田口 そうなんですね!そこまでする先生ってなかなかいないですね!

     

    樋端 けっこう痛い目にあっているので。

     

    田口 副業で占い師(よろず相談)をしていても、相談されてしまうことがあります。もう占いの範疇ではないんですけどね。知的障害の娘さんの性衝動を止められないとか、すぐに妊娠してきてしまうといったことを。それで、福祉関係の人に聞くんですが、対応策が分からないと言われてしまって。

     

    樋端 権利擁護が必要ですが…。さらに自己肯定感が低いと、手っ取り早く「愛情のようなもの」を得られるところに飛びつくこともあります。親以外に本人が信頼して相談できる人が必要ですね。

     

    田口 そうですね。セックスアディクションにもなりやすいですもんね。

     

    樋端 オープンに養護学校で教えたことが大問題となった七生養護学校事件のようなこともありましたが、キチンと教えないのは人権侵害だとおもいます。

     

    田口 本当ですね。タブーにしちゃいけないですよね。

     

    樋端 女性は特に被害に遭う側なので。

     

    田口 発達障害の男性の方に、びっくりしたことがあるんですよね。「いやよ、いやよも好きのうち」って言葉を真に受けて、レイプされそうになって。その方は60代でしたが、素人女性との経験はなく、独身だったんです。それで被害届を出すか迷って、話し合ったのですが、本人は本当に「いやよいやよも好きのうち」という言葉を信じていた。「誰かに受け入れて欲しかった」と言ってました。だから、「『いやよいやよも好きのうち』は合意があり、ステップを踏んだ上でのことだ」って話をしました。けど、いまいち、ピンとこなかったようでした。ステップを踏むということを理解してもらえなかったです
    一般の男性は、まず「彼氏いるか」というのを探って、いないと確認したら、手をつないでも嫌がらないか、とかステップを踏みますよね。コミュニケーションに障害があると、そういう経験がないし、AVの世界そのもののイメージで60代まで行ってしまうんだと驚きました。

     

    樋端 伝えるために教材はありますが、親密さの12段階とかはよく使って伝えますね。

    手つなぎは?キスは?その先は……?12段階で分かる恋愛のススメ方


    ステップごとに丁寧に合意をえずに飛び越えちゃうとすぐに犯罪になってしまうこともあるよと。

     

    田口 今度、これを使って説明してみよう。ありがとうございます。

     

  • 過酷な野宿生活で心身の健康を損なうホームレスたち

    過酷な野宿生活で心身の健康を損なうホームレスたち

    野宿生活はとても過酷だ。
    ホームレスの平均年齢は60歳を超えている。
    70代、80代のホームレスも珍しくない。

    高齢者である彼らが、暑さ寒さ雨などが身に染みる屋外で暮らしている。
    もちろん、きちんとした食事もとることができない。

     

    そして、ほとんどの人は健康保険を持っていない。
    廃品回収などのわずかな収入では、食事代を確保するだけで精一杯であり
    病院に行くお金はとても確保できない。
    市販の薬を買うのすら難しい。
    病気になっても、我慢してやりすごして、そのうちに悪化していく。
    しばらく姿を見かけないのでテントの中を覗くと亡くなっていたというケースもよく聞く。

     

    比較的に高齢者が多く住む河川敷などのテント村を歩いていると
    住人が亡くなってしまったため、花や線香がお供えしてある小屋が目についた。
    彼らの中には、そもそもケガや病気が原因で、ホームレスになったという人も少なくない。
    彼らはホームレスになる前、建築関係や土木関係の仕事に従事している場合が多い。
    『重いものを運ぶ作業中に腰を痛めてしまった』
    『高所から落下して足をケガしてしまった』
    などが原因で、仕事に行けなくなり、結果的に野宿生活を余儀なくされてしまった。

     

    またガンなどの病気にかかり、病院に入院した結果、病気は完治したものの
    入院している間に仕事を失い、治療費によって貯金もなくなったため
    結果として住む家を失ってしまったというケースもある。
    ホームレスになった後は、空き缶を集めるなど「廃品回収」の仕事をしている人が多いが
    体にダメージが残っているため皆さん苦労している。

     

    2000年代初頭に上野公園で知り合った50代後半の男性は
    元々鳶職で稼いでいたと言っていた。
    仕事中に腰と足を痛めてしまったためホームレスになってしまった。
    毎朝、近所を回っては新聞や段ボールなどを集めて
    ゴミ処理場へ運び現金化していた。5~600円にしかならないが
    そのお金で缶コーヒーとタバコを買うのを毎朝の習慣にしていた。
    「寒い朝は足が痛むんだ。でも運動していないとより悪くなるんだよな」
    と笑いながら、手で足を擦っていた。

     

    彼は、周辺のホームレスのリーダーであり、細やかに面倒を見ていた。
    お年寄りのホームレスに配給で手に入れたパンや毛布を与えたりしていた。
    自分のことだけで精一杯なはずなのに、他人の面倒を見るとはとても優しい人だ。

     

    彼は、先日までは夫婦で上野公園に住んでいたと言った。
    僕が訪ねた時は、奥さんは過酷な生活で体を壊し入院していた。
    足をケガをしてしまったから、結果的に夫婦でホームレスに転落して
    そしてそこから這い上がれない人がいる。
    これが現実だ。

     

    日頃の不摂生がたたって、身体を傷めるホームレスも少なくない。
    タバコと酒をのむホームレスは多い。
    ただ近年はタバコがずいぶん値上がりしたし、
    喫煙者も減り、喫煙マナーも上がったため、ポイ捨てされた吸い殻もあまり見なくなった。
    かつてはシケモクを拾っているホームレスの姿をよく見かけたが
    最近ではあまり落ちていないのでむつかしい。
    話を聞いていると、
    「もうタバコはやめちゃったよ」
    と語るホームレスもいた。
    価格の値上げとマナーの厳格化によって、結果的に
    ホームレスは以前より健康的な生活になっているのかもしれない。

     

    一方タバコに比べると、酒はいまだにたくさん飲むホームレスが多い。
    タバコと違い、酒は現在でも安価で手に入れることができる。
    例えば、コップに入った焼酎などがその代表例だ。
    フタを開けるとググググと一気に飲む。
    そんな飲み方が体にいいわけがない。
    一気に体にアルコールを染み渡らせる、麻薬のような摂取方法だ。
    内臓にも脳にも大きなダメージがあるはずだ。

     

    西成や山谷といったドヤ街を取材していると
    アルコールの自動販売機の前で酔っ払っている人たちをよく見かけた。
    カップ酒を飲み終わるたびに壁に投げつけて割る人がいて、
    「パリーン!! パリーン!!」
    という音が周りに響いていた。
    その様子を見て
    「酒は麻薬だ」
    と心のそこから思った。

     

    そもそも酒が原因で、仕事を失ってホームレスになった人も多い。
    彼らに話を聞いていると、飲酒が根本原因となって
    職場でトラブルになったり、プライベートな人間関係を壊したり家族と別れたという。
    ホームレスに清掃などの仕事を頼んでいる人に話を聞くと
    「前払いで1000円でも払っちゃうともうダメ。それで飲みに行っちゃうんだよね」
    とよくぼやいている。
    そうやって約束を破っているうちに、誰からも仕事をもらえなくなってしまう。

     

    酔っ払ってケンカをして、大ケガを負う場合もある。
    定期的に話を聞いていた西成のあるホームレスは
    酔っ払っている時にケンカをしかけたり
    酔って寝ている時に一方的に暴力を振るわれたりして、いつも生傷が絶えなかった。
    ただ暴力を受けるだけではなく、持っている金銭を全部奪われる。
    せっかく長期間飯場に入ってためたお金も、一晩飲んだだけで全部失ってしまう。
    それでも彼は酒をやめられず、毎日意識を失うまで飲んでいた。

     

    ある日会うと、彼はアゴを蹴られて、下の前歯が何本も折れていた。
    一応は病院に行ったようだが、傷跡が生々しかった。
    「しかたねえからアルコール消毒するんだ」
    とまた酒を飲んでいた。
    そして数時間後にはまたグダグダになって路上で眠っていた。
    そのうち彼はあっさりと命を失ってしまうのではないか?
    と不安になった。

     

    彼の場合は、典型的なアルコール依存症だろう。
    ホームレスにはアルコール依存症をわずらっている人が非常に多い。
    アルコールに比べると数は少ないが、覚醒剤などの麻薬を使用するホームレスもいる。
    彼らは薬物の依存症であり、つまり「精神障害」「こころの病気」である。
    体の障害よりも、精神の障害の方が、大きい問題を引き起こすことも多い。

     

    またアルコールやドラッグをやっていなくても
    精神病を患っていると思われる人もいる。
    話しかけても全く会話にならない人
    周りが全部敵に見えている人などは少なからずいる。
    話を聞いていると
    「近くに住むホームレスに命を狙われている。毎日『殺してやる』と言われる。
    だからこっちから殺さないといけない」
    と不安定な表情で語るホームレスがいた。
    しかし周りの人に話を聞いたがそのような人はいなかった。
    彼の耳にだけ「殺してやる」という声が届くのだろうし
    殺意のこもった視線を感じるのだろう。

     

    彼が精神病院で診断を受けた場合『統合失調症』などの判断を受けるかもしれない。
    診断はしていなかったとしても『うつ病』『社会不安障害』『パニック障害』
    などの精神の病気が原因で仕事につけなかった人
    仕事を辞めざるをえなかった人もたくさんいるはずだ。
    被害妄想を持っているだけならいいが、妄想が行き過ぎて
    本当に暴力を奮ってしまうこともある。
    誰が悪いわけではないが、被害者は出る。
    ならば被害をなくすために、彼らを全員、半強制的に施設にいれるべきなのだろうか?
    それはもちろん人権の侵害に当たるだろう。

     

    精神的な障害を持つホームレスに対して
    どのように対したらいいのかはとてもセンシティブで難しい問題である。
    次回はこの点を考えていきたいと思う。

  • 「しょうがい」をどう捉えるか? 医学モデルと社会モデル、そして相模原障害者施設殺傷事件

    「しょうがい」をどう捉えるか? 医学モデルと社会モデル、そして相模原障害者施設殺傷事件

    「しょうがいしゃ」という言葉を見聞きしたことがないというひとはおそらくいないと思う。
    だけどそもそも「しょうがいしゃ」とは、「しょうがい」とはなんなのかと問われると、その答えや立ち位置は一定じゃない。なぜならこれは、「価値観」(世界観)の問題でもあるからだ。

     

    とはいえ今の日本でいちばん一般的な表記は「障害(者)」だと思う。
    そしてこの「害」という表記には、「ダメージ」というような意味があるというのは納得してもらえると思う。
    つまりここで言う障害者とは、「(先天的あるいは後天的に)ダメージを受けたひと」という価値観を反映している。
    だからこれは、「病人」のイメージに近しい。
    ただ障害者は単なる「病人」に比べて、基本的に「治りづらい、あるいは治らないダメージ」を抱えているひととして想定されている。
    そしておそらくこういうふうに説明すると、ほとんどの日本人には共感してもらえるんじゃないかと思う。
    そしてその捉えかたが、無意識にでも「障害者」という表記にも反映されているというわけだ。

     

    でもこれは別に日本人に限った話じゃなく、世界的に共通してると言ってもいいと思う。つまりこれがそれだけ「伝統的な捉えかた・観点」だってことなんだけど、これもほんとは「あるひとつの観点」でしかない。そしてこれには今、「医学モデル」(医療モデル・個人モデル)という名前もついている。これはすごくざっくり言っちゃうと、「しょうがいを『本人のダメージ・苦痛』として捉えて、それを医療的・個人的課題として克服しようとする」というような見かた・モデルだと言ってもいいと思う。

     

    じゃあこの医学モデルが唯一の見かた・モデルじゃないって言うなら、他にはなにがあるのかっていうと、それが「社会モデル」と呼ばれるものだ。これはさっきの医学モデルが「しょうがい=個人的なダメージ=医療的課題」として捉えるのに対して、「しょうがい=個人と社会の間の葛藤・摩擦・不調和=社会的課題」として捉えるところに特色があると言えると思う。つまり今まで伝統的で唯一だと思われてきた見かた・価値観を「医学モデル」として相対化して、「社会モデル」という新しいモデルが提唱されてきたっていうのは、結局「しょうがいは個人的な問題なのか、社会的な問題なのか?」という問いが提示されてきたってことでもある。
    もちろん、個人的な問題は社会的な問題でもあるし、社会的な問題は個人的な問題でもあるんだから、これは完全に独立した二者択一ってわけじゃない。でもやっぱりこの問いは大きな意味を持っていて、それにひとりひとりが、そしてみんながどんな答えを出すかっていうのは、すべてに大きな影響を及ぼすことは間違いないと思う。それにここまでを踏まえたうえで、「今の日本は、医学モデル・個人モデルの影響力のほうがずっと大きい」ということもできると思う。
    ただ、ここまでの話はすごく大切なことではあるんだけど、ある意味「基礎知識」であって、「準備運動」みたいなものに過ぎない。僕がほんとにしたい話は、ここからなんだ。

     

    2016年7月26日未明、神奈川県相模原市で、「戦後最大級の大量殺人事件」が起きた。現場となったのは「知的障碍者福祉施設」として運営されていた津久井やまゆり園で、そこにいた入所者19人が刺殺され、他にも施設職員さんも含め多くのひとが重軽傷を受けた事件だ。
    この事件の細かいあらましは、僕がここで繰り返す必要もないだろう。ただやっぱり改めて注目する必要があるのは、これが「単なる凶行・暴走・前後不覚の狂気」によって起こされた事件じゃなく、「明確な目的意識と思想を帯びた行動」だったという点だと思う。

    じゃあ、その背景にあった「思想」とはなんだったんだろう?それは植松聖被告本人が語った、

    障害者なんていなくなればいい
    障害者は不幸を作ることしかできません

    という思想だ。そしてその「問題解決」のため、彼はこの行動に出たというわけだ。

    ここで、さっきまでの話を思い出してほしい。彼のこの行動はある意味、「医学モデル・個人モデルの歪みが最悪のかたちで顕れた結果」とは言えないだろうか?もし彼が「しょうがいの周りには不幸の種がいっぱいある」と言うだけに留めてたなら、僕もそこまでは同意できる。言わずと知れたベストセラー『五体不満足』のなかには、

    障害は不便だが不幸ではない

    という言葉があって、ヘレン・ケラーも似たような言葉を遺したと言われている。これはある部分まではそのとおりだとも思う。でもそれでも僕としては「多少の不便がすぐに不幸につながるとは言えないとしても、『たくさんの不便が降り積もっていって、しかもその解決の見通しが立たないまま、孤立感だけが深まっていく』なんてことになったら、それは確かに不幸だ」とは言っておきたいと思う。だからその意味で、しょうがいの周りには不幸の種がいっぱいある。それは事実だと思う。だから僕はそこまでなら、彼に共感できる。 でも彼は、その解決の手段として、しょうがいを「個人的な問題」に帰着させ、「障害者を殺すことで障害をなくせる」と思い込み、それを実行した。そこに、彼と僕の明らかな断絶がある。そして僕は、彼はやっぱり間違っていると思う。

     

    ただもうひとつ大切なことは、彼は「現場を知らないやじうま」ではないってことだ。それどころか彼は、かつて津久井やまゆり園の職員だった。彼はしょうがいの問題を考えたことのないひとではなかったし、机上の空論を捏ねくり回して暴発したわけでもないと思う。ただ彼は最終的に、「医学モデル・個人モデルを、これ以上なく歪んだかたちで採り入れて実践した」ってことなんだと、僕は思う。そしてそれは、僕からすると、「安直な答えに逃げた」んだと思う。

     

    彼は本当に、世界をよくしようとしたのかもしれない。でもだったらなおのこと、それを「個人の問題」とだけ見るのは、逃げだ。もっと言えば、怠けだ。それはこの事件が起きたとき、あるいは「優生学」に絡む議論のときに、必ず引き合いに出されるナチス政権が、「ユダヤ人を撲滅すれば世界はよくなる」と思い込んだことによく似ていると思う。そしてそれは本当は、思い込みでも誤解でもない。「逃げ」なんだ。「怠け」なんだ。僕はそう思う。

     

    もし本当に世界をよくしたいんだとしたら、その大変さを直視しないといけない。世界がこんなふうなのは、特定の誰かのせいなのか?特定の集団・国のせいなのか?ユダヤ人、障害者、あるいは総理大臣、大統領のせいなのか? そんなわけないじゃないか。もしそんなことが原因なら、もっと簡単に、もうとっくの昔に、世界は変わっている。だけどそういう医学モデル・個人モデルに逃げたほうが、ある意味ずっとラクだ。単純だ。わかりやすいんだ。だからそれが間違ってると薄々気づいていても、それに逃げる。それを怠けだって言ってるんだ。

    でも逃げたくなるのもわかる。怠けたくなるのもわかる。だって、こういうことを社会モデルで捉えるってことは、「それが本当に大きな問題だってことを、直視する」ってことだからだ。それは、大変なことだ。疲れるし、無力感も覚えるし、どうしようもない気もしてくる。だけど本当に変えたいなら、世界をよくしたいなら、それしかないんだと思う。だから僕は植松さんにも、もっと本気を出してほしかったと思う。そんなふうに逃げないで、歪めないで、もっと考え抜いてほしかったと思う。そうしたら、僕だってなにか協力できたかもしれないのに。

     

    今僕は、彼のことを「さん」付けで呼んだ。これには相当な葛藤や迷いもあった。ここまでは考えた末「被告」付けで呼んでたけど、本当は呼び棄てるべきなのかもしれないとも思った。あるいはもっと「狂人」として、「異様な怪物」として扱うべきだと思うひともいるとは思う。でも「相手と通じ合えることを諦め、相手を『モノ』のように、『異様な存在』のように扱い、それを排除する」っていうことを選んだら、それこそが「彼の思想を追認してる」ことになるんじゃないのか?そしてそんなことをしたら、またいずれ必ず、似たような事件が起きるんじゃないのか?というかもうそれは、そこらじゅうで起きてることなんじゃないのか?
    だから僕は、この事件を本当の意味で拒絶し、彼の思想が拡がることを断固として拒否するためにも、彼を人間として見ることを選ぶ。そして彼には本当の意味で、罪を償ってほしいと思う。ずっと、考え続けてほしいと思う。

     

    そして僕自身は、「しょうがい」を基本的に「障碍」と書くことを選んでいる。この「碍」の字は「礙」の略字で、「石の前で(道を塞がれて)困っている様子」を表している。つまり障碍は、「個人と社会(環境)の間に存在する石・壁」なんだ。そしてこれが、社会モデルの発想なんだ。僕は、それを選んでいる。

    そしてこれは、今までの伝統的な医学モデル・個人モデルに対して
    「これは誰かの問題なのか、みんなの問題なのか?」
    という問題を浮き上がらせてくる。もっと言えば、
    「あなたもこの問題の当事者だと思いますか?」
    というのがこの問いの核心にあるんだと思う。だからもういちど、改めて訊いてみたい。
    「これは誰かの問題でしょうか、それともみんなの問題でしょうか?あなたもこの問題の当事者だと思いますか?」
    僕はもちろん、これを僕の問題として、僕たちの問題として受け止めている。だって、ここは僕たちの世界なんだから。僕が脳性麻痺だから、当事者なんじゃない。誰でも、みんなが、「障碍当事者」なんだ。

  • 精神医療、ここまでぶっちゃけていいの?①~組織のど真ん中にいるか辺縁にいるかの発達障害者~

    精神医療、ここまでぶっちゃけていいの?①~組織のど真ん中にいるか辺縁にいるかの発達障害者~

    【1回目 組織のど真ん中にいるか辺縁にいるかの発達障害者】

     

    田口 私が感じていたのは、発達障害の親御さんの多くにも、多かれ少なかれ同様の特性があることお医者さんも知っているけど、親御さんの方は把握していないことも多いし、医師も言わないことが多いなということでした。

     

    樋端 自分はもともと精神科全般から思春期、児童精神の領域へ降りてきたので、親も子も含めてフォローすることが多いのですが、小児科医の先生は、やはり医療モデルで、親にきちんとすることを期待するドクターが多いように思います。そのあたりのギャップが実際どうなのかということを見える化するために、長野県の小児科医、精神科医、医療ユーザーに、アンケートを取るというような調査研究をやっています。

     

    田口 都内某所の大学病院の元小児科部長の先生と有名国立病院の児童精神の先生が「親御さんには言わない。怖くて言えない」とおっしゃっていましたが、先生は伝えるんですか?

     

    樋端 自分も関わっている発達障害のグループ「親子の発達障害あるあるラボ」は、親も特性があるのが前提です。遺伝子上も親子なら設計図が半分同じなんだから、そりゃそうでしょうよというところからスタートしてます。

     

    田口 そういう視点に立っていらっしゃる先生は少ないですよね。私は「親も自身の特性の理解のための検査を!」と書こうと思っているくらいです。

     

    樋端 ただ親子であっても二人の親の特性のミックスでもありますし、相性が悪いこともある。たとえば思いついたまま心のままに動きたいADHDと、できるだけ見通しをたてて不安を減らしたいASDの特性でも、みごとにかちあいます。

     

    田口 なるほど。

     

    樋端 だから親も自分自身のタイプを理解していないと、それこそ子育ても上手く行かないし、お互いにしんどい思いをして、二次障害につながると思っています。講演会などを依頼されて親対象に話すときも、学校の先生方対象に話すときも、まず「自分のタイプは?」というあたりは必ず話しますね。

     

    田口 有名国立病院の医師は話してくれませんでした。都内某所の大学病院に至っては「お母さんがまともだから、お子さんが発達障害と告げたけど、ストーカーになられると困るから、話が通じ居ない親御さんの子は、耳の問題として耳鼻科に回す」とおっしゃっていてびっくりしたんです。

     

    樋端 一般向けの講演会などや、ゆるいグループで話を聞いたり、したり、他の人の言動を見るなかで自分のタイプにも気づいてもらえればいいんですよ。だいたい自分のことより他の人の事のほうがよく見えるものですから。

     

    田口 私自身は検査をしています。やはりグレーゾーンで凹凸があります。ただ社会生活に何の支障もないので、診断が下っていないというだけです。

     

    樋端 特性があっても周囲の人と距離感を選び良好な関係をもち、自分にあった生き方ができていれば問題ないですね。そのためには、それぞれの人の、情報や感覚などのインプットと、表出や行動などのアウトプット、興味の対象などのモチベーションに合わせた環境を整え、自分に合った場や生き方を主体的に選んでいけるようにしていければいいのだと思います。

     

    田口 そう思います。環境整備が一番大切だなと思っています。

     

    樋端 少数派の体験は理解されづらいですが、入出力をさまざまな自助具などもつかって整えて対話ができればコミュニケーションもできます。
    おめめどう」はご存知ですか?

     

    田口 分かりません。
    今調べました。こんなところがあるんですね!

     

    樋端 おめめどうの社長さん、フォローしてみてください。
    いろいろ発信されています。
    https://www.facebook.com/ayako.okudaira

     

    田口 はい、ありがとうございます、します。

     

    樋端 社長のハルヤンネさんも、自閉症の息子さんを育てられた親御さんで、発明家で起業家です。こだわりの人ですが…。関東ではまだまだ知られていないようです。書籍も参考になりますよ。

     

    田口 そうなんですか。けど、私もこだわりが強いからこそ、ライターなんかしています。

     

    樋端 文筆業はユニークな視点や、こだわりを存分に活かして自分のペースでできますものね。

     

    田口 翻訳もそうですよ。翻訳会社の社長の仕事は、翻訳者のメンタルコントロールと言われるくらい、翻訳者にも多いと思いますよ(笑)

     

    樋端 翻訳業もASDに向いていると思います。というか、そうでないとできない仕事かも。

     

    田口 なので、私の周りの同業者は、ほとんどが発達障害者だと思います(笑)みんなこだわりが強くて、過集中ですね。私はコミュニケーションに難がないタイプですが、コミュニケーションに難がある作家さんのフォローに回ったりしてました。

     

    樋端 同じタイプの人に出会って話したい、工夫をシェアし合いたいとはじめた「あるラボ」は、他人には期待せず、やりたい人がやる「この指とまれ」方式でやっています。

     

    田口 私もそういうの大好きです

     

    樋端 だいたい非営利のボランティアサークルですから無理してまではやらない。会則はこれだけ。
    ・やりたい人がやる。やりたくない人はやらない。
    ・やりたい人はやりたくない人を強制しない。
    ・やりたくない人はやりたい人の足を引っ張らない。
    そして、気負わずだれもやりたい人がいなくなればいつ休止になってもいい。


    田口
     いいですね。楽しくやらないとプロジェクトって成り立ちませんよね。

     

    樋端 基本、自分のためにしかやらないこと。そしてあふれた分をおすそ分けですね。おこるさまざまなトラブルも楽しむ。それが発達障害的生き方としていいのかなあと思います。

     

    田口 私の周りは発達障害っぽい福祉関係者ばっかりですよ。ADHDの介護施設所長さんとか、みんなまとまりはないです(笑)

     

    樋端 発達障害者はだいたい協調性がないから組織のど真ん中にいるか、辺縁にいるかどっちか。組織にいる人は趣味などで自分の世界をしっかりもって、ですね。

     

    田口 確かにど真ん中にいますよね~。冠地情さんなんかETVに出ていたので、「王道ですね!」って言ったら「王道の辺境にいます(笑)」っておっしゃってましたけど、そこが心地よさそうなポジションって思いました。

     

    樋端 王道の辺境!最先端です。そこから世界が広がる・・。

  • 発達障害の彼女の世界観 ~1回ごとにリセットされてしまう人間関係~

    発達障害の彼女の世界観 ~1回ごとにリセットされてしまう人間関係~

    【インテリ家庭に産まれた天真爛漫なADHD女性】
    今回、紹介する前澤さん(40)は、関東某県に住む主婦だ。彼女は未診断ながら、強い発達障害(ADHD)だという自覚がある。ADHDとは発達障害の中の一つで、主に①課題から気がそれることが多く、我慢したり集中し続けたりすることが困難(不注意)②不適切な場面で過剰に動き回る(多動性)③事前に見通しを立てることなく即座に行動する(衝動性)が特性である。
    彼女は父が学者、祖父は政治家という裕福なインテリ家庭に育ち、大学卒業後、小学校の教諭となる。話しているうちに落ち着きがなく、話がとめどなく長い様子から、彼女のADHDの傾向を感じたが、本人はいたって天真爛漫で悩みがなさそうな雰囲気の女性だ。

     

    最初は深刻な内容の取材になると身構え、足取りも重かった。最重度自閉症の次男を含む4人の男児の母であり、本人はADHDという彼女の人生は、さぞかし困難なものではないかと想像したからだ。そんな重苦しい気持ちを抱えて、彼女の住む、関東某県のマンションの高層階にある一室へと向かった。インターフォンを鳴らすと室内から子どもたちの明るい声が聞こえてきた。ドアが勢いよく開かれ、丸い眼鏡をかけたかわいらしい顔立ちの女性が「いらっしゃいませ!」と元気よく迎えてくれた。4人の男の子が代わる代わる顔を覗き込みにきて、作りかけのマインクラフトの作品を見せてくれた。休日なので子どもたちも在宅しているという。
    室内はどちらかと言えば散らかっていて、それを隠す様子もない。雑然とはしているものの、彼女の趣味だというギターやマンドリンなどの楽器類、小さい頃から大の読書家だという彼女の愛読書が広がる光景は、知的好奇心が刺激される物であふれている。前澤家はとても明るい。
    本人も天真爛漫で悩みがなさそうな雰囲気の女性だ。その朗らかな笑顔と仲の良さそうな子供たちの様子で緊張は一瞬で和らいだ。
    リビングのテーブルに腰をかけ、子供たちが好奇心いっぱいの顔で代わる代わる覗き込む中で取材が始まった。

     

    【発達障害と性的違和】
    まずは彼女の過去の話を伺った。
    「幼少期は自分のことを『僕』と言っていました。一緒に遊ぶのも男の子ばかり。小学校4年生の時に、いとこのお姉ちゃんに『おかしいよ』と指摘されるまで、一人称が『僕』であることをおかしいとも思いませんでした。以前、性同一性障害の方に『あなたはLGBTのホモだ』と言われたことがあります。自分の中身は男性だと今でも思っています。性対象は男性なので、今の夫と結婚しました」
    発達障害と性的違和の関連性は海外ではデータとして出ており、発達障害のある人は性的違和感を定型発達の人と比べて持ちやすい傾向がある。彼女もその一人だ。

     

    【挫折を知った教員時代】
    「小学校の教諭になった一年目は円形脱毛症になりました。周囲に適応できないことで悩んだのではなく、大学まで勉強で苦労したことのなかった私が、就職した途端、仕事が全くできないことがショックでした。自分に幻滅してしまったんです」
    彼女は未診断の発達障害者だが、大学までは優秀な成績を納めていた。就職後にマルチタスクの環境にさらされた途端、仕事でつまずいた。学生時代は成績優秀でも、社会に出たとたん、仕事ができずに、発達障害との診断が下るケースはよく耳にする。彼女も社会人1年目にしてつまずいた。
    「発達障害かどうかの診断は受けていません。どうせ診断が下ると分かっているのに、わざわざ診察を受けるのも面倒くさいので」
    彼女は興味があることに関しては、人の何倍も活動的だが、興味がないことに関しては、全く興味がないのだ。飽きてしまうのだという。

     

    【ミスを補うために2時間睡眠の日々】
    「ADHDの傾向が強い私は、新しいものは大好きなんです。なので、生徒に課題のプリントを作ってやらせることは大好きでした」
    だけど、その後に採点するのは、同じ作業の繰り返しなので、半分もいかないうちに飽きてしまう。なので、学期末に通知表を渡す際、通知表と一緒に10枚くらいの採点し損なっていたプリントを一緒に返却することもざらだった。
    「親からクレームが入ることもありましたが、熱心な先生だと思ってくれる親御さんもいたので、そこは問題にはなりませんでした。だけど、致命的に事務作業が苦手だったんです。例えば、出席簿がつけられない。丸をつける行が一行ずれてしまってやり直しになる」

     

    在職期間の4年間はミスの多さを補うために、2時間睡眠で働いていたという。そんな話をするときも彼女に悲壮感は一切ない。とにかく明るい女性なのだ。私はその明るさの源を知りたくなった。彼女は4年働いたおりに結婚退職することになった。2時間睡眠の生活も限界で、退職することで事務作業から解放されるのであれば、教職に未練はなかった。念願の長男が生まれ、翌年には次男が生まれた。次男は目が合わず、言葉も遅かったため、病院を受診したところ、最重度自閉症と診断された。彼女は息子の症状が少しでもよくなるように、小学校入学するまでは母としてできる限りのことをしようと決めた。自宅から1時間以上かかる療育教室に通わせた時期もある。
    「次男は、生活していても全く目が合いませんでした。ただ部屋をウロウロと歩き回る様子を見て夫と『まるで魚みたいだね』と話していたこともありました」

     

    だけど、次男の様子が変わることはなかった。支援学校入学が決まったと同時に、彼女の中で区切りがつき、初めて次男の障害を受け入れられたという。教諭として不向きな事務作業で疲弊し、育児に追われ続けていた彼女は、子の小学校入学を機に、自分のために生きると決めていた。
    「私は人に対しても、物に対しても執着が薄いので、受け入れられたのかもしれません」
    彼女がギター好きということもあり、飄々とした雰囲気は、まるでムーミン谷のスナフキンのような雰囲気を持っている。執着の薄さから感じるイメージなのかもしれない。

     

    【思ったことが口から出てしまう思考のダダ漏れ】
    発達障害の人には、一見してはわからないが、多くの人とは違う“感覚のズレ”がある。もちろん誰しも一人ひとり“感覚のズレ”はあるが、発達障害の人はそのズレが大きい。その“感覚のズレ”が原因で誤解をされ、トラブルを引き起こすことも多い。彼女にはどのような“ズレ”があるのか聞いてみた。

     

    「あくまでも私の場合は」と聡明な彼女は前置きをして、自身が40年間感じてきた周囲の人との“感覚のズレ”を語ってくれた。発達障害の人のイメージの一つとして、謝らない、言い訳が多いというものがある。
    「ADHDの傾向が強い私の頭の中は、いつも高速回転しているんです。ごめんと言う前に、高速で、そこに至った経緯、今後の改善策などを3日分くらいは考えて、タイムループをしているような感覚ですね。何かミスをしたときに、すぐに謝らなくてはいけないことは、定型発達寄りの長男を見て学んでいます。何て自然に謝れるんだろうと感心します」
    いわゆる定型発達と言われる側の人間は、どうやったら人と円滑にコミュニケーションが取れるかを幼少期に教わるでもなく、自然と身に着けていく。だけど、彼女は長男から学ばなければ分からないという。彼女が言うには、高速回転で色々考えているうちに、謝るタイミングを逃すけれど、例えば遅刻してしまったのなら、頭の中では3日経っていると感じるほど高速で、色々考えているので、謝る前に疲れ切ってしまうという。

     

    「なので、責められると、こんなに謝っているのに(実際は謝っていないけれど、頭の中では何千回も謝っている)もう許してくれてもいいじゃないかという気分になってしまいます。私は口には出しませんが、言い訳が多いと感じるのは、発達障害者は相手に対し語りかけているのではなく、ただ自分の思考が口からダダ洩れているだけだと思いますよ。私は口に出さずに頭の中で思考し続けているだけで、口に出してしまう気持ちもよく分かります」
    知人のADHD男性も、何かミスをしたときに、反省していることはその様子から伝わる。しかし、ごめんと謝ってくれたことは、筆者が本当に怒った一回きりだ。彼も頭の中では高速回転で、善後策やそこに至った経緯などを考えているうちに謝ることを忘れてしまうのだろうか。そう考えると憎めない。

     

    「あと、身近にいる発達障害の人が些細な嘘をついてしまい、人間関係がこじれて会社を首になってしまったことがあるのですが、私は彼の気持ちが分かるんです。『このミスをしたのは君だよね?』と聞かれて、咄嗟に『自分ではないです』と答えて、結果的に嘘をついてしまったんです。でも、彼は恐らく自分がミスしたことは分かっていて、瞬時に『自分ではない』と自分の『こうであったらいいな』という『希望』を答えてしまっただけだと思います。『希望』という思考が口からダダ洩れてしまった」
    話を盛るタイプ、その都度、言っていることが変わるタイプの人は、サービス精神プラス「こういう理由だったらかっこいいな」「こうだったら面白いな」と思いついたことを瞬時に口に出してしまうだけ。思考が口からダダ漏れしてしまってるだけだと彼女は推測する。この感覚を彼女から言語化されて、初めて理解ができた。知人男性も話を盛るタイプなのだが、そこに人を騙そうという悪意や傷つけようという意地の悪さは感じないのだ。「思考のダダ漏れ」「サービス精神」なのだと思うと納得がいく。

     

    「だって、その嘘をついたことで得するどころか損をするじゃないですか。信用を失うのだから。発達障害者のつく嘘って人をだまそうとしてるのではなく、単に頭の中で考えていることを口に出してしまっているだけだと思う」と彼女は笑った。確かにそうなのだ。一般的に人が嘘をつくときは、自分の不利な状況を有利にしたいときではないだろうか。発達障害者の人の嘘は、自分にとって一つも得にならない上に、すぐにバレてしまうよう短絡的な内容だということがままある。

     

    【1回1回が初対面】
    元々、人に対する執着が薄い彼女には、友人と言える人はいない。だけど、彼女は全く孤独に見えない。人は人とコミュニケーションを取って生きていきたいのではないか。人間関係は人生を豊かにするものではないのか。
    「私は会社の上司などは、序列がはっきりしているし、『この立場の人にはここまでしか言ってはいけない』というのが分かりやすいので付き合いやすいです。それでも言っていいこと悪いことを理解できるまでに4年かかっています。最近、やっと、人は何を言ったら怒るのか、どんな対応をしたら怒らないのかが分かってきたところです」
    会社の人間関係とは違い、友人関係には「目に見えない序列(カースト)」があり、メリットでつながっている関係ではない。抽象的な概念を理解するのが苦手という特性を持つ発達障害者にとって、友人関係というものは分かりにくいものなのだろう。

     

    「中学校の友人だったら中学校を卒業したら関係は終わりです。継続して続いている友達はいません。友達というものがよく分からない」
    その場の衝動で刹那的に生きている彼女は、人の名前や顔もすぐに忘れてしまう。
    「相手との思い出が蓄積していくわけでもありません。頭の中は常に高速回転で他のことを考えています。相手の名前や顔を、完全に忘れてしまうのではなく、思い出すのに1日くらい時間が必要なだけなのですが」
    それくらい頭の中の情報が整理されていない。相手の名前をゴチャゴチャな頭の中から検索しているような感覚に近い。クルクル変わる彼女の表情からは、目まぐるしく思考を頭で巡らせている様子がうかがえる。
    「なので、関係は一回一回が初対面のような感じです。そのうちに思い出すのも面倒くさくなってしまう。40歳になった今でも友達というものがよく分かりません」
    人というのは、その相手を誰だと認識して、その特定の相手とのエピソードや思い出の蓄積により愛着も情も沸くものではないか。彼女が言う通り、名前も顔も思い出すのに1日がかりであれば、面倒くさくもなるし、深い関係を築くことは難しいだろう。それでも彼女が孤独を感じないのは「人に対して執着が薄いから」だという。発達障害の中でも、ASDの傾向が強い人には、そもそも人とコミュニケーションを取ることに関心が薄く、他人に興味がないというタイプの人がいる。彼女はADHDとASDの併存型である「ハイブリット」といわれるタイプの発達障害なのだろう。
    彼女は言う。「田口さんの顔も明日になったら忘れると思います。再会したら、こんな顔していたっけと思い出すのに1日がかりです。その日が初対面のようなものですよね」

     

    【ファーブル昆虫記のような視点で人を見ています】
    そんな彼女だが、決して人に全く興味がないわけではない。だけど、興味の持ち方が、エモーショナルなものではないのだ。
    「人に対する興味は『ファーブル昆虫記』のような感覚に近いです。昆虫好きな人は、昆虫が好きなのに標本にしたりしますよね。私も人に対して、そんな感じです。『この人は私のことが好きなんだな』『この人は音楽が得意なんだな』と虫ピンで留めて、分類して楽しんでいるような興味です。そこに愛情があるかと言ったら違う気がします」
    夫に対しても「この人と一緒にいると楽だ」という気持ちはあっても、それが愛情なのかというとよく分からないという。
    「なぜ私が人間関係で傷つかないかと言えば、昆虫が自分の方に飛んできても、驚きはしても、傷つかないでしょう?それと一緒で、私にとって人は観察対象なので、何を言われても傷つかないんです」
    彼女の強さというか明るさの源はこういったところからくるのだろう。
    取材しているうちに寂しい気持ちになった。なぜなら、彼女に対して、友人と話しているような錯覚に陥っていたからだ。だけど、彼女にとってみれば、筆者も昆虫の標本と大差ない存在なのだ。
    「40年生きているので、相手がどういう反応をすれば喜ぶかは分かるし、(定型発達者に)擬態することはできるんですよ」
    無邪気な笑顔で彼女はそう答えた。

     

    これが彼女の世界観なのである。昔観た「50回目のファースト・キス」という映画を思い出した。この映画はラブ・コメディなのだが、交通事故に遭った女性が事故前日までの記憶が全て一晩でリセットされてしまうという短期記憶喪失障害になってしまう。彼女を愛する彼は毎日、初対面の場面からやり直し、毎日「ファースト・キス」をするという内容。
    そんな愛の形があるように、世界観も様々だ。

     

    【友達になるのは申請制】
    彼女のあっけらかんとした明るい笑顔を見ていると、それでもいいじゃないか。そんな友人がいてもいいじゃないかと思えてきた。「友人というものはよく分からないので、申請された場合のみ友人として認定する」というルールを持っている彼女に、友達申請をしてきた。彼女からは、認定カードを受け取った。そんな友人関係も面白いではないか。筆者の中の発達障害者へのイメージは彼女のお陰で、コミカルなものに変わった。そして、「自分の世界観に合わせろ」と迫る”自分は健常者と思っている人たち”や社会側の傲慢さも同時に感じた。彼ら彼女らは全く違う世界観に生きているだけなのだ。

     

    この記事の内容はもちろん発達障害者全般に当てはめられる内容ではないけれど、同じ発達障害といってもひとくくりにはできず、多様性があるのだ。それは”自分は健常者と思っている人たち”にも多様性があるのと同様に。
    「友達認定カード」を名刺入れに入れ、前澤家を後にした。子供の頃に友達と交換した「プロフィール帳」を手にした時のような、懐かしく暖かい気持ちになった。またいつか初対面の友人として、彼女に会いたい。
    ※内容は事実関係に基づいていますが、個人特定を避けるため、人名・地名・関係者名などは個人情報漏洩を避けるため一部事実と異なります。

  • 孤独な10分間 ~重度・最重度発達障害者支援の最前線~

    孤独な10分間 ~重度・最重度発達障害者支援の最前線~

    息子が「発達障害の疑い」と診断が下った直後、社会福祉法人の元女性介助者Aさんに「何てかわいい自閉症児なの!」と言われ、憤慨したことがあった。

     

    「何て失礼なことを言うのだろう」と代表者にクレームを入れたほど、当時の筆者にとり、息子の診断はショックなものだった。だが、その後2年、彼女と筆者の関係は変わっていき、筆者にとり、息子の障害について心置きなく話せる人の1人となっていった。

     

    その「かわいい自閉症児」という発言がどんな気持ちから発せられたか知ったのは、知り合って3年後のことだった。

     

    Aさんは10年間、重度・最重度発達障害者の介助をしてきたから行動障害のない、グレーゾーンにいる息子の自閉傾向が「かわいいものだ」と感じたので、そう言ったのだった。

     

    「強度行動障害を伴った発達障害者の介助は命がけ。行動障害からパニックを起こせば、老人とは違い、力があるので首の骨を折られ、後遺症が残った人もいた。だけど、それでも私はまた現場に戻ろうか悩んでいる」

     

    小柄で色白で47歳のAさんの容姿からは、そんな過酷な現場で10年も働いてきたことは想像ができない。

     

    発達障害者が適切な支援や医療に結びつかなかった結果、強度行動障害につながることがある。強度行動障害とは
    ○ 自分の体を叩いたり、食べられないものを口に入れる、危険につながる飛び出しなど、本人の健康を損ねる行動
    ○ 他人を叩いたり、物を壊す、大泣きが何時間も続くなど周囲の人のくらしに影響を及ぼす行動
    ○ 上記の2つの行動が著しく高い頻度で起こるため、特別に配慮された支援が必要になっている状態と定義されている

    (厚生労働省ホームページより)

     

    Aさんの同僚女性のヘルパーは、小柄だったこともあり、パニックを起こしている男性発達障害者に、男性の頭の位置まで抱き上げられ、そのまま床に叩きつけられた。その結果、女性は頸椎損傷の重症を追い、後遺症が残り肢体不自由となった。しかし、そのことが報道されることは一切ない。そこまでの事故はまれだが、介助中に頭突きされ流血する、引っかかれ、噛みつかれ血だらけ・傷だらけになるのは、日常的な出来事だと言う。

  • 奥平綾子(㈱おめめどう 代表)④ ~障害とは克服するものではなく、上手に付き合うもの~

    重度から軽度まで、子供から大人まで対応する

    自閉症・発達障害支援グッズ販売

    ㈱おめめどう

    奥平綾子代表取締役(通称 ハルヤンネ)

     

     

    飯野 樋端先生から「ハルさんがご自身の特性をどう思っているのか聞いて欲しい」と質問のリクエストがあったのですが、どう思われていますか?

     

    奥平 自分の特性について。旦那さんから『精神病の正体』という本を「君のことが書いてあるから読んでみたら」と渡されました。面白かったです。

     

     

    私は、タイプ的にはADHDですね。身体もよく動く方ですが、多動といえばそうやろうけど、脳みそのほうが多動です。アイデアはドドっとでます。それを思いついたら実現したくなります。

     

    田口 意外です。奥平さんはAS寄りかなと思っていました。

     

    奥平 すぐに思いつく。思いついたら動きたくなる。やってしまったら、関心がなくなる。私が歩いた後は、散々な散らかしようらしく、スタッフからも怒られます。ASではありません。それから、人に拒否を勧めているのに、自分では「嫌が言えない」で「ええよ女」で右往左往しますね。で、気持ちの折り合いをつけるたり、慰めるための「お酒」を飲みます(汗)。趣味は料理と食べ歩きです(でも、ここでも「コスパ」が価値基準・笑)。それから、人よりはおそらく「正義感」が強いです。曲がった事が嫌いです。理不尽とか、もうだめ。「まあ、ええやんか」というのがねえ、なかなかできないので。

     

    田口 昨日、ハルさんが「食育嫌い」と書いていらっしゃって、私は涙が出ました。発達障害の特性を理解してくれない支援者はいて、私も息子が診断を受けてから、かなり傷ついてきました。そのほとんどが支援者からの言葉でした。同じようなお母さんは多いと思うのですが、「いえいく。会」はそんなお母さんのために設立したのですか?

     

    奥平 樋端先生が訪ねてくださった、「いえいく。会」さんは東海にある一つの親の会です。「おめめどう」の話を聞きたいと呼んでくださっている全国にある親の会の一つで、私が作ったわけではありません。私は篠山に「@くろまめ」(前TAS★P)というのを、一つ持っています。それも、スタッフが主になって、私は講師でいくだけです。1999年にTASという丹波で自閉症の研究会を始めます。地域の人や学校の先生に聞いてもらいたかったからです。当時の丹波の田舎では、誰も自閉症のことは知らないし。私はTEACCHの勉強を神戸や大阪に行って受講し、すぐに「これは親が学ばないとうまく育たない障害だ」と分かりましたのでその研修会の託児をすることにしました。当時は支援費もデイもありませんから、子供を預けるところがないんですよね。お母さんが聞きに来れない。それから、夫婦で聞いて欲しいと思いました。それで、1999年から2003年まで25回講師の方をお呼びし講演会を主催するんですけど、その時には、ずっと託児をしました。一番多いときが、戸部けいこ先生の講演会で自閉症児45人、兄弟児15名の60名でした。ボランティアは100人きてもらい圧巻でしたよ。

     

    ボランティアは、丹波には大学がないので、中高生を使いました。でも、その60名の自閉症や兄弟児を看ることができたのはスケジュールと構造化、視覚的支援という方法があったからです。その時に、今のオブザーバーのsyunさんやフェローのkingstoneさんなどに手伝ってもらいました。日本で初めて、視覚的支援をした、大規模な託児だったので日本中から見学者がやってきましたよ。子供1,000人みたところで(延べ数)、自閉症のだいたいが分かったことと「自閉症児は生まれ続ける」わけだから「個人ですることじゃないな」という疑問も生まれ、その頃から、支援費やデイとかいうものもチラホラでてきましたのでやめることにしました。一定の役割は終えたと思いました。

     

    私は親としては、ダダさんとの暮らしをずっとネットで(1997年に、ロムをしていたニフティサーブのFEDHANという掲示板への書き込みからスタート)書き続けていました。『レイルマン』から今回の『今日からできる支援のコツ♪』で15冊目です。親の気持ちももちろん分かるし、子供は可愛いしします。自閉症の世界は面白いし。書くのは嫌いではないので。「食育」についても、エピソードがたくさんあります。まあ、食べないのでね。試行錯誤はするけど、本人の気持ちを尊重して強制は一切してきませんでした。

    そもそも、あんまり母性的なところもないし女子力も少ないので、あんな感じの文章が多いですよね。それに、共感する人もいるだろうし、「いやいや」と言われる方もいるだろうし。好き嫌いはあると思います。棲み分けてですって。個人的に小さい頃からジェンダー的な発想をしています。だから、男尊女卑の日本的な文化はとても苦手です。ずっとしんどかったですね。支援者に関して言えば、支援者という職業に就くのであれば、障害とか自閉症とかの勉強はする前に一通りして欲しいと思います。もちろん、しながら分かって行けばいいのだけど。分からないのにしたらあきませんよ。仕事いうのはそういうものです。それで、「お金をもらう」のですから。商売だと、売れるものじゃないと売れませんって。でも、「福祉は、売れるものじゃないと」というのがないので、オヨヨとは思います。何してても、お金をもらえるなんて、ええ仕事やなと思います。ダダさんが高等部をやめる時(2年の中頃です)担任の先生が「力不足で」と言われました。「なんだかなあ」と思いましたよ。「担任になったんやったら、力ださな!」ってね。せっかくの自分の職業なのに、もったいないやん(笑)

     

    田口 おめめどうファンクラブ」の中でコミュメモ」や「おはなしメモ」の内容を投稿しているお母さんたちは、ものすごく生き生きしていますよね。私自身は息子が軽度なので、口頭のコミュニケーションができますが、会話ができなかったら育児がつらいと思いますし、本人もつらいですよね。そういった意思疎通ができないことが、強度行動障害につながるのでしょうか?

     

    奥平 えっと、「軽度だから、口頭のコミュニケーションができます」というのは認識的には甘いです。高機能でも、口で言うことが本当かどうかはわかりません。聞いていることが全部分かっているとも限らない。

     

    田口 なるほど。

     

    奥平 おめめどう」グッズもサービスも、最初は知的障害のある自閉症のために作りました。でも、今は半数以上、高機能(自閉症)の方がお使いになっています。つまり、情報のモードは違うけれども、支援としては全く同じなんです。だから、おしゃべりができるからと、口頭でのやりとりだけをしていることでずれていくことも多いんですよね。まあ、やってみることです。筆談をすると、本当の意味で分かりあえるからお子さん、生き生きとしていかれますよ。理解にしても表出にしても、分かる形でコミュニケーションができないと辛いですよ。手立てをされてこない、知的障害ある自閉症の方は「コミュニケーションの何たるか」もご存じない方もいらっしゃいます。自分がしやすく相手に伝わる形での表出がないと、欲しいものも、嫌なことも直接行動(他害や自傷といった行動障害の場合もある)で何とかしようとされますよ。行動障害の多くは、そういうコミュニケーション不全です。また、同一保持という特性もおありで、したくないのに「そうするもの」になって困り果てていることも。「えらぶ」ができると違うですけどね。「おめめどう」では、「みとおし・えらぶ・おはなし」と呼ぶ支援をお伝えしています。カレンダーとスケジュールに代表される時間軸支援。これを「みとおし」と呼んで、構築されると「心」が支えられます。次に「自分のことは自分で選ぶ・決める」こと。「えらぶ」ことで、モチベーションの高い暮らしができます。

     

    あてがわれただけの暮らしでは主人公になれませんよ。そして、選んだものの結果を見ることで、責任も生まれます。「えらぶ」は、責任を支えるわけです。そして、「音声言語以外の見える形のコミュニケーション」。主に筆談と描写を周囲がするようにし、本人の表出にも書く・貼る・打つなどで、える形にしていきます。これを「おはなし」と呼び、そのことで「伝えあおう・わかりあおう」ができると「関係性を支える」んですよね。この三つが全て揃うと、ある程度快適に暮らせるようになります。その三つに、得意なことをたくさんしている(杖の役割)と年齢と性別の尊重をされている(人権)が加わります。五つ揃って「おめめどうの支援」です。どなたであれ、早く始めはったらいいと思いますね。大人になられていても、スタートする。おめめどう」的には、自閉症・発達障害の支援は分かっていることの方が多いんですよ。少しずつ取り入れて続けると楽になっていきます。だから、あとは信じてするかどうかなんですよね。

     

    田口 私の息子もあと何年かすると思春期に差し掛かります。子が障害を持ている場合って母子分離が難しいですよね?特にうちの場合は男の子だし、難しいなと思います。かわいくて仕方ないんです(笑)そんな私に何かアドバイスを頂けませんか?

     

    奥平 障害児と健常児の違いは、「親を育てる力」と習いました。健常児は親を育てる力がある。たとえば、思春期になると、「うざい」とか、「あっち言って」とかちゃんと表出してくれますよね。子供の方からも離れてくれます。そうして「ああ、もう離れないと」と、親自身も気がついていく。子供の年齢とともに、親としても年齢が上がっていくんです。でも、障害児は、自分から離れることが少ない。離してもらえないし、離れるということも分からない。でも、思春期になると、健常児と同じように、親が鬱陶しくなり精神的な分離をしていきたいと思うのですがそれが、うまく表出できなくて、苛立ちや暴れるなどの行動障害として現れることになる。親は「大人になってもこのままだと困った」と逆にもっとひっついて見張ろうとする、悪循環です。また、一生懸命に育ててきますから、知的障害があればなおさら年齢相応に見ることができず、親の方が離れたがらないということもあります。先回りして準備したり、後始末をしたり。それで、ギクシャクしてしまうのです。

     

    私は、思春期になると母子分離をしていくことは必須だと思っています。親の方から、意識的に離れる。「コミュニケーション障害だから、親が代弁を」としたり、親が気持ちを引き出さなきゃとかしたりして歪な関係にならないようにしなくてはいけません。『しくじり思春記』を読んでもらえると嬉しいですね。失敗したことが書いてあるから。私たちは「不自然なことをしても不自然な結果しか残らない」と習ってきました。障害があるだけで、どれほど不自然な子育てになるか、これは、身をもって経験してきましたので、そうならないように繰り返して話しています。それが、「奥平さんは、怖い」と言われるところかもしれません。私は怖がられるヒール(悪役)でいいと思っています。障害児の子育ての世界には、一生懸命に育てて「ヒロイン」的なお母さん、理解を示して「ヒーロー」的なお父さんは多いですよ。でも、そうじゃなくて「やめたほうがいいよ」をいう「ヒール」役がいていいと思うんです。私の話はすべて、本に書いていますし、ブログやSNSに載っています。全部書いているので。知りたい方は順番に読んでください。

     

    田口 最後に、全国の支援者・親御さんなどに伝えたいことはありますか?

     

    奥平 次男が知的障害のある自閉症と診断されてから、全く知らない世界でしたが、一生懸命学んで、実践し、発信してきました。一番伝えたいのは「障害とは克服するものではなく、上手に付き合うもの」ということです。どうしても「治したい」「定型発達に近づかせたい」と思ってしまうでしょうが治るものでもなく、定型発達に近づけるものでもなく、苦手なところは支援機器・グッズで補いながら得意なところを伸ばし、本人が持つ特性と周囲も本人も上手に付き合っていくことこそが、居心地の良い暮らしの源です。それから、私は、いつも「どう生きたいか?」という問いかけをします。何でもいいんです。子供とべったりとしていても、離れようとしてもそれが、自分たちの生き方だから。でも、そのことによって起こることは自分の責任として受け止めることさえできれば…の話です。

    例えば、成人してもべったりの関係でいたりする。そのことの結果を「あの人がこうしたから」とか言い訳をしないでいましょうねと。どうしても人のせいにすると一瞬は楽にはなるけど解決はしていかないし、納得もできないから。障害のある子供・家族と「自分たちはどう生きたいか(暮らしたいか)」を問いかけていかれるといい。すると見えてくるように思います。それから、親と子は、違う人格ですから、親が「これがいいはず」と「良かれと思って」をしないこと。それには、子供がどう考えているのかを知る必要があります。伝え、尋ねましょうよ。そのために、「おめめどう」グッズはあります。でも、自己責任と言いながらも、社会の仕組みによって自分が思うように生きられないのは、おかしいと思っています。今巷で聞く、「貧困も自己責任」とかいうのとは、違うんです。

     

    私がずっと考えていることは、「選民思想はいただけない」ということ。例えば、都会に住んでいるから、お金があるから偉い先生と知り合いだから、資格があるからといった条件によって、支援が得られたり得られなかったりすることがないようにと願っています。どこに住み、どんな状態の、誰であれ、必要な時に、求めれば、動けば得られるようにする。障害支援、社会福祉ってそういうものだと思っているので。しかもローコストで(これからは経済状態が悪くなる可能性が高いので)。だから「おめめどう」のグッズは安価であり、簡単であり、楽であり。つまり、コスパ(費用対効果)がよいんです。必要であれば、ご活用いただけたらと思います。いつからでも。

     

    田口 今日はありがとうございました。ぜひ、イベントにも登壇していただいて東京でも「おめめどう」メソッドを広めて頂きたいです。よろしくお願いします。

     

    ※内容は取材当時(2019年9月)

  • 奥平綾子(㈱おめめどう 代表)③ ~暮らしの支援を「数する」(毎日する)ことで楽に過ごせる~

    奥平綾子(㈱おめめどう 代表)③ ~暮らしの支援を「数する」(毎日する)ことで楽に過ごせる~

    重度から軽度まで、子供から大人まで対応する

    自閉症・発達障害支援グッズ販売

    ㈱おめめどう

    奥平綾子代表取締役(通称 ハルヤンネ)

     

     

    田口 奥平さんもABATEACCHなど、様々な療育などをやった時期があったと聞いたのですが、そこにご自身が納得いく方法がなかったから「おめめどう」を立ち上げたのですか?

     

    奥平 はい。ABAは幼稚園の頃、教育大学のゼミで受けました。言葉や方法が難しかったのと、当時のABAには視覚的支援は全くなくて大人が「これがあったらいいよね」というようなものを訓練していく(褒めて伸ばす)というものでした。そこに「本人がこうしたい」はなかったんです。なので、すごく違和感があって、自閉症という障害は治らないのだからこのままできないところ探しをしても、ダメだなと就学を機にやめてしまいます。その後、環境調整のためにTEACCHを取り入れていくのですが、選択活動が、当時は「飲み物」とか「出かけ先」といった枠のあるものしかなく、そうじゃなくて「暮らし全体を選んでいく」ことがいると気づいたこと(人権です)と当時のTEACCHには、こちらから示すスケジュールやルール説明、物理的構造化などの「理解のコミュニケーション」の手立てしかなかったのでAAC(拡大代替コミュニケーション)」での「表出のコミュニケーション」がいると思い離れていくいことにしました。それは、正解だったと思います。いくら偉い先生が話すから、海外から来た進んだものだからといって、自分の感じる違和感には正直になる方がいい。すると、後でどうなっていっても、自分で責任が取れるから。

     

    田口 いくら偉い先生が何を言おうと、その先生が自分の子の生涯に責任を持ってくれるわけではないですからね。

     

    奥平 はい。結局は親元に戻ります。そして、親から離れます。そういった、人生のビジョンを持つことがいるかなと思います。セラピールームやお教室だけで生きているのではないので。

     

    田口 株式会社形式にした途端、公的機関からの講演の声がかからなくなったと聞きましたが私はそれを聞いて、福祉業界ってダメだなぁと思いました。この取材は㈱アニスピホールディングスわおんという障害者向けのグループホームの業態)のイベントの宣伝を兼ねてスタートしたものですが、やはり社長の藤田さんを営利だからと嫌う方は少なからずいます。社会福祉法人とかNPOの方は良く言わない方もいます。いいものを作るのには利益を出して、投資することも必要なのに福祉業界は営利を嫌いますね。そういった現状は、ハルさんが会社を立ち上げた頃と変わりましたか?

     

    奥平 15年前は、会社法人は少なかったですね。ちょうど2003年発達障害支援センターが各県にできる話がありました。私は兵庫県の支援センターの支援員になる話があったのですが、結局無くなってしまいました。私は1999年から人前で視覚的支援や子育てのことなど話し始めたのですどこへ行って話しても、視覚的支援を始めてくれる人は少なかったのです。話しに行ってもちっともしてくれない。「あれは、奥平さんだから、ダダくんだから」「絵が下手だし」「文字読めないし」としゃんしゃん総会のようなものが多くて疲れてきていました。2003年は、その不毛さと発達障害支援センターの話がなくなったことなど、燃え尽き症候群になりかけました。父が肺がんで入院をしていたこともあって、介護の手伝いをしながら引き込もっていると、父が「ビジネスにして、対価をくださった人に奉仕したらいい。ボランティアでしてるから、愚痴が出るのや。仕事として対価が発生すると、こちらも真剣になるよ。お互いに真剣だからいいものになる」と言ってくれたんです。私が会社法人を選び、NPO法人にしなかったのは、複数の理事の意見をまとめて何かしたいわけではなく自分の考えを形にしたかったからです。ちょうど、その頃「一円起業」といって有限を1円で起業できる「会社法」があったのです。ベンチャーを応援するものでした。それを使って、それまで有限なら300万円いったものが1円でできたのです。もちろん、初期投資(事務所を借りる、パソコンやコピー機を備える法的な書類を作るなど)で、数百万円いりましたが。

     

    そして、起業をしました。何とかごそごそやってきて6年後、お金を借りたくて法務局に行くと「オタク解散してはりますよ」と言われました。あの会社法は5年で終わるものだったのです。起業した95%が無くなって(廃業)していたそうで。「よく、残ってたね」とびっくりされました。それで、どうするかということになり合資か株式かと言われて、株式会社にしました。会社法人にした当初は「光とともに」の本のあとがきを書いた付き合いで、一冊目の『レイルマン』の表紙を戸部けいこ先生に描いてもらっていたことや光とともに」のドラマのスペシャルに出たりしたので「売名」とか言われていたみたいです。快く思われていない声には、耳を塞いでました。

     

    「自分たちはボランティアでしてきたのに福祉で金儲けをするなんて」とも言われました。「自分たちは、親が集まって施設を作っている。しかも、重度の人から入れているのに、あなたは個人のお金儲けをして」みたいな。でもねえ、私は「見てるところが違う」とずっと思っていました。施設を作って、自分たちの仲間数人を楽にするというようなものではなくもっと、広く社会的な現象として、自閉症の子供たちや当事者さんそして、ご家族が楽になるようなことをしたいと意識していました。そうなるはずだとも。もちろん最初はぼんやりとしたものでしたが、グッズを開発し販売をしていくうちに、どんどんビジョンが見えてきました。正解だったと思います。どの活動が一番ではなく自分にとって「似合う帽子をかぶる」ことで、社会貢献をしたらいいんですよ。商売というのは、利益を上げて、それを循環させることで、成り立ちます。決して、自分だけが儲かるという結果にはならないんですよ。儲かった分を還元していくんです。そのシステムが私には居心地良かったです。それの経済の仕組みをご存じない方が悪く言われるんですよね。当時「批判はすべて嫉妬である」と佐々木正美先生から教わりました。おそらTEACCHプログラムを、日本に紹介したときにそれまでの既存の療育家からは猛烈な反発があったことは想像できます。私は、佐々木先生のその言葉を支えにしてきました。

     

    「羨ましいから、批判するのだな」と。確かに、講師依頼は減りました。販売も含めての講演をお願いすると、販売可能な会場がないという理由でダメになることが多いですね。ビジネスにして、お金をもらうようになってからは、もちろん経営で悩みはいつもありますが、気持ちの上でも「してあげたのに」みたいなこちらの卑しい気持ちもなくなり、とても楽になりました。ハルネットなどで対応していると、おめめどうユーザーさんの水準は高いと思っています。対価を払う分、真剣です。私もその気持ちに応えようと思います。なので、改善率も、他の方法に比べて、はるかにいいと思っています。個人的な付き合いではないので、求められたときに真摯にお応えする、この関係はお互いの気を楽にします。

     

    15年経って、今は、放課後等デイや就労支援事業所などに会社法人が名前を連ねています。私の時のように、批判されない時代になって、羨ましいですね。ただ、支援機器の分野には、会社法人は少ないのです。というのも、障害児者対象のグッズというのは、市場が大きくありません。これを「分母が小さい」と言います。なので、作ってもそれほど数でないんですよね。なので、なかなか商売にならないんです。そのため参入する人がとても少ないです。すると競争原理が働きませんから、いいものが生まれにくい。おめめどう」が会社法人として成り立ってきたのは、「小売」と「情報サービス」「講師業」と三つの柱があるからです。講演・セミナーでお話する、すると、グッズが売れますよね、その使い方や考え方を、相談業務やメルマガなどネットの情報サービスで後押しをする。そういうシステムができあがっているために、なんとか収益があるので継続していけました。小売だけでは、途中で投げ出していたかもしれませんね。15年前に始めて、他に同じような会社・ライバルが出てくるかなと思いましたがでてきませんでした。もちろん、別のスタイルで商いをされている方はいらっしゃいますがうちのような「三本の柱が立つ」のは、今もオンリーワン企業です。私の考えは、樋端さんが書かれていた松下幸之助さんの「水道哲学」です。いいものを安くたくさん売る。そうしたら、広く行きわたりますよね。すると、社会がかわっていきます。

     

    私のテーマは「数」ですね。「数する」。メルマガも14年続けて、連続5,000本以上を書き更新中です。数書くと、見えるものがあるんです。例えば、1,000文字のコラムは、数えなくても毎朝1,000文字にまとまりますしネタも考えなくてもキーボードに指を置けば浮かんできます。ハルネットという相談業務も、15年させていただき、万単位で答えると相談者の「お子さんがこの年齢で、この事柄が起こるとこんな状態で、何が欠けていて」と分かっていきます。順列組み合わせなんです。ダダさんの支援も数していますから、なにがフィットするかが分かってきます。それをシステムにしていけば、日々の労力は減ります。すると、私が自分のことも楽しめる(仕事も続けられる)のです。私は特別な障害学の教育も受けてないし何の資格もありません。そんな凡人でも、数することで、ある程度やれるようになれるんです。つまり「継続だけが連れて行ってくれる場所がある」と私は知っています。なので、普通のお母さんが、自閉症の子供を抱えた時どうしていいか困ってしまうけれども、暮らしの支援を「数する」(毎日する)ことで楽に過ごせるようになることが分かる。子供に、何も特別な療育・訓練などをしなくてもです。その数するのに、フォーマットがいる。安くて、使いやすいものがいるんです。それが「おめめどう」グッズ。

     

    おめめどう」では「手立てを習慣化する」と話します。習慣化をするには、歯磨きのように、時間・場所・道具を決めることです。そうして、毎日すると、しないことが気持ち悪くなりますよ。そうなるまでを手助けするための後押し。それが、メルマガハルネット やブログです。ブログは2005年から、FBは2010年から毎日何十の書き込みをしています。この業界で、個人でこれほど書き続けている・発信の多い人間は私以外にはいないには知らないですね。また、道具が決まっていると、自分じゃなくても他の人でもできるんです。ダダさんの学童期には、コミュニケーションアイテムとして当時、携帯やパソコンというものもできていました。でも、機械ものは、本人ができても、支援側の人や環境を選ぶんですよね。誰でもができない。パニックで、機械を壊すこともありましたしすると商売人の感覚として、「もったいない」。その方向はやめて、紙媒体(アナログ)に向かいます。そして、フォーマットのあるメモ帳にすることで、継続もできるし。また、他の場所や人でも容易に支援を繋げることができるようになりました。人を選ばない。これは、魅力であり、強さでもあります。そして、ライフラインが途絶えた時の非常時にも使えるんです。電気がいらないから。コスパ(費用対効果)が抜群です。これらは、何年もかけて、自分で経験してきた結果「得ている信念」です。だから、誰に何を言われようとも、「したことないやろ」ですよ。ええ、そこまでした人がいないんだもの。

     

    奥平綾子(㈱おめめどう 代表)④ ~障害とは克服するものではなく、上手に付き合うもの~
    に続く

  • 奥平綾子(㈱おめめどう 代表)② ~ユーザーさんの暮らしは楽になっています~

    奥平綾子(㈱おめめどう 代表)② ~ユーザーさんの暮らしは楽になっています~

    重度から軽度まで、子供から大人まで対応する

    自閉症・発達障害支援グッズ販売

    ㈱おめめどう 奥平綾子代表取締役(通称 ハルヤンネ)

     

     

    奥平 こんなものが「ある」いうことを知らせなきゃいけないと思いませんか?

    自閉症や知的障害の関連の団体は「それをしないのは、何故かしら」って思っています。でも、15年経ってようやく、口コミで広がってきました。「おめめどう」は母親が作った商品から?営利の会社法人だから?丹波篠山の田舎にあるから?理由はいくらでも言えますが、私は単に「めんどくさい」のと「自分たちの利権(立場いうか)を守りたい」だけだと思っています。「現状維持の法則」が働いているんです。

     

    田口 思いますよ。だって、選択肢がなきゃ本人が選択できないですよ。本人にその存在すら知らさないのは、人権侵害だし、当事者無視ですよね。

     

    奥平 なんでですかねえ。「自分らの子、かつての生徒」にはしてこなかったいうのもあるでしょうね。今、私が「あら〜」と残念に思っているのは、若い支援側のみなさんがそういう「頭の固い方」に習って、グッズとかを使うのを知らないってことです。会社・商品として15年前からあるのに。この5年、10年で支援者になった人であれば、知っていてもいいはずでしょう。ネットも普及して、情報は縦からではなく、横に広がる時代ですよ。リサーチすればすぐ分かる。「上の言うことを聞く」だけの仕事をしているのかもしれませんね。教員なんかもそうですね。ベテランがいなくなったら、風通しが良くなるのかと思ったら、ベテランに習った頭の固い中堅ばかりになったとか。これじゃあ、変わらんやん(涙)。

     

    田口 親御さん自身が特に子に知的障害があると写真をバンバン公開しちゃってたり、子供のあれこれに干渉しすぎたり、人権意識がないように見えるときがあります。

     

    奥平 私も息子の学齢期には出してました。だから、ブログのアクセスが、1万くらいありましたね。出さなくなったら、3,000くらいになりました。最初は「こんな暮らししてるのよ〜」って、誰かの役に立ちたい気持ちあるし成長を喜びたい気持ちもあるしするんでしょうが、長くなると単に親の「名誉欲」かなと思います。「やめると決めないと、やめられない」のです。相手が成人になるとやめた方がいいですよ(ユーザーさんにはそう話しています。たいてい思春期にはおやめになりますね)。そのことは、うちのオブザーバーのsyunさんにずっとうるさく言われてきました。「子供のことを書くのをやめな、いつまでも子離れができひんで」と。「おめめどう」を始めた頃は、ユーザーが少なくて、どうしても、息子との生活を切り売りしてる感じありました。「こんな風に使えるのよ」って買って欲しかったし。

    10年あたりから、私が出さなくてもユーザーさんがいっぱいSNSで発信をしてくれるようになりました。助かりました(笑)Facebookを始めた9年前くらいから、全く息子の顔は出していませんね。手タレくらい(笑)

     

    田口 奥平さんはよく「やらない理由はいくらでもある」と書いていらっしゃいますが、本当ですね。先日の樋端先生の取材の中で、「おめめどう」の話が出てきましたよね?それについて、支援者を名乗る方が「道具に頼るのはいかがなものか。使う人が使い方を分からなければ意味がない」と批判コメントをよこしたのですがそもそも使い方を理解する気がない支援者が、道具を頼らずに一定レベルの支援を提供できると思えない(笑)「支援者がいなきゃダメだ!」「支援者が絶対だ!」という驕りと自己満足で支援しているんじゃないの?という感想を持ちました。高いものじゃないし、何で一回試さないの?と思いますよね?(笑)

     

    奥平 「道具に頼るな」派の人は、教員さんにはよくおられます。社会に出たら、こんなの使ってもらえないとね。「じゃあ、己も、カレンダーや手帳使うな!スマホ使うな!」って思いますよね。バカバカしくて話になりません。社会に出たら、学校以上に視覚的な支援もあるし道具を使って楽になるならどんどん取り入れていきます。だって、その人の暮らしだし、仕事に従事するのであれば雇用主からすると、道具を使うことで効率アップするならそのほうがいいわけです。自分が使いたくない(めんどくさい)となれば使える人に託したほうがいい。自分は使いたくないからといって、それを人の人生に押し付けてはいけませんよ。障害児者には、必要なんだから。眼鏡や補聴器、杖や車椅子を、道具に頼るなっていいますかね?おめめどう」のグッズは、最高3,000円代のもの。なぜ、3,000円かというと、主婦(お母さん)が誰にも相談せずに出せる金額だから。グッズもワンコイン以内。

    理由は、障害者の年金でも買えるように。そういう成り立ちも知らないで「道具に頼るのはいかがかと思う」とかよく言うよって思います。人件費の方が何倍、何十倍するっていうのに「あほ」かいな。そういうのは「無知な人」と相手にしないんです。勉強する気がないのでしょうし、勝手に言わせておけばいいと思います。どちらを信用して、障害児者が居心地良くなるかは、もう結果としてでているので。

     

    田口 ホントに「アホやな」と思いました(笑) 眼鏡ならだれも何も言わないのに。

     

    奥平 そんなん、20年前からいっぱいいはります。今時同じようなセリフを聞くと、「誰に何を習ったねん」って思いますね。「合理的配慮いうの知らんの?」と。今は、そういう意見には、対応しないですね。

     

    田口 あー、でも、意外に知らないのかも。息子は公立の保育園に行っていたのですが、イヤーマフをつけさせたいってだけでかなり揉めました。

     

    奥平 まあ、そういうアイテムを「見たことがない」ところだと、どこでも揉めてます(知らないことへの嫌悪感、恐怖感ですね)。相手が「自分の差別心」を乗り越えるのは親御さんや本人さんの情熱ちゃうかなと思います。知識も実践も入ります。自分で理解してないと、説明はできませんから。頑張ってください。誰の何を守るかです。

     

    田口 「自分の子の当たり前の権利を守るため」に戦い続けないとならないんですかね。いい加減、分かってと思います。毎回同じようなこと言われて。

     

    奥平 そ、やね。制度や支援技術が進んでも、進まないのが人間です。人だけが変わらない。

     

    田口 ダダさんは今、おいくつなのでしょうか?

     

    奥平 27歳です

     

    田口 今は奥平さんが悩むことってあるんだろうかと思うほどパワフルに見えるのですが、奥平さんはお子さんの障害の受容って簡単にできましたか?

     

    奥平 そうやねえ、『レイルマン』いう本をレンタルしてるから読んでみてください(笑)障害受容は、意外に早かったいうのは、確かでしょう。自閉症を勉強し始めると、おもしろい子供やなとは思いました。もちろん、暮らしには困っていたけど。自分の育ちとして、商売人の家だったこと、美術館もあったのでいろんな芸術家が出入りしていたことなんかも影響しています。

    「色んな人がいる(変わった人がいる)」と、小さい頃から見知っているわけです。今から思えば「発達障害を持ってはった」みたいな人いらっしゃいましたよ。それから、小中の学齢期に人権教育をきちんと受けたことは大きいと思います。当時兵庫県は熱心でしたから。在日や同和問題にしても、歴史からちゃんと教えてもらっていたので。その時は難しいし、しんどいと思っていたけど、やっぱりベースにあるんです。障害児者問題も、根っこは同じだとすぐに分かりました。私はインクルーシブ教育を望んでいますがそれも「隠すのではなく、学びながら、ともに暮らす」ほうが分かり合えると思っているからです。

     

    田口 奥平さんは上智大学文学部哲学科卒でいらっしゃいますが、ダダさんが産まれてから、福祉の道に進んだのですか?

     

    奥平 ですよ。まったく、縁がなかった。障害にも子供の教育やら保育、子育てにも関心なし。普通に一般ピープル。

    結婚して2人目産んで、3歳近くなるまで全く障害とも思ったことがなかったです。面白い子やなとは思いました。育てにくいし。寝ないし食べないし。記号だけ分かるし。そんなのに障害名がつくとは思っていなかったのです。

     

    田口 一般ピープル(笑)なんだか奥平さんが怖くなくなってきました(笑) すごく意外です。子供の教育に人一倍関心も熱意もあった方だと思ってました。

     

    奥平 骨董とか芸術、民芸とか、そういうものに興味がありました(家庭事情的に)。あと、大学を卒業後、小さな出版社と新聞社とマスコミにいたので復職を願っていました。文字に関わる仕事がしたいなと強く思っていました。

     

    田口 復職できないとなったのは、ダダさんのことでですか?それとも「おめめどう」を立ち上げたかったからですか?

     

    奥平 ダダさんの障害が分かったからです。預けて、復職は難しいなと分かりました。田舎に住んでいましたし。職業婦人に戻りたかったので、それが一番ショックだったですね。どうしようかなと思いました。でも、仕方がないですよね。だから諦めて「目の前のこと(自閉症)」を一生懸命取り組みました。「何もない時は、目の前のことをする」それしかないですよ。起業は苦肉の策ですよね。勤め人ができないわけだから(当時はデイもないし)。だから、起業して心から嬉しかったです。それから、本を今までに15冊書きましたから文字に関わる仕事に戻る夢は、結果的に叶ったことになります。

     

    田口 ものすごくよく分かります。私もバリバリ会社で働いてきたので、目の前が真っ暗になりました。なので、在宅自営の道が開けて、本当に嬉しかったです。子供のために自分を犠牲にしたって思って生きたくなかったので。そんな重荷を子供に背負わせたくなかった。

     

    奥平 商売人の娘でしたから、商売が好きですし会社法人にして良かったと思いましたよ。扶養を外れることも目標でした。自分にとってはですが、気持ちの上で楽になるので(経済的には大変ですけど)。

     

    田口 今、社員さんは何名くらいいらっしゃるんですか?

     

    奥平 5名ですね

     

    田口 扶養を外れるどころか女性起業家ですよね。

     

    奥平 そうですかね〜。単価が安いものなので、売れても忙しくなるだけで全然儲からないんですよね。食べていくのに必死です。それでも、皆さんに役立つものを販売できている喜びはしんどさに変えられませんね。年いってきたので、体力がなくなってはきています。

     

    田口 そうですよ。これからも全国的に広まっていくでしょうし。女性起業家として目標にしています。まだまだお若いじゃないですか。

     

    奥平 おめめどうが繁栄する=自閉症の人たちの暮らしが楽になる」という信念でやってきました。おめめどう」に寄せられるお便りや「おめめどうファンクラブ」を見てもユーザーさんの暮らしは楽になっていることが分かります。また、それに伴い、「おめめどう」は右上がりの収益をあげているので描いた夢は、15年にして、実現したと感じます。最初の10年が大変でしたが。

     

    奥平綾子(㈱おめめどう 代表)③ ~暮らしの支援を「数する」(毎日する)ことで楽に過ごせる~

    に続く