写真のように記憶して過去の記憶をバッサリ忘れる「映像記憶」「写真記憶」  ~残せる記憶は選べない~

コラムそのほか

 

一番印象的だった出来事は、高校受験が終わり、高校生活が始まったときに、四則演算の仕方をすっかり忘れてしまったことでした。四則演算…足し算、引き算ですね。11-9の2桁の引き算の仕方が分からなくなったとき、本当に自分はどうかしていると思いました。

 

その傾向は社会に出てから今に至るまで、変わりません。

 

仕事が忙しくなると、脳はキャパシティーオーバーし、九九をよく忘れます。ですが、一度は勉強していること(というよりも図として暗記したもの)なのでもう1度、九九の図をインターネットで検索して

その写真を頭にインプットすると思い出します。

 

そんな自分の記憶システムを変だと思わなかったかといえば、若干、変だなと思ってはいました。だからこそ、40歳過ぎるまでは(正確に書くと同じような人がいると知るまで)誰にも話しませんでした。「九九を忘れちゃった」ってなかなか人に言えませんよね。

 

私の知人も写真で記憶タイプなのですが、一緒に出張したときに、この人も変だと思いました。新幹線のチケットを手配したのですが、一瞬見てからはポケットにチケットをしまったまま、一度も取り出さない。だけど、何号車のどの席ということは記憶しています。なので、迷うことなくどんどん歩いていく。その知人もまた、他のことではかなり忘れっぽく、ごっそり記憶を削除するタイプの構造になっているのだと思います。

 

私が待ち合わせ場所に迷うと、口頭で「〇〇通りを右折して10分くらい歩いたところにあるコンビニエンスストアの前にいる」といった説明はしません。ただ、自分がいる場所の周辺の写真を数枚と、グーグルマップのリンク先を送ってくれます。

 

そのときに「私が普段、頭の中で場所を記憶するのと同じ方法だ」と同じような記憶スタイルの人だと気づきました。

 

この特性は「写真記憶」「映像記憶」と呼ばれて、英才児教育などで伸ばす塾なども存在しますがその記憶方式は、過去の記憶を無作為にバッサリと忘れるというデメリットも伴うはずなので、私は自分の子どもに意図的にやらせたいと思いません。

 

だけど、幼児期にはそういった記憶スタイルの子どもも多いようですが、詳しいことはまだよく分かっていません。

 

取捨選択して忘れられるのだったら、本当に「天才」と言えるかもしれませんが私のように、取捨選択できないタイプにとっては、インターネットでどこでも九九や四則演算の票をインプットできる世の中でよかった。今の時代だからこそ、生きていられる…と思うような記憶スタイルです。

 

あなたはどんな記憶の仕方をしていますか?

「自分にとっての常識」が他の多数の人にとっては「非常識」ということは、少なくとも私は何度も経験しています。

 

自分の常識を疑ってみると、新しい自分を発見できるかもしれませんね!

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