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【一家心中】心中事件のリアル。~もてはやされるが、決して美しくはない自殺と殺人の現場~【無理心中】

心中

『心中』という言葉がある。
たとえば外国の人に『心中』とはどういう意味でしょう? というクイズを出しても、まず当てられないと思う。
「こころのなか」と書く言葉が「2人以上の人が合意で自殺すること」だとはまず連想できないだろう。

辞書で『心中』に当たる英語を調べると、“a double suicide”と極めて分かりやすい言葉が出てくる。恋人同士の自殺なら“a lovers’ suicide”だ。
一家心中になると自殺だけでは収まらない。小さい子供、障害者、高齢者には、本人には死ぬ意思がないのに、無理に自殺させられたり、殺されたケースが多い。

ドラマ『アンナチュラル』の主人公三澄ミコトは、一家四人無理心中事件の生き残りだった。
法医解剖医を職業としている彼女は、無理心中について

「無理心中なんて言うのは日本だけ。正しくはmurder-suicide。殺人とそれに伴う犯人の自殺。要するに単なる身勝手な人殺しです」

と吐き捨てていた。個人的にはその通りだよな、と納得できた。
ただし海外でも、シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』は400年以上経った今でも人気が高い。だから外国人だって、心中にロマンを感じるのだろう。

露天神社
露天神社

大阪市北区にある露天神社(つゆのてんじんしゃ)には、恋人たちがたくさん訪れる。彼女たちは神社に祀られている祭神、少彦名大神や大己貴大神に願いを叶えてもらおうと思っているわけではない。
1703年に露天神社の敷地内で心中した、醤油商の手代徳兵衛と、遊女お初を慕って来ているのだ。実際「露天神社」よりも「お初神社」の方が、名前が通っている。

2人の心中事件を題材にした、近松門左衛門作の人形浄瑠璃・文楽『曽根崎心中』が大変なヒットをしてから、露天神社は一大恋愛スポットになっており、現在では『恋人の聖地』と呼ばれている。
神社内には、徳兵衛とお初が寄り添うブロンド像が設置されている。コロナ禍の最中に足を運んだら、二人共マスクをつけていた。今から死ぬ奴らがマスクするなよ、と心のなかで毒づいた。
他にも、今っぽい絵で描かれた、徳兵衛、お初の立て看板が飾られているし、恋愛成就の願いが書かれた絵馬が山程かけられている。

 

正直、
「男女が悲嘆に暮れて自殺した場所が、恋愛成就、縁結びのスポットになってるのか……」
と、なんとも納得しかねた。

三段壁
三段壁

もう、一箇所『恋人の聖地』と呼ばれている場所に行ったことがある。
和歌山県の『三段壁』だ。三段壁は素晴らしい景勝地だが、自殺スポットでもある。
『いのちの電話』と書かれた電話ボックスが設置されているし、『投身自殺者 海難死没者 供養塔』が建てられて、いつも花がたむけられている。
そして同時にここも『恋人の聖地』でもあり、恋人同士がカギをかけるハートの網にはズラッと南京錠が並んでいる。

  

“自殺スポット”と“恋人の聖地”にはずいぶんギャップを感じる人もいるかもしれない。だが実は根っこはつながっている。
三段壁には崖の手前の草むらに『口紅の遺書』が書かれた岩が残されている。許されぬ恋と病苦でした男女が岩に口紅で
『白浜の海は今日も荒れている』
と遺書を書き、崖から海に飛び降り自殺したのだ。
この歌は「毎日歌壇」にて特選になった。
そして、この岩にカップルや夫婦で触れると、恋愛が成就したり、ずっと一緒にいられる、などの伝説ができた。
「男女が悲嘆に暮れて自殺した場所が、恋愛成就、縁結びのスポットになってるのか……」
と、露天神社と全く同じ感想を持った。

口紅の碑
口紅の碑

例えば名のある人が、ネットや雑誌で
「しんどかったら自殺しても良いと思う」
「まあ人間誰しも死ぬし、死ぬ時期くらいは自分で決めたっていい」
などと発言したら、全方位からバシバシ叩かれるのは目に見えている。それこそ、自殺したくなるくらい炎上するかもしれない。 今の日本には、
「絶対に自殺を認めるような発言はしてはいけない」
という不文律がある。安楽死に関してもあまり肯定的に話すのは好まれないことが多い。
まあ、百歩譲ってそれで良いとしても、だが心中になるとすごく甘くなる。
だが、心中というのはそんなにロマンチックなものではない。

筆者は、八王子、尼崎、西荻窪、歌舞伎町……など地域ごとの事故物件を丁寧に一軒一軒回ったことがある。
事故物件は人が自殺や他殺など事故で亡くなった物件だ。
多くの物件はリフォームされて、貸し出されていた。まずまず凄惨な殺人事件が起きた物件でも、新しい住人が住んでいる場合が多かった。
ただ、一家心中やネット心中(ネットで自殺志願者を募って皆で一緒に自殺をする行為)の現場は、事件があった時のまま放置されている確率が高かった。
一軒家の場合、全く手入れがされず庭の樹は野放図に伸び、雑草が生えまくっていた。全く手入れがされず、外壁などが傷んでいる場合も多い。多くの物件からは、異様な雰囲気を感じた。

心中事故物件
心中事故物件

当たり前だが、大勢がいっぺんに亡くなった家、特に子供を含んでいる家、は誰だって住みたくないだろう。田舎の場合は、近所の目もある。近所の人にとって、多数がなくなった「心中事故物件」は禁忌だ。そこに住めば好奇の目でさらされるだろう。ロマンチックな話ではない。

青木ヶ原樹海
青木ヶ原樹海

青木ヶ原樹海で心中しているおそらく老齢なカップルの死体を見たことがある。なぜ「おそらく老齢」と書いたかというと、2人の顔面は野生動物に食べられて骨がむき出しになっていたからだ。歯がなく、手に入れ歯が握られていたから、おそらく老人ではないか? と判断した。
樹海では首を吊って亡くなる人が多いが、二人は農薬を飲んで死んでいた。農薬を飲んで死ぬのは非常に苦しい。
二人とも、ほとんど骸骨になっているのに、死の瞬間の苦しみがまざまざと伝わってきた。口を大きく開け、身体をねじっていた。
そこには、心中、情死、のロマンチックさはかけらもなかった。ただただ、痛みと苦しみの痕跡が残るばかりだった。

話はそれるが、中国の「地獄」を調べた。暑さ寒さ痛み飢え……たくさんの壮絶な地獄がある中、最もつらい地獄は「孤地獄」だという。孤地獄とは、1人ぼっちの責め苦を受け続ける地獄だ。人間はなによりも孤独に弱いということを、昔の人もよく知っていたのかもしれない。
だから死ぬ時も誰かとともに、逝きたいと思うのは自然の事なのかもしれない。
ただ、とは言えやっぱり
「死ぬ時くらい、誰かとつるまずに1人で死ね」
と思ってしまう。