本日は、シングルマザーでライターのみきさん(仮名44歳)のお話をうかがった。みきさんは半年前に精神科を受診し、ADHD(注意欠陥多動性障害)とDCD(発達性協調運動障害)の診断が下った。さらにLD(学習障害。学習障害には様々な現れ方があるが、彼女は書字障害(ディスグラフィア))があることも分かった。
聞きなれない言葉だが、DCD(発達性協調運動障害)もLD(書字障害)も発達障害に分類される。主に悩んできたのは、DCD(発達性協調運動障害)とLD(書字障害)の症状についてだった。

読者の中には、ADHD(注意欠陥多動性障害)は知っていても、DCD(発達性協調運動障害)や書字障害(ディスグラフィア)は知らないという方も多いだろう。
DCD(発達性協調運動障害)とは、麻痺などがあるわけではないのに、「ボールを蹴る」「字を書く」「大縄跳びをする」など目と足、目と手等で、別々の動きをする体のパーツを連動して動かすことに困難がある障害だ。
そして、書字障害(ディスグラフィア)は目で見た文字を覚えられず、読めるのに書けないという障害だ。トム・クルーズやキアヌ・リーブス、ジェニファー・アニストンらハリウッド俳優でカミングアウトしている人も多い。
いずれの障害も外見からは全く分からない。学校では「やる気がない子」「不器用な子」「運動が苦手な子」と思われてしまい、障害だと気付かれないで過ごすケースが多い。みきさんの幼少期には、発達障害という考え方がなかった。母が大らかだったこともあり、44歳まで診断を受けなかった。
だけど、小学校の頃のみきさんは、黒板に書いてある字をノートに写せない。字は読めても、書けない。テストの答えが分かっているのに、回答用紙に書けない。なめらかに体のパーツを連動させて動かすことができないので、雑巾がけをするだけでも息切れするほどのパワーを使う。運動会のリレーでは常に足を引っ張ってしまう。
泣きながら教師に訴えても、「サボっている」「やる気がない」と思われ、そのつらさは理解してもらえなかった。そのため、みきさんは、中学生頃から学校に行かなくなった。彼女の学歴は中卒だ。
しかし、彼女はそんな障害など感じさせない明るい女性だった。

雑誌やフリーペーパーで執筆、連載記事も持つ、キャリア10年のベテランライターだ。
今では気さくで明るいみきさんも昔はそうではなかったという。
「17歳の頃には、オーバードーズ(薬の過剰摂取)を繰り返し、境界性パーソナリティ障害の診断も下りました。学校では同級生や先生に叱られてばかりでした。自己肯定感が低かったんです」
発達障害の二次障害として、境界性パーソナリティ障害やうつなどの精神疾患にかかる人はとても多い。10代で結婚・出産をしたみきさんの二次障害により、結婚生活はうまくいかず離婚した。
書字障害により鉛筆やボールペンで書くことはできないが、読むことはできる。それなので、Windows95が出た頃には、パソコンをすぐに手に入れた。手書きでなければ、パソコンで文章も書ける。シングルマザーとなった彼女は、子どもを育てるために、フリーランスのライターとして生きることを決心する。
「境界性人格障害が治ったケースって少ないんです。だけど、10年も自殺未遂をしてないことを医師に告げたら、治ったといっていいとのこと。珍しいんですよ!」
発達障害の生きづらさは、環境とその特性の出方によるのだとつくづく感じる。みきさんにはフリーランスという働き方があっていたのだろう。
診断を受けようと思ったきっかけはコロナ禍で、飲食店などへの取材ができず仕事が減ったからだ。
「一般の発達障害の方と違って、WAIS(大人の知能検査)の凹凸はそこまでありませんでした。ですが、言語性IQ(言語理解・ワーキングメモリ)はどちらも100点。動作性IQ(知覚推理・処理速度)が70点台なので、全検査IQ が85点と低い数値でした。なので、人と同じ仕事をしても、人の2倍時間がかかってしまう。どこの会社で仕事をしても迷惑をかけてしまい続きませんでした。だったら、障害者枠で就労したいと思って、検査を受けました」

彼女が受けた大人の知能検査「WAIS-IV」は
・全検査IQ(下記4つの合計)
・言語理解(言葉の認識・理解、興味の偏り等)
・知覚推理(1を知ったら10を知れるか)
・ワーキングメモリ(一時的に情報を記憶・処理する能力)
・処理速度(問題の処理スピード)
を見るもので、どの数値も平均が100点になっている。
彼女は「1を知ったら10を知ること」が難しく、問題の処理スピードが遅い。そのため、仕事を早くこなすことが難しいという検査結果だった。
そして、ADHD(注意欠陥多動性障害)もあるため、ミスも多い。規則や決まり事の多い会社勤めは、みきさんにとって難しかった。
「診断を受けた時はお医者さんに、なぜ今まで気づかなかったのかと言われました。昔は発達障害という考え方自体がなかったし、母がおおらかな人だったので『個性だと思っていた』と言われました。だけど、学校では叱られてばかりの中、不登校になっても何も言わなかった母に救われた面もあります」
学校でも、家庭でも叱られていたら、彼女は完全に居場所を失っていただろう。
彼女の今の悩みは上記の特性によるケガが多いことだという。
「普通に生活していてもしょっちゅうケガをします。『目で見て物をとらえる速度』が遅いので、部屋の中でも家具にぶつかってしまう。ハトが飛んで来たら、普通はよけられるじゃないですか。私はそれができないので、顔面にハトがぶつかって驚いたこともあります」
机が目の前にあっても、とっさによけることができない。生傷がたえない。
今まででした一番のケガは、部屋の畳から立ち上がるときに、ひざを強打したことだ。そのときには、じん帯を損傷し、半月板がはずれてしまった。医師からは「一生、車椅子になるかもしれない」と言われる。幸いにも、手術が成功し、今も歩けている。だが、入院2か月、リハビリ半年の大けがだった。ADHD(注意欠陥多動性障害)もある彼女は、他のことを考えていると、赤信号を無視してしまうこともざらだ。ケガなく生きていくだけでも苦労がある。しかし、取材中に彼女と話しても、どこにでもいる40代女性にしか見えない。分かりにくい障害・見えにくい障害なので、周囲の理解を得るのが難しい。
だが、フリーランスのライターとして、一人娘を育てあげた。仕事が遅くミスも多い彼女は人の1.5倍、ときには一日20時間働いた。年収300万円ほど稼いできたという。母子家庭手当や子ども手当などを入れたら、充分に生活できる年収だ。
そんな彼女が自分の障害を語る口調が明るいのは、経済的に自立できているからという面は大きいだろう。
「取材相手は会社の人とは違って、自分のお店や事業を宣伝して欲しい気持ちがあるので優しかったです。自分の仕事を評価してもらえました」
彼女の場合、低かった自己肯定感は仕事をすることで、克服できたようだ。障害があろうと明るく生きている人は、自分の特性にあった環境を見つけられた人たちだ。発達障害者にとり、自分に合った仕事や環境を見つけられるかは、楽しく生きられるかの大きなポイントとなる。彼女のように、コミュニケーションが苦手ではなく(営業ができる)当事者にとっては、テレワーク・在宅ワークは経済的自立への選択肢として大いにありだろう。
新型コロナウィルスの影響で、筆者の子どもの学校では、全児童にタブレットが貸し出された。タブレットやパソコンでの学習があれば、彼女のような障害を持った子の可能性が大きく広がる。オンラインでの授業やセミナーが増えた今、こういった見えない障害を持った子どもたちへの学習の選択肢が広がることを願う。