親を見て診断名を変える医師 ~発達障害の親たちに疲弊する医療現場~

障害者ルポ

未診断のADHD(注意欠陥障害)とASD(自閉スペクトラム症)だった夫との間にできた我が子は、離婚訴訟を申し立てた筆者に対する元夫の未練から、人質として1年間元夫の実家で母と引き離されて暮らした。

 

1歳から2歳までの間、母である筆者と引き離された息子は、1歳児までは全く問題がないと言われ育ったが、1年の間に不安定な子となっていった。

 

2歳になる頃の東京での面会交流の際に発熱した息子。面会交流中にも、ひどいおむつかぶれや不審なあざ、喃語すら発さなくなった息子の育児状況を家庭裁判所に訴えても、全く理解されなかった中での面会交流だった。寒い冬の日、発熱した息子を抱え、近隣の大学病院に駆け込むこととなった。

 

病院での待ち時間に、変わり果てた息子の姿に驚きを隠せなかった。病院の長い廊下を、高熱を出しながら、一時も休まずに走り続ける息子。階段をみつけるとひたすら走り続ける息子。何もかもが私の知っている1歳までの息子ではなかった。

 

そうこうしているうちに、息子の診察の番となった。1時間以上の待ち時間、廊下で走り続けた息子は、診察室に入るなり、医師に向かって、靴ベラ、カルテなど、目についたものを笑いながら投げつけ始めた。筆者は絶句するしかなかった。

 

その日、担当だったT医師に「ちょっとお母さん、この子は外の方に任せて、診察室から出してください!これでは診察できません!」と怒鳴られ、息子は外で待機していた、祖父に預けられた。

 

2人になった途端、T医師は「お母さん、熱どころの話ではないですよ。息子さんの状態を見て、何もおかしいと思わなかったのですか?どんな環境で育てたのですか?場合によっては、児童相談所に通報するレベルの状態です!」と筆者を怒鳴りつけた。筆者自身が感じていた違和感、息子の変化、そして1年近く息子と筆者は引き離された状態であることを医師に説明した。

 

T医師は筆者の話に納得し「息子さんは間違いなく、ネグレクトされています。絶対にご主人に返さないでください。息子さんは反応性愛着障害ですよ」と告げられる。反応性愛着障害(RAD)とは、別名、施設病と呼ばれ、特定の大人との愛着形成ができなかった場合に発症する「疾患」のことだ(以降、愛着障害と略す)。

 

孤児の多い国やアメリカ、カナダなどの里子大国では、問題になっていた疾患であり、その症状は自閉スペクトラム症と酷似している。日本においても、最近では「愛着障害」は認知されてきているが、親が共働きで子と向き合えていない場合にも発症する。それなので、筆者は発達障害と診断されている子供の中には、愛着障害(疾患)と誤診されているケースがかなり含まれているのではないかと感じている。

 

T医師は息子を絶対に元夫の元に返さないために、かなりの時間を割いて、筆者とその弁護士を交え、家庭裁判所が納得する意見書を書いてくださった。

 

その時点でT医師は、まだ息子が発達障害なのか、愛着障害なのかの区別ができないと言っていた。ただT医師が診断したのは、息子ではない。母である筆者に対する育児への姿勢や考えの聞き取りに3時間ほど時間を割いた。筆者は回答しながら、本人である息子ではなく、母である筆者への聞き取りが中心の「診察」に疑問を持っていた。

 

聞き取りを終えたT医師は「あなたの下でなら、息子さんは治ります!」と言い切った。発達障害は障害なのに、愛着障害かの区別もついていないのに、治る?筆者は医師に「なぜですか?なぜ、息子を診ずにそう言えるのですか?」と聞いた。

 

自閉スペクトラム症の原因は議論が分かれているが、大きく分けて、環境要因説と遺伝要因説がある。T医師は100%環境要因説であった。なので、養育環境が変われば、仮に自閉スペクトラム症であったとしても、治るというのであった。

 

そして、T医師は続けた。「私は裁判所あての意見書を書くことはしても、名前の開示は拒否します。お母さんと3時間に渡って話したのは、お母さん自身が発達障害ではないか、きちんとした判断ができる人かを見ていたからです。お母さんが中度~重度の発達障害だった場合は、私は診断名を告げなかったでしょう。そして、旦那さんは中度~重度の発達障害です。話が通じない可能性が非常に高いです。過去に発達障害(または愛着障害)との診断名を告げて、逆恨みされ、ストーカーとなった親御さんが数人いました。なので、名前の開示は拒否します」と。

 

筆者が「では、発達障害の疑いで受診した児童の親が、中度~重度の発達障害で、話が通じなかった場合、どういう診断を下すのですか?」と聞くと、T医師は「発達障害を疑う親御さんがまず気づくのは、子が呼びかけに対し反応しないことです。ですので、親御さんに理解する力がない場合は、耳の障害の疑いということにし、耳鼻科への受診を勧めます」と答えた。

 

筆者はその時、まだ発達障害というもの自体をよく理解しておらず、何て差別的な医師だと感じた。が、その後、多くの当事者やその親御さんと関わるうちに、それがただの差別ではないことを理解した。

元夫が後々、裁判資料として提出してきた母子手帳の記載の意味が分かったのは、T医師の話を聞いた後だったからである。明らかに多動が酷く、喃語すら発さない息子の一歳半健診の結果には、聴覚の問題しか指摘されていなかった。筆者は子を引き取った後、住民基本台帳の閲覧制限措置をとり、元夫に新住所を隠した。その際に元夫はなぜか年金事務所に怒鳴り込み、住所を教えるようにと騒ぎを起こしたのだ。元夫の実家のある市区町村の年金事務所より連絡があり、筆者は年金番号の変更を勧められた。T医師は、そのような、ストーカー行為を恐れていたのである。

 

しかし、それでは、中度~重度の発達障害の親を持つ子供は、適切な療育すら受けられないではないか。T医師の発言は非常に衝撃的だった。発達障害児に対し、国は早期発見、早期療育という方針を打ち出している。だが、現場で診断をする医師は、中度~重度の発達障害の親のクレームに怯えて、適切な診断名を下さないことがあるということだ。

 

これは、T医師のみが言っていることでない。現在の息子の主治医は、国立病院の医師であるが、やはり「耳の問題として、耳鼻科に回す」と言うのである。

 

適切な療育を受けられなかった子供は、療育の機会を逃し、最悪の場合、身体自立さえできずに育つことになる。今では偏見が和らいできた発達障害だが、筆者が産まれた1970年代には根強い偏見があったという。現在、40代以降の発達障害者の中には、自宅に隔離されて育てられているケースも多く、介助者である親が高齢となると行き場をなくす。介助者を失う。現在、ショートステイ施設は身体自立のできていない40代以降の発達障害者でいっぱいである。発達障害者問題は根深い社会問題だと感じた。

 

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