「人をひき殺しても我が子の運転は止めない」という発達障害者の親たち

筆者の元夫は未診断だったが、ADHD(注意欠陥障害)優勢の発達障害だった。
これは当時の筆者の印象であり、もちろん本人は認めていないし、周りの友人や親から見れば「ちょっと変わった人」であり「ミスや忘れ物が多く、うっかりした人」といった程度の認識だと思う。幼い頃から学校の成績は優秀で、国立大学を卒業した後、地方都市の物流会社に就職が決まった。筆者と元夫が結婚したのは、就職が決まった頃であり、その頃にはなんの問題もない夫婦生活が続いていた。
やがて元夫はルート配送の仕事に就くこととなり、朝から晩まで、顧客先にトラックで荷物を配送するようになった。その頃から、筆者たち夫婦の生活は狂いだした。
トラックでの自損事故の連続。車をかする、ぶつけることは日常。ついには、人身事故を起こすようになる。年間で通算5回の自損・他損事故。筆者はまだその時、元夫がそんなに頻繁に事故を起こしていることに気づいていなかった。突然夫は、倉庫整理に異動が決まった。夫が勤める会社では倉庫整理は閑職であり、主に退職勧奨者が回される部署だった。まだ若い男性社員が配属されることはまずありえなかった。夫の異動に愕然とし、なぜなのかと問い詰めたところ、発覚した事故の回数だった。
地方都市の山奥に住んでいた筆者夫婦は、日常の生活で車移動は必須であり、免許を持っていなかった筆者は、車を使用せずに通勤できる、街中への転居を検討しだした。そして、きちんと原因を知った上で、必要であれば転職し、生活を立て直そうと考えた。しかし、元夫本人は「自分はキチガイではない。だから、医師の診断は受けない」と受診することも、引っ越しすることも頑なに拒否した。それなので、義父母も踏まえての家族会議となった。
しかし、義母は賛成しても、義父は「息子をキチガイ扱いするのか!」と激高し、診断や転居に猛反対した。だが、元夫はその時点ですでに1回、人身事故を起こしており、被害者は重いむち打ち症となり、1年以上の休職を余儀なくされていた。筆者が「あなたの息子である夫が、人をひき殺すことになってもいいのか」と問うと、義父は「事故など誰でも起こすのだから構わない」と答えた。
その後も筆者夫婦は引っ越すことなく、日常生活を車で移動する生活を1年続けた。しかし、事故の都度、上がる車の保険料と子供を車に乗せるという恐怖。その都度、「診断する」「しない」と喧嘩となる。その頃には別の問題も生じていた。何度洗おうと「洗濯物が臭い」と洗い直しを求める、レポートの提出期限を忘れ、提出期限の前日深夜に資料を買い求め、書店を巡る。メモを取ると、メモ帳の保管場所を忘れる。その苛立ちからくる、日常的に小突く・髪をつかんで振り回す、蹴るなどのDVが始まっていた。
その生活から逃れるため、筆者は子を連れて、実家のある東京に頻繁に帰るようになる。夫の病が何であるか、なぜ国立大学まで卒業した夫が倉庫整理にまで転落し、事故を繰り返すのか、筆者は専門家に助言を求めることにした。
医師の答えは「恐らく旦那さんはADHD(注意欠陥障害)とASD(自閉スペクトラム症)を併せ持っている」というものだった。その当時、まだ発達障害という言葉は世間であまり知られた言葉ではなく、インターネット上の情報に頼り、どういった症状なのか調べると、元夫に対し感じていた違和感は氷解した。全てが夫に当てはまったのだ。
我が子には遺伝していないだろうか、障害を受け入れない夫とは離婚以外に道がないのか、何度も悩んだが、筆者自身が元夫との暮らしの中でのDVと帰省を繰り返しているうちに、抑うつ状態となった。元夫は私の診察にはついてきていたが、自分は診察を受けない。数回目の診察の際に、医師から「今日は旦那さんがいらっしゃらないので言いますが、あなたの旦那さんは発達障害です。あなたはカサンドラ症候群です。ですので、あなたの症状は、旦那さんと離婚しない限りは治りません。離婚するしかありません」と告げられた。
カサンドラ症候群とは家族やパートナーなど生活の身近にいる人がASD(自閉スペクトラム症)であることが原因で、情緒的な相互関係を築くことが難しく、そのストレスから不安障害や抑うつ状態などの心身症状が起きている状態を指す言葉だ。疲れ切った筆者は、その時に離婚を決意した。
離婚の際には裁判にまで発展し、揉めに揉めたが、2年後に離婚が成立した。我が子にも発達障害があるのではないかという不安は頭から離れず、筆者は様々なSNSで、当事者及びその支援者のグループに参加することとなった。
あるSNSで筆者は元夫の例を出し、問題提起をした。「多動性障害や注意欠陥障害などで、事故を頻繁に起こす自分の子供から免許を取り上げないのは、おかしいのではないか。また成人当事者の方はそれをどう考えるのか。私の元夫のような人が増えれば、発達障害者全体への差別が助長され、いずれてんかんの患者と同じように、免許も許可制となるのではないか」と。投稿したところ、いつもすぐさまにつく、コメント欄になかなかコメントがつかない。
そして、ついたコメントは目を疑うものだった。多くの親や当事者は「発達障害者を差別するのか。発達障害者とてんかんの患者を一緒にした!てんかん患者と一緒にするな!」「自分はかする程度の事故から、人身事故まで年に数回起こすが、車を運転している限り事故を起こすのは誰でも一緒ではないか」「自分の子供は何度も事故を起こしているが、本人が乗りたがっているのに、免許を取り上げるのはかわいそうではないか」「運転免許を持つことは権利だから、人をひき殺したとしても事故なのだから仕方がない」「住居の自由は憲法でも認められた権利なのだから、引っ越す必要はない」といった身勝手なコメントが続いた。
グループの中には当然、私と同様の考えの親御さんや当事者の方もいた。「頻度の問題で、頻度が高いようであれば、自主的に運転をやめるべきだ」「人を殺してまで運転する権利など誰も持っていない」「運転を控えている自分のような発達障害者にとって、事故率の高い人たちは迷惑な存在だ」といったコメントも当然出た。しかし、そういった声を上げる投稿者はごく少数だった。そして、そういったコメントをした人たちと投稿者の筆者は「差別者」としてグループから退会させられた。
いったいてんかん患者や発達障害者を差別しているのは誰なのか。自分たちの権利を主張し、他害さえ良しとする身勝手さはどこからくるのか。筆者は激しい怒りを覚えた。
その際に、グループ内にいた臨床心理士の男性から一通のメールが届いた。「あなたが書いていることは正論ですよ。だけど、彼らには通じません。なぜなら彼らは発達障害者だからです。当事者はもちろん、当事者の親ですら未診断の発達障害者である確率が高いですよ。黙って退会するのが正解です」という内容のものだった。
そこから数年間、我が子の療育センター通い、親や介助者、当事者との関わりから、そのメールの意味が筆者に分かるようになっていった。発達障害者が社会で暮らすことで、一番のネックとなる特性が「コミュニケーション障害(ASDの場合)」という部分だと実感したからだ。
筆者は確信している。このままいけば、近い将来、発達障害者が自動車を運転するのは危険だ、免許の取得は許可制とすべきだという声が世間から上がることを。
そして、現在、筆者は離婚しているが、慰謝料・養育費は離婚後、一度も支払われていない。元夫は離婚裁判が終わった「お祝い」に高級なスポーツカーを購入し、ローンを全額残したまま、
1か月で自損事故を起こし、廃車にしたからである。もちろん、事故率の高さから、車両保険は高額となり、保険には未加入だった。