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  • 精神科医 樋端佑樹④ ~ 発達障害者への視覚的支援の重要さ~

    精神科医 樋端佑樹④ ~ 発達障害者への視覚的支援の重要さ~

    精神科医 樋端 祐樹(といばな ゆうき)先生

    ロングインタビュー

     

    田口 私は上村さんの取材で思ったけれど

    あれだけ排除された歴史を持つ人のリカバリーが簡単にいくわけがないですね。

    そこに至る長い歴史があるんですよね。

     

    樋端 そういう経験をすると、目の前に現れた人が

    「みんな」の代表(トラウマの対象の代理)になってしまい

    今まで自分が受けてきた理不尽な体験すべてを

    目の前の人にぶつけることになる。

    突然、ぶつけられた人は、理不尽に感じて

    付き合いきれないと離れていってしまうからね。お互いに苦しいですよね。

     

    田口 樋端先生ご自身は自己肯定感をどうアップしたんですか?

     

    樋端 幸いあまり自己肯定感は毀損されてなかったかな。

    好奇心、知識欲は旺盛だったから、試験でのミスは多かったけ

    試験勉強はそれなりに出来ていたし。

    先生もいいところを見てくれる人が多かったし、はぐれ仲間の友人もいた。

    忘れ物なんかも多かったけど

    隣のクラスの数少ない友人と体操着の貸し借りとかもできていたし。

    あとは高校時代くらいから、親からとっとと離れられたのも良かったかな。

     

    田口 先生の親御さんはあまり理解がなかった?

     

    樋端 まあ、両親ともに医者で忙しかったから

    適度に放っとかれたのが良かったかなと思う。

    思えば双方とも自営の家系で、祖父母とか親戚にも趣味人が多いし。

    「好きに生きればええやん」という価値観は共有されていたかな。

    医者にならなくてもきっと同じようなことやっていたと思うよ。

     

    田口 私は学生の頃、爆音で音楽を流しながらでないと勉強ができなかったのですが。

    一定数そういう人がいると読んだのですが、それはなぜですか?

     

    樋端 それは感覚が鈍いから刺激をたくさん入れて

    覚醒を上げているのかもしれませんね。

     

    田口 だから、爆音でも平気なの?

    むしろ集中できたりするの?

     

    樋端 ぴょんぴょん跳ねたりぶらぶら揺すってたりする自閉症の方もいるでしょ。

    過敏すぎて情報として入らなくなると鈍感になる。

    鈍感と思っていても表面が逸れると敏感な面が顔を出したりする。

    むしろ音の変化、特に突発的な大きな音が苦手という人はいますね。

     

    田口 突発的な音は大嫌いです。

    映画も新作を観に行かないのはそれでです。

    いきなり音が大きくなるのがすごく嫌。

    私はグレーゾーンなのですが

    先生と話していたら「私、割と生きづらいのかな」と思ってきました(笑)

    よく普通に生活してるなと。

     

    樋端 感覚に関してはしっかり注目して

    手当していけば楽になる人は多いよ。

    言語でのアプローチだけではなく

    マニュアルセラピーや感覚統合法など活用などの

    身体アプローチは洗練されるべきやねと思う。

     

    自閉スペクトラム症の人は

    様々な感覚器(五感+固有受容覚、内部感覚)で刺激が入りやすいところと

    入りにくいところがアンバランスに混在しているから。

     

    映画も感覚に配慮したセンサリーフレンドリー上映とかもありますし

    ショッピングセンターでのクワイエットアワーみたいなものも

    広まってくるんじゃないですかね。

     

    ノイズキャンセリングのイヤホンとか、ヘッドフォンで楽になる人もいる。

    メガネみたく補聴器を調整して使う時代になると思う。

    まだ研究段階だけど補聴器をカスタマイズしたのを使って

    すごく楽になって生活が広がった人います。

     

    田口 割と「道具に頼るな」派支援者って多いですが、どう思いますか?

    私は頼れる道具はどんどん頼れと思うのですが。

     

    樋端 私は人ではなく、まずはツールを自助具として活用しましょう派です。

    これはコミュメモなどのツールを開発して市販している

    「おめめどう」の社長の奥平綾子さんらも主張するところ。

    曰くASD に視覚的支援をしないのは

    脳性麻痺の子に車椅子は絶対使わせないみたいな感じと同じですよね。

    意味が分からない。

     

    田口 支援する人が見つからない確率とその道具がなくなる確率では

    どう考えても人頼りの方が、リスクが高いですよね?

     

    樋端 そうそう。

    特にツールを用いたコミュニケーション支援をして

    対話を成立させることが、最小の労力で最大の効果をあげられる介入だと思う。

    周囲だけで、なんでこんな行動をするのか、何に困っているのかと頭ひねっているより

    まず本人に聞けと思いますもの。

    丁寧にコミュニケーション支援すれば、本人が表出できることも多い。

     

    田口 道具否定派は、根性論で障害がどうにかなると思ってるんですかね?

     

    樋端 そういう人でも、多分メガネだとそういうこと言わないのにね。

    視覚的支援や、読字や書字障害に、タブレット端末を使わせるとかだと

    特別扱いはできませんと言われてしまう。

     

    田口 何度その例えを出して、関係者を説得したか。

    何でそんな簡単なことが分からないのかが分からないですね。

     

    樋端 分からないでしょうね。

    自分はあまり困らないから想像できない。

    でも、そういう人相手でも「コミュメモ」とかだと形があるから合理的配慮として求めやすい。

    音声言語でバーっと言われてもわからないので

    これ使って丁寧に説明して下さいという形の支援を求め

    本人にとって分かる環境を引き継いでいける。

     

    ※内容は取材当時(2019年9月)

  • 精神科医 樋端佑樹③ ~ 不登校になる子どもはみどころがあります~

    精神科医 樋端佑樹③ ~ 不登校になる子どもはみどころがあります~

    精神科医 樋端 祐樹(といばな ゆうき)先生

    ロングインタビュー

     

     

     

    田口 発達障害の人は割とそこから抜けられない人が多いよね。

     

    樋端 発達障害の人は社会の中で

    マイノリティー(少数派)の世界の捉え方や行動パターン。

    そして子どもの頃は自分が少数派であることを知らない。

    少数派であるだけで同調圧力の強い多数派の集団の中では

    自己否定的なメッセージを受けやすく、自己肯定感が傷つけられる。

    失敗を繰り返し自己肯定感も高められない。

     

    療育なんていうのも、あるでしょ。

    あれ、本人を矯正して「普通」にしようとするスパルタ療育ならば

    それは本人を否定するものになる。

    そんなのなら、やらないほうがマシ。

    「型にはまれ、浮き上がるな」という教育もそうですね。

    定型発達の人はよく耐えられるなあと思う。

    だから不登校になる子には見どころがあります。

     

    田口 今の療育制度をどう思いますか?

     

    樋端 本人が不安なく、苦痛なく、混乱なくすごせる環境を

    周囲の人にわかってもらい引き継いでいくことが主眼かなあ。

    児童発達支援とか大量にできてきていますよね。

    学校でも社会でもユニバーサルな支援や

    合理的配慮(当事者から申し出でできる配慮はする)が当然の文化になれ

    多くの発達障害の人はインクルーシブ(包括的)にやれると思う。

    療育を受けてきて、小学校で校長先生に「退学届」を出した子どもがいて

    やるなあと思った。

    引っかかっていたことは話し合って解決していったけどね。

     

    田口 今は「コミュ力」がないと、誰でも彼でも「あいつはアスペだ」とか

    レッテルを貼られてしまいがちですね。

     

    樋端 「コミュ力」ってなんですかねえ。

    発達障害の人は、見ているところ、表現の方法が違うだけで

    そもそもコミュニケーションは双方に責任があるはずなんですけどね。

    ちゃんと聴いていない、伝えていないことが多すぎます。

     

    田口 「空気を読む」っていうのも何なんでしょうね。

    「空気読めよ!」とよく言うけれど。

    いったい誰がその「空気」って決めるんだろう?

     

    樋端 「空気=コンテクスト(文脈)」をあらかじめ共有している部分が

    多いということでしょうね。

    極めて日本的なもの。

    世間(自分に関係のある人だけの集団の文化)に生きている人が多いから。

    自分の見えていない、色んな人がいる社会を想像できない。

    素直で字義通り取る自閉スペクトラム症の人は

    「普通は」とか「みんなは」とか「常識は」と言われ続けると

    そういうものがあると思っちゃって

    「自分VSみんな」の二極の世界に生きることになる。

    それは不幸なことですよね。

     

    田口 英語でも「空気を読め」に当たるフレーズはあるんです。

    「read between the lines」とか。

    けど、言っているのを聞いたことがない。

     

    樋端 多文化が混じり合う、逃げ場のある大陸では

    個人として自立しているからじゃないかなあ。

    欧米人やインド人、中国人・・。

    忖度とか受け手に期待せずに

    ガシガシ自己主張して発信しないと伝わらない。

    だから特にASDの人とのコミュニケーションでは

    主語をつけた(私を主語にした)個と個のコミュニケーションになるように意識していますね。

     

    田口 英語直訳風に話すと理解してくれたりしますね。

    英語は文法的に主語抜きでは文法的に成り立たないから。

     

    樋端 日本は島国で、ムラ社会で、江戸時代は移動の自由や職業選択の自由もなく

    ずっと変化がなかった。

    だからコンテクスト(文脈)を言わなくても

    共有されていたのが当たり前だったんですよね。

     

    田口 英語は公用語だから

    相手の文化的背景や国籍が違うのが当たり前。

    同じ「りんご」でも日本人がイメージする赤いりんごとは限らない。

    だから、「どういう意味?」「どういうニュアンスで言っているの?」

    と頻繁に聞き合いますね。

    バイリンガルの発達障害の方は

    英語でのコミュニケーションの方が楽だと言いますね。

    私もイングリッシュスピーカーですが

    英語でのコミュニケーションが楽だと思う時はある。

     

    樋端 日本社会はハイコンテクスト文化ですからね。

    この国の人は、「世間」から脱して、社会の中での対話型のコミュニケーションに

    慣れる必要がありますねえ。

    違いは違いでいいじゃん。

    なんでマウントとる必要があるの?と。

    どちらもノンネイティブで、文化の違う国の人同士での

    英語のコミュニケーションって気楽です。

    下手でもいいから。

     

    田口 欧米のように、小さい頃からディスカッションとか教えないですからね?

     

    樋端 ディスカッション(議論)とダイアローグ(対話)はまたちょっと違うかも。

    あるラボ」でも、どんな人でも排除やブロックはしない方針ですが

    その代わり、徹底的に対話する。

    誰かを責めたり悪者を作ったりはしない。

    解決志向です。

     

    田口 多人種国家で育った人って

    「違う」ってこと前提で生きていますね。

    日本人同士なら、考えが違ったら、喧嘩になったりするけど

    英語圏の人だと「楽しいディスカッションだったね!」で終わりますね。

    日本人は「同じ国で産まれて育ったんだし、自分を理解しろ」

    って言う甘えと傲慢があると思う。

     

    樋端 体験を言語化して共有するだけのダイアローグすら出来ていないのに、

    主張をぶつけあうディスカッションはなおさら難しかろうとおもう。

    日本は、みなまで言わないけど察して

    分かって欲しいという甘えの文化ですからねえ。

     

    ※内容は取材当時(2019年9月)

     

  • 精神科医 樋端佑樹② ~ 先にリカバリーした人が道を示すことの大切さ~

    精神科医 樋端佑樹② ~ 先にリカバリーした人が道を示すことの大切さ~

    精神科医 樋端 祐樹(といばな ゆうき)先生

    ロングインタビュー

    田口発達障害あるあるラボ(以下、あるラボ)」は

    みんなのために必要だったんですか?

    これを読んでいると先生自体にそういった「場」が必要だったように見えるけど。

     

    樋端 そうそう、もちろん基本自分のためにやっていますよ。

    セルフヘルプ(自助)グループですから。

    それに無理してまでやらない。

    「運営ちゃんとやれ〜」と言わわれても、ボランティアだし、

    知らんがなと。

     

    田口 人を助けたいとか救いたいって動機だけじゃ

    続きませんよね。

     

    樋端 そういう気負いがありすぎて

    対人援助の仕事やクライエントに依存したりすると

    変な感じになることもあります。

    モラハラやパワハラ、洗脳、共依存の元になる。

    対等に接して付き合い続ける中で

    一緒に成長しようというスタンスがいいかなと思います。

    精神科医の森川すいめいさんの言うように

    できることは助ける、出来ないことはつないだり、一緒に声を上げたり

    世の中に必要だけど無いものは作ったり・・。

     

    ※樋端先生のバイブル

     

    田口 異業種連携って考えをしているお医者さんって少ない気がする。

    私を占い師だからと支援者として差別しなかったお医者さんは

    「巻き込まれ」を心配してくれた精神科医のお医者さんと

    樋端先生くらいですよ(笑)

     

    樋端 基本、フォーマル、インフォーマルなリソースは分け隔てなく

    使えるものは何でも使うスタンスです。

    そこにこだわりはない。

    私の場合は、むしろインフォーマルなネットワークを駆使する診療が

    特色で強みでもありますね。

    ワンストップで受け、ネットワークに投げて寄ってたかって解決する士業みたいな感じ。

    医療や福祉の枠も超えて、支援者同士でお互いにやり取りする。

    そういうのが楽しい。

     

    田口 そう、お医者さんって敷居が高いから

    占い師のところに相談が来るんですよ。

    私はだんだん手に負えなくなってきて

    精神科のお医者さんや士業の人と

    ゆるやかな連携をするようになった。

     

    樋端 医師って今の社会制度の中では便利なんですよ。

    社会のコアな部分から少し引いた立ち位置にいて

    有限な医療福祉の資源をどう配分するかを決める権限を託されている。

     

    例えば過労で身動き取れなくなっている方を、診断書で社会的な責務からの免責を保証したり

    ドクターストップで仕事を休むことを命じたり

    その間、傷病手当金や、障害者手帳、障害年金、生活保護の

    働けませんという診断書などを書くことができる。

     

    田口 確かに(笑)

    私も医師を紹介してと頼まれることがありますが

    「この人の生活を保障するには、あの先生なら診断書を書いてくれるな」

    とかいう基準で考えますね(笑)

    あとは多剤投与しないこととか。

     

    樋端 医師は貧困や無知、差別、人権侵害などに対する権利擁護などにおいても

    闘いやすいポジションです。

    いやむしろ戦わなきゃいかんね。

    私淑しているのが、地域医療系の新旧レジェンドの

    若月俊一Drと故村上智彦Dr。

    精神科医ならイタリアのフランコ・バザリアとか

    浦河の自称「治さない医者」川村先生、京都の高木先生とかね。

     

    田口 だけど、そういう精神科のお医者さんって少ない。

    薬、病名、検査、そんなお医者さんばかりの気がします。

    それは儲かるから?

     

    樋端 いや、今は検査づけ薬づけ、入院でもあんまり儲からないよ。

    監査などが厳しいから。

    ディスエンパワメントして、不幸にする医療をしていても楽しいのかなと思う。

    そういう医師はただ無能なだけじゃ?

    ただ、無能であることに悪意を感じてはいけない(ハンロンの剃刀)。

     

    田口 Facebookグループの「大人の発達障害あるあるラボ」では

    「ASD成分強めだよね(笑)」

    「ADHD成分強めw」とか「あなたはハイブリット(ASDとADHDの混合型)だよね」とか

    気楽に言い合ってますよね。

    なぜ、世の中はそうならない?

    語り出してしまえば、発達障害ってそんなに重い問題ではないって思える。

     

    樋端 その辺りは、「浦河べてるの家」などの当事者文化を継承しているかなあ。

    「自分でつけよう自己病名」とか、SSTとか当事者研究とか。

    外から目線でつけられた診断って嫌でしょ。

    だいたい自分で使いこなせないし、主体的に生きられない。

    その他にも「三度の飯よりミーティング」、「それで順調」「苦労をとりもどす」とか

    べてるには名言がいっぱい。

     

    田口 外からつけられた診断名は確かに嫌。

    納得したい。

    自分が名乗りたい診断名を名乗りたい。

     

    樋端 あるラボ」のコンセプトは、傷の舐め合いではなく

    工夫や体験のシェア。

    努力や根性ではなく創意と工夫です。

    だから今を生きやすくする現実的解決方法を研究する

    「ラボ(研究室)」を名乗っている。

    グループのあり方自体も試行錯誤していますが・・。

    自分の問題を、お高い専門家に丸投げするのではなく

    身近に具体的な手立てと工夫をブリコラージュ(あり合わせのもので自作する)文化を育てましょうと。

     

    田口 取材した中では、山瀬健治さんなんかが

    同じスタンスで当事者会をやっていますね。

    あとは「おめめどう」のハルヤンネさんとかそうですよね。

     

    樋端 実は当事者主体の文化とか、専門職とのコプロダクションとか

    ヒエラルキーを排したオープンでフラットな場でのダイアローグ(対話)とか

    精神医療の文脈でも最先端のエッセンスを取り入れているのですよ。

     

    診察室だけでの診療には限界を感じていて

    サポーティッドピアサポート(専門職にもサポートされた、当事者同士の助け合い)

    というのが自分のテーマの一つですから。

     

    田口 なるほど。

    それは成功してると思う。

    すごく快適な「場」になってる。

     

    樋端 ダイアロジカルな豊かな場さえ作っておけば、気づきと癒やし

    仲間を得てみんな勝手にリカバリー(自分の人生をとりもどす)していく。

    ただそういう場はヒエラルキー(上下関係)を排したオープンでフラットな場でなければ

    居心地がわるくなってしまう。

    診察室で1対1の診療も、そういう本人に合った場に繋ぐまでのつなぎですね。

     

    田口 だから、樋端先生は前面に出ない?

    いつも嫌がりますよね。

    あるラボ」の象徴みたいになることを。

     

    樋端 どうしても職種的に権力をもってしまいがちだから

    サポートに回るのが一番いい。

    対等に接せられる関係に慣れていない人

    対立か服従かの人間関係しか持ててこなかった人が

    対等に接せられて、対等に接する練習ができる場であればいい。

     

    田口 やはり当事者を癒せて

    リカバリーするのは同じ当事者なんでしょうか?

     

    樋端 先にリカバリーした人が道を示すという感じかなあ。

    楽しそうに生きている姿を見せる。

    それがモデリングになります。

    セルフヘルプグループの良さの一つは

    回復者に出会うことで回復を信じられるようになること。

     

    ただ、他のメンバーにやたらマウンティングする人は

    まだリカバリー途上の人ですね。

    承認欲求が強いというか。

     

    田口 それはすごく分かる。

    私は息子の障害の受容に苦しんでいた。

    けど、河西さん今後のインタビューでも出てくる上間さんがいたから

    受容できていった。

    たぶん彼女たちはすでに「あるラボ」という「場」に出会ってたから

    私よりも半歩進んでいたんだと思います。

    「こんなに明るく発達障害を語る人たちがいるんだ!」って衝撃だった。

     

    樋端 自立して好きなことをやれている人は

    人間的に柔らかくて気持ちいい。

    自分が好きに生きていれば他人が何していようと

    自分に直接の危害が及ぶものでなければ気にしない。

    でも満ち足りていない人は、他人にしつこく絡んだり妬んだり

    一方的に恨んだり、危害を加えたりする面倒くさい人になる。

    本人も生きづらいよね。

     

    ※内容は取材当時(2019年9月)

     

  • 精神科医 樋端佑樹①~「ブラックジャックによろしく」の斉藤君みたいな研修医でした~

    精神科医 樋端佑樹①~「ブラックジャックによろしく」の斉藤君みたいな研修医でした~

    精神科医 樋端 祐樹(といばな ゆうき)先生

    ロングインタビュー

     

     

    田口 先生は精神科医であり

    発達障害と気分障害の当事者を自認していらっしゃいますが

    ご自分の障害を知ったのは何歳頃ですか?

     

    樋端 障害というつもりはないんですよね。

    今は皆様のおかげで、まあまあ社会適応しているつもりだから。

     

    ただ、自分の特性で生きづらさを感じたのは研修医の頃かなあ。

    色々と熱くなりすぎて、お局看護師にいじめられてるっぽくなったり。

    ローテート先で脳腫瘍の患者さんが家に帰りたいと言っていて

    「自分が着いていくから帰して」と言って

    「前にもそんなことを言った研修医がいたけど

    みんなにできるわけじゃないから」と言われたして。

     

    研修医の分際で

    「何のために医療やってるの?」と正論を主張して悩んで浮いたりした。

    ブラックジャックによろしく」の斉藤君みたいですね。

     

    もっとも、初期研修をした佐久病院は、多くの大学病院などよりは

    よほど患者さんのためならいいことは力を合わせて

    何とかしようという文化の病院だったから。

    応援や協力してくれるベテランの医師や看護師もいてそれで救われた。

     

    何かひっかかるところ(人権侵害など)をスルーして

    器用に立ち振る舞うということは出来なかった(今もですが)。

     

    で、その割にはあんまり時間の使い方や優先順位のつけ方が器用ではなかったり

    手技系では変なところにこだわってなかなか出来なかったり。

     

    病棟などで優先順位を決めて、段取りよく回るというのがどうにも苦手で

    いくら時間があっても足りず疲れ果ててしまったり。

    集中治療室や救急の研修では

    同期みたいにパキパキ動けなかったりと苦労しましたね。

     

    今みたいなブームになる前だけど、その頃から発達障害というものに興味がでてきて

    小児科の発達外来のデイキャンプのボランティアなんかをやったりしていたから

    うすうす自分の特性にも気付いてきたのかなとも思います。

     

    田口 そんな先生に理解者はいた?

     

    樋端 面白がって買ってくれて可愛がってくれる先輩や上司と

    医者や人間としてダメ出しされて

    烙印を押す人と両極端に別れましたね。

    一部のおばちゃん看護師や、同世代のリハビリスタッフなど

    コメディカルには可愛がってもらいました。

     

    田口 私も会社でそんな感じだった。

    天才と言われるか排除されるかどちらかでした。

    偉い人の方が可愛がってくれませんでした?

     

    樋端 そうですねー。

    だいたい、組織からちょっとはみ出ている人か

    はぐれている人には可愛がってもらいましたね。

    同じ種族を見抜くんでしょうね。

     

    その後、医療の王道の急性期よりは、医療を通じて社会を良くしたい

    でも直接の現場は持っていたいということで

    多職種のチームでやる医療がいいなとリハビリ科を専攻しました。

     

    リハビリ科では中途障害の人が障害受容できず

    うつになるのをどうにもできなかったり

    高次脳機能障害の人の社会復帰をケースワーカーと

    色々支援するけどなかなか上手くいかなかったりというので

    精神科とコラボすることが多くなりました。

     

    その時の上司の「ケースワーカーに成り下がってはいけない」という言葉に反発しましたけど

    「診断書もかけるケースワーカーでいいんじゃないの?」というドクターもいて

    なんかモヤモヤしましたけど後者を採用しました。

     

    田口 何だかすごく意外な感じ。

    世間的にはお医者さんは

    「バリ層(借金玉氏の造語)」エリートで

    何も困ってないように見えるじゃないですか。

    今の「はぐれドクター純情派」とか開き直ってる先生からは

    想像できないくらいですね。

     

    樋端 なんか、色々やっているんですよ。

    業務命令で訪問診療や診療所への出張を止められて

    病棟に貼り付かされたときにうつっぽくなって

    情報共有のための電子システムづくりに没頭したりした。

     

    ちまちまと作りやすい道具やシステムを作るのは割と好きでして

    医師として電子システムを作る仕事にできないかと本気で考えたこともあります。

     

    そんなこんなで、色々とギクシャクして

    悩んでいたときに、目をかけてくれていたころに

    人間再生工場的な上司に拾われて再生されました。

     

    その頃には自分の特性にも色々と気づいてましたね。

    しばらくゆるく仕事をした後、病院を代わり、ついでに精神科へ転科しました。

     

    今はそういう後輩をみつけては、こっそり再生している。

     

    田口 最終的には診断を受けたんですか?

     

    樋端 精神科の診断って、特に発達障害に関してはまだまだいい加減なんですよ。

    まあ調査研究、保険請求のためには必要ですが

    支援や治療のための仮説に過ぎないものだから

    自分がしっくり来ていればいいと思う。

     

    まあ、あーだこーだと

    色んな精神科医ともディスカッションする中で、自分で決めたかなあ

    そういうのは楽しい。

     

    田口 確かに。

    私、精神科でうつ、抑うつ状態、統合失調症、双極性障害

    発達障害、不眠症って診断が出て

    先生が変わるとこんなに診断名変わるんだって思ったことがあります。

    私は最終的に光トポグラフィー検査も受けて

    特に何も出なくて、息子が診断受けたときにWAISを受けたら

    傾向があるって分かった。

     

    樋端 ヤブ医者ほど検査や薬に頼るよね。

    自信がなく、他に手立てをもっていないから。

    私も大好きな精神科医の神田橋條治先生の言うフラクタル理論っていうのがあって

    ぱっと関わった時の印象と

    いっぱい検査して長く付き合った時の印象のズレが少ないようにチューニングして行くと

    短時間でも細部を見れば全体がわかるようになる。

     

    そんなこんなで移った先の精神科はなかなか楽しく

    老若男女あらゆる精神疾患と人生を経験させてもらいました。

    サービス精神があって

    割と患者にも後輩にも面倒見もいいことから

    人気も出て慕われてたと思う。

     

    田口 割と転々としてますね?

     

    樋端 まあ、あるときから基本流される展開型の

    頼まれごとの人生に切り替えました。

    診療も何も、よろず相談を受け、ついで自分の全てを総動員するスタンス。

     

    自分がやりたいと思ってもお呼びでないこともあるし

    頼まれたことで、楽しくできることだけやっていれば

    自分に合った場で楽しく生きられるようになるとおもいます。

     

    ※内容は取材当時(2019年9月)

     

  • 上村聡美さん③ ~みんな違って当たり前。違いを認めてくれる人~

    上村聡美さん③ ~みんな違って当たり前。違いを認めてくれる人~

    発達障害当事者 虐待・いじめサバイバー
    生きづらさを抱えている人の交流会あずさの会代表
    上村聡美さん(うえむら さとみ 56歳)

     

    ②自分は憎まれるために産まれてきたと思っていた

     

    田口 大人の発達障害の方たちは年代的に、夫婦、親であっても、理解してくれなくて苦しむといいますが、上村さんはどうですか?

     

    上村 夫はあまり発達障害のことを理解できていなとは思います。だけど私を「人として」受け入れてくれています。

     

    田口 「人として」。すごく大切ですね。

     

    上村 違いを認めてくれています。そこだと思うんですよね。違うのが当たり前。

     

    田口 違って当たり前ですよね。本当にそう思います。夫婦であっても、違う。

    上村さんはご両親の離婚後、お父様に引き取られた?

     

    上村 大学へそのまま通いたかったので、残ったけど、これがまた間違いだったかも。

    父の変貌ぶりを予測できなかった。

     

    田口 お父さんは離婚後、やけに?

     

    上村 いいえ。その逆。母を高笑いで追い出し、愛人を家に入れたんです。

    私と10歳も違わない女性でした。

     

    田口 当然、お義母さんとの関係はうまくいきませんよね?

    10歳しか違わないのであれば。

     

    上村 そうですね。父は「お母さんと呼べ!」と。できないです。

     

    田口 よく「発達障害の家族性」が言われますが、お父様も発達障害の気があったと思いますか?

     

    上村 思います。かなり色濃い。アスペルガー症候群っぽい感じでした。

     

    田口 では、実のお母さんも苦労さなったのかもしれないですね。

     

    上村 大変そうでした。父の感情表現がうまくいかないせいなのか、暴力も振るわれてました。

    愛人にも似たような事してました。

     

    田口 では、その環境で大学に4年通われた?

     

    上村 はい。だからおかしくもなった。

     

    田口 家を出ようとは思いませんでしたか?

     

    上村 自立できる自信がなかった。だから、大学卒業すると早々に東京へ就職しました。

     

    田口 大学時代は2次障害で病院へ通院していたのですか?

     

    上村 いいえ。父が精神科を「きちがい病院」と呼んでいたし。だけど、カウンセリング施設があったので、そこへ助けを求めていった。卒業するまでカウンセリングを受けてました。

     

    田口 そのカウンセラーさんは助けになりましたか?

     

    上村 はい。感情を開放できました。初めて、私の話を聞いてくれたので、嬉しかったです。親身に寄り添ってくれた最初の1人です。

     

    田口 そうなんですね。私は上村さんが主治医(発達障害あるあるラボの運営メンバーの医師)に、突っかかるといったら語弊があるかもしれないけど、反発するのはお父さんを求めているのかなと感じていましたが、違うのですか?

     

    上村 あるかも(笑)

     

    田口 やはり(笑)

    きっと上村さんは主治医に理想のお父さんを求めているのかなと思ってみていました(笑)

     

    上村 周囲の人の方が、よく見えているかも。

     

    田口 お母さん代わりになる方はいましたか?

     

    上村 叔母が母代わりでした。小学校3年の時に癌で亡くなったけど。「あっちママ」と呼んでいた人です。亡くなった時は、ものすごい喪失感でした。

     

    田口 叔母さんは、上村さんが何歳くらいの時に亡くなったのですか?

     

    上村 9歳かな?

     

    田口 では、その時に唯一安らげる母の代わりだった叔母さんを亡くしてしまったのですね?

     

    上村 そうですね。ほんとにこの世で一人ぼっちになったと思いました。

     

    田口 9歳の時にその喪失体験は辛かったですね。その後は、無意識に誰かにお母さんの代わりを求めてしまいませんか?

     

    上村 どうかな。女性に対して不安とか、不信感を持つようになりました。

     

    田口 では、お父さんの方が上村さんは好きだったんですか?主治医を子供のように困らせたいように私には見えていたので(笑)

     

    上村 最初は好きでした。途中から裏切られた感が強かった。裏切られることに恐怖を覚えました。

     

    田口 お父さんに裏切られること?

    それとも主治医に?

     

    上村 両方。

     

    田口 そうですか。でも、本当は主治医を信じたいんですよね。だから、試してしまう。何度も。

     

    上村 試しているつもりはないんですけど。信じたいのは確か。

     

    田口 主治医もこの記事は読むと思います。なので、主治医がどうしてくれたら信用できると思いますか?絶対に裏切らないと。

     

    上村 他の人と同じく扱ってくれたらいい。同じ態度で。父のように変貌しなければいいです。

     

    田口 それならいつか心底信用できそうですね。

    あの先生がそんなに大きく変わるようには思えないので(笑)

     

    上村 ですね。

     

    ④必ず理解者はいる。その関係を大事に生きて

     

    ※内容は取材当時(2019年9月)

  • 上村聡美さん② ~自分は憎まれるために産まれてきたと思っていた~

    上村聡美さん② ~自分は憎まれるために産まれてきたと思っていた~

    発達障害当事者 虐待・いじめサバイバー

    生きづらさを抱えている人の交流会あずさの会代表

    上村聡美さん(うえむら さとみ 56歳)

     

     

    ①「みっともねえ」これが父の口癖だった

    田口 幼稚園以降も続いたのですか?

     

    上村 小学校2年くらいまでかな?

     

    田口 なぜ妹さんと差別的に扱われたのでしょう?

     

    上村 母曰く、私が最初は優しかった父に懐いていたからだそうです。だから、私は「父の子供」。妹は「母の子供」。私が生まれたために、「あの男(父)と別れられなかった」と言われました。

     

    田口 お父さんと別れられなかったのは、お母さん自身の問題ですよね?

     

    上村 ですね。私に発達障害があることもあって手間もかかったらしいので、それもストレスだったかも。母自身の問題ですね。

     

    田口 今考えると妹さんには発達障害はなかった?

     

    上村 多分・・・。妹が中学生の時に、親が離婚してその後会っていないので、何とも言えないです。

     

    田口 そうですか。よく生きていましたね。私も中学校の頃、外見のことで壮絶ないじめにあったことがあります。親には言えませんでした。ですが、私は毎日、いつでも死ねるようにカッターを枕元に置いて寝ていました。そうやって精神を保っていました。耐えきれなくなったら、いつでも死のうと。

    上村さんはどうやって死なずにいられたんですか?

     

    上村 やっぱりカミソリをぎゅっと握りしめて、気持ちを落ち着かせていました。

     

    田口 いつでも死ねるって思いながら?私は書いていて、涙が出てきてしまいました。

     

    上村 いつもどうやって死んでやろうかと考えてました。

     

    田口 そのいじめは学生時代、ずっと続いたのですか?

     

    上村 高校が一番ひどかったですね。大学でもいじめはあってました。

     

    田口 辛いと思うのですが、具体的にはどんないじめでしょうか?

     

    上村 無視、仲間はずれ、悪口、小学校では、床に押さえつけられる。「お前が悪い」と繰り返し言われるなどです。

     

    田口 その時も親御さんは無関心だったのですか?

     

    上村 はい。

     

    田口 救いがないですよね。その時代は発達障害っていう概念自体がなかったと思うのですが、上村さんは自分に対するいじめはどうしてだと認識していましたか?

     

    上村 自分は憎まれるために産まれてきたと思っていました。親からは馬鹿だと言われていたし。

     

    田口 その中で神への信仰に目覚められた?

     

    上村 高校がミッション系だった事もあって、聖書は読むように言われていたし。礼拝堂がほんとに一番落ち着ける場所でした。

     

    田口 信仰がよりどころだったのですね。

     

    上村 そうですね。他に心寄せられるものがなかったので。教会でも浮いていたけど、聖書に書かれていた事は、心に入ってきました。

     

    田口 社会に出てからはどんな暮らしでしたか?

     

    上村 病院で一年だけ、看護助手として、勤務しました。足立区にある大きな病院でした。教会関係だったので、礼拝にも参加していました。

     

    田口 やめることになった原因は何ですか?

     

    上村 不適応です。人間関係はボロボロでした。解雇されたんです。

     

    田口 そうですか。ご主人と結婚されたのはおいくつの時でなれそめは?

     

    上村 共働学舎にいた時なので、27歳の時です。彼は北海道のメンバーだった。信州に移動してきた時に意気投合しました。

     

    田口 ご主人は生きる希望になりましたか?私は上村さんが何に希望を見出して、サバイバーとして生きていらっしゃるのか知りたいです。自殺してもおかしくない人生だったと思います。

     

    上村 主人は初めて自分を受け入れてくれた人です。信仰に希望をおいています。神様は裏切らない、いつでも側にいて守ってくれる存在。大きな力に守られている感じがします。

     

    田口 大人になった今、同じような環境で苦しんでいるお子さんたちに何と伝えたいですか?虐待事件は後を絶ちません。上村さんのような養育環境で苦しんでいるお子さんはたくさんいると思います。

     

    上村 頑張らなくていい。つらい時はつらいという気持をどんな形でもいいから発信して欲しい。今なら助けてくれる大人が、周りに大勢いる。大人の関わりも重要だと思います。

     

    田口 上村さんの場合、そういった大人は周囲にいましたか?

     

    上村 ダメな子、手間がかかる問題児だったので誰もいなかった。

     

    田口 それでは人間不信になりますよね。ごく自然だと思います。

     

    上村 大人になってから、理解者が増えました。時代かな。

     

    田口 時代は大きいですね。今、上村さんの理解者はどんな人たちですか?

     

    上村 教会の人達、当事者仲間です。

     

    田口 それは「発達障害あるあるラボ」メンバーも含めて?

     

    上村 そうですね。

     

    田口 やはりそういった「場」は大きな支えになるのですね。

     

    上村 そう!「場」は大事。家庭も含めての「場」が大切。次回はリカバリーへの希望

     

    ③みんな違って当たり前。違いを認めてくれる人。

     

    ※内容は取材当時(2019年9月)

  • 触法障害者やひきこもりを産むのは大人たち ~行政保健師の現場の苦悩と告発~

    触法障害者やひきこもりを産むのは大人たち ~行政保健師の現場の苦悩と告発~

    今日は、行政保健師歴18年のTさんが日々現場で抱えている葛藤を伺った。

     

    田口 Tさんは行政保健師でいらっしゃいますが

    そもそも乳幼児健診の際に発達障害だと疑われて

    医療・療育等、専門機関に結び付く方はどれくらいいらっしゃるのですか?

     

    T 数値的に言うと、発達障害を疑うお子さんが20人いたとしたら

    1人~2人ですね。

    早期の段階で専門機関につながることができればよいのですが

    (そのように親御さんに働きかけますが)。

     

    乳幼児健診の際に医療・療育等、専門機関に繋がれず

    就学してから、二次障害を起こして

    不登校になるお子さんも多くいらっしゃいます。

     

    田口 そういったお子さんに対するフォローは

    乳幼児健診の際に終わってしまうわけではないんですよね?

     

    T 自治体によりますが、母子保健として保健師が関わるのは就学前までで

    その後は教育委員会管轄となるので、実質、終わってしまいます。

     

    田口 そうなんですね。

    確かに私が住んでいる区でも、こちらから相談に行かない限り

    保健師さんが就学後に積極的に関わってくれることはないですね。

    では、親御さんはなぜ乳幼児健診で指摘されても

    医療・療育等、専門機関に繋がらないんですか?

     

    T 園では集団行動が苦手で困り感を持っているけれど

    自宅では親御さんは困ってないケースは繋がりにくいですね。

    あとは、子の障害を認めたくない方が多いのではないかと思います。

     

    田口 では、再度、親御さんから相談を受ける時は

    入園して問題行動がみられた時ですか?

     

    T そうです。

    親御さんからの相談の場合もありますが、保育士さんから相談されることが多いですね。

    園では保育士さんは困っているけれども、家庭で親御さんは困ってない。

    なので、親御さんに園での困り感を伝えるのはとてもセンシティブな問題です。

     

    田口 そんな時は保健師から親御さんに障害の疑いについて話すのですか?

     

    T 障害の疑いについては話しません。

    なぜなら「障害」の診断をつけられるのは医師のみなので。

    こちらからは、「お母さん、何か困っていることはありませんか?」という問いかけになります。

    ご家庭で困り感がある場合は親御さんにアプローチがしやすいのですが

    ない場合は苦慮します。

     

    だけれども、一定数、子の障害を受容できない親御さんがいます。

    そういった子供は福祉の支援にも繋がれません。

    そういった子供たちがどうなると思いますか?

  • 当事者インタビュー 上村聡美さん① ~「みっともねえ」これが父の口癖だった~

    当事者インタビュー 上村聡美さん① ~「みっともねえ」これが父の口癖だった~

    発達障害当事者 虐待・いじめサバイバー

    生きづらさを抱えている人の交流会あずさの会代表

    上村聡美さん(うえむら さとみ 56歳)

     

    ■障害の受容

    田口 上村さんが診断されたのはおいくつの時ですか?

     

    上村 45~46歳の時です。

     

    田口 診断を受けた際、すぐに受容できましたか?

     

    上村 ううん、いいえ。半分ショックでした。

     

    田口 受け止めるのに時間がかかった?

     

    上村 かなりかかりましたね。

     

    田口 そうですよね。ショックですよね。

    私は息子が発達障害グレーゾーンで、2歳くらいの時は知的障害診断されたこともありました。

    その時は受容できませんでした。

    最終的に受容まで4~5年かかったかもしれません。

     

    上村 やっぱり、私もそれくらいかかったです。

     

  • 【再掲】受診・支援に結び付かない発達障害者たち ~触法するケースも。急がれる警察・医療・福祉の連携~

    【再掲】受診・支援に結び付かない発達障害者たち ~触法するケースも。急がれる警察・医療・福祉の連携~

    あいである広場では

    今後、触法少年・触法障害者も扱っていく予定でいます。

     

    ひきこもりが危険!

    発達障害者が危険!

    精神障害者が危険!

    ではありません。

     

    親が子の障害を受容できず、適切な支援や

    養育が受けられないことが触法につながってしまうだけなのです。

     

    センシティブな問題ですが

    10年以上に渡り、相談支援専門員として障害福祉に向き合ってきた

    NPO法人代表のNさんの現場からの声です。

     

     

    ■障害の受容の難しさ

    田口 発達障害に関して、診断を受けることも含め、そもそも受容できない・認められないという問題が起きるのはなぜでしょう?

     

    N 大人と子供の社会が全く変わってきているので、今、発達障害という名前は法律の中にも入るようになったので認知され、理解もされてきています。それなので、今の子供たちは救われているように思います。ただ、20代以降の方にとって、発達障害という言葉は馴染みもなくそれが家族間・夫婦間であっても理解されないという苦しさはあると思います。

     

    ■受診・支援に結び付かない発達障害者

    N 私が目黒区で仕事をしていてすごく感じるのは、自閉症スペクトラム障害のお子さんをお持ちの親御さんは、発達障害は遺伝すると言われているので、親御さんも発達障害を持っている方がとても多いです。そういう方たちを見ていて感じるのは、「発達障害」と診断されている人は、本当に氷山の一角です。地域にはもっと発達障害の方はいるんですよ。きちんと生活して社会に出ていらっしゃる方もいれば、そういうじゃない人も多くいます。

     

    ■支援に結び付かないが故の触法問題

    N この間、事件があった飲食店のケースなどが、まさにそうなんですよ。

     

    田口 あの事件にはそんな背景があったのですね。

     

    N あの事件は10年以上、ひきこもっていた孫がお祖父ちゃん、お祖母ちゃんに包丁を振りかざしてしまったという事件です。近隣の住民から、色々な情報が入ってきますが、10年以上、お孫さんがひきこもっていたそうです。私が地域の人から聞き取った限りで判断すると、このケースは恐らくお孫さんは発達障害なんですよ。警察沙汰にはなったけれど、身内間の事件なので、被害届を取り下げているんですよ。そして、元の家(事件が起こった場所)に戻ってきているんですよ。

     

    田口 そうなのですね。

     

    N ただ、あの場所に住むことは、ご両親も気にされたので、今は違うアパート等を借りて、現在は祖父母と住んでいません。でも、依然として、地域にはいます。

  • あなたが発達障害でなくても人生万事うまく行ったとは思いません ~中高年発達障害当事者会代表が語る大人の発達障害問題~

    あなたが発達障害でなくても人生万事うまく行ったとは思いません ~中高年発達障害当事者会代表が語る大人の発達障害問題~

    みどる中高年発達障害当事者会」代表

    山瀬健治氏

     

     

    ■大人の発達障害当事者の会

    田口 山瀬さんが運営している

    みどる中高年発達障害当事者会」とはどんな団体でしょうか?

     

    山瀬 40歳以上に限定した発達障害を自覚する人の集まりです(成人を診断できる病院が少ないので、診断の有無は問いません)。発達障害について言葉ばかりが先行し、既にある情報も療育に偏っており成人(特に中高年)にとって有益な情報を交換する貴重な場になっています。昔は、常連さんが中心だったのですが、成人発達障害がメディアで報道されて新しく来る方が増えました。最近は、毎回1/3以上の方が初参加です。

     

    ■成人当事者の苦労とは?

    田口 私が取材をしていても、子どもに関しては支援がたくさんある。そして、特性が強いほど早期かつ大規模に支援が入り特性が弱く、社会人になって診断された人には支援が全くないという現状があると感じます。救いがないのが大人の発達障害と言われる方たちだと思います。成人当事者として辛いところはどこでしょうか?

     

    山瀬 まず、最近思っているのが「何でも発達障害」問題って言ってる人がいるんですが、一言で色んな問題を「発達障害」の一言で括りすぎると思っています。発達障害支援が盛んになっていると言っても、その大半が特性の強いASD児の療育に予算も人的リソースも偏重しています。特に、最近「大人の発達障害(実は成人後にわかっただけで生まれつきなんですが)」が言われていますが、実際の公的支援は精神障害者向けの制度の流用で手帳と就労支援に偏重しています。そういったところに成人当事者の不自由さを感じます。

     

    ■大人の発達障害を診られるお医者さんは少ない

    田口 山瀬さんの主催している当事者会の中で診断に結び付いている方は何割ほどですか?

     

    山瀬 うーん、当事者会をみつけてたどり着ける人が少数派だと思います。最近、メディアで成人期発達障害が話題になるので、受診したい人は多いんですが成人を診断してくれる病院を探すのがまず一苦労です。最近では、詳しくない精神科に行って「最近、そういう人多いんだよ、あなたみたいにちゃんと話せる人は発達障害じゃないから」と不勉強な医師に門前払いされるケースが多いと聞いています。なので、そもそも自覚や知識のない人まで含める診断に結びついている人は限りなく少ないと思います。

     

    田口 私が取材した中では、例えば目黒区でも検査さえ受ければ成人を診る医師はいるとのことだったのですが予約から診察まで待つとかそういう問題ではなく?

     

    山瀬 実は厚労省も、初診待機時間が長過ぎるという問題は把握していて、成人を診断できる医師の育成に連続で予算をつけているのですが全く追いついていません。

     

    田口 山瀬さんの場合は、初診までどれくらい待ちましたか?

     

    山瀬 私の場合は特殊でして、今の会の代表になる前に運営を手伝っていたときに、私が「診断は(数年前だったので初診待ちが1年単位だったので)諦めている」と言ったら、スタッフが自分の通っている病院の医師に掛け合ってくれて「一人なら」ということですぐに初診につながりました。
    実は、今でも当事者会では病院の紹介の話はタブーに近いです。一部の人がメディアで、「当事者会で病院情報が分かる」と書いていますが
    非常に迷惑しています。なぜ、診てくれる病院の話がタブーかと言うと不特定多数の参加者さんの前で成人を診てくれると病院名を出すとネットで書かれて、患者が殺到し、自分がかかっているドクターに迷惑がかかるし自分が予約できなくなるリスクがあるからです。ただし、会では裏技を紹介しています。具体的に言えば、ADHDの薬の製薬会社のホームページで検索できるようになっています。ADHDは新薬で薬価が高いから診るけど、ASDは薬が売れないから診ないとはいわないでしょう(笑)