「発達障害児で問題児でも働けるには理由(ワケ)がある!」|豪快かあさん!!かなしろにゃんこ。流 ADHD児の育て方
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かなしろさんがリュウ太君に障害を告知したのは早かった。
「小学校5年生の時です。
障害の告知をいつするのかって問題はあるじゃないですか。
私は待てないよ!大きくなってから告知するなんて待てない!無理!
早く言っちゃって、早く親子で乗り越えちゃおうと思いました」
小学校5年生・中学生の頃など、何回かに分けて告知した。リュウ太君の特性、これから気を付けていったほうがいいことを親子で何度か話し合った。そのことで、リュウ太君は自分の障害について受け止め、障害理解も進んだという。本人が障害を理解することで、先々の就労や結婚につながっていくと思った。
幼少期の頃はそれほど困りごとはなかった。元気でいいじゃないかと思っていた。
「よく(webなどの取材や連載で)幼少期に困ったネタをくださいと言われるんですけど、実はないんですよ。幼少期ってただかわいいだけじゃないですか」
しかし、本人は保育園で人から干渉されて一人で遊べないことが苦痛だったと後に打ち明けている。思いもよらないタイミングで声をかけられるのが苦手だった。そして、声をかけてきた子を叩いてしまった。
母のかなしろさんは手を出すほどのことじゃないと思ったが、リュウ太君にとっては重大なことだった。
「とにかく、自分の世界に踏み入れられたくなかったし、声をかけられたくなかった。
僕の世界で空想して遊んでいるのに、一瞬で壊れてしまうのがつらくてたまらない。
今、えがいてる世界は二度と作り出せない」という気持ちだったと語ったという。

漫画を読んでいても、リュウ太君自身の回想や思いが語られているのだが、リュウ太君の言語化する力(言葉で表現する力)に驚かされる。当事者でここまで言語化している人も珍しいと感じた。それは自然と身に着いたのだろうか。