15分きざみで深夜も痰吸引|医療的ケアが必要な子の母たち。自身も医ケア児を2日で亡くした支援者の思い

松尾さんはそのショックから、家にひきこもった。なぜ自分や自分の子だけがこんな目に遭うのかと苦しんだ。その間は、心配した山口の両親が上京し、支えてくれた。だが、両親もそう長くいられるわけではない。また、長女や次女の世話もある。
ある日、次女を保育園に送ろうと玄関に立つと、足がすくんで座り込んでしまった。外で「赤ちゃんはどうしたの?」と聞かれることが怖かったのだ。冷静に答えられる自信がなかった。
そんな松尾さんを救ったのは、保育園児の次女の言葉だった。
「ママ、大丈夫よ。何かあったら私が答えてあげるから」
その言葉で、松尾さんは、子どもを亡くした悲しみを振り切り、前を向いた。
その後、療育センターMに療育にきていた子どものお母さんから「もう一度、仕事をしてみたら?」と声をかけられた。療育センターMの卒業生も利用する、療育センターKに子を通わせる母だった。懐かしいあの子たちはどうしているのか。気になった松尾さんは、療育センターKに見学に行くことにした。見学に行ったら、やはり自分は障害児支援の仕事が好きなのだと思った。療育センターKには、障害者支援の経験や資格がある人がいなかった。松尾さんは、療育センターKの施設長となった。
相談支援業務を通じて、医療的ケア児の母たちの暮らしを知り、ショックを受けた。多くの母親が「深夜も15分おきに起きて、痰の吸引をしている」「自分が虫歯になっても歯医者にも行かれない」「自分の時間は一切ない」と悲痛な思いを語ったからだ。そんな母親たちが望んでいるのは、2~3時間でいいから、子どもを預けられる場があることだった。
医療的ケア児(0〜19歳)は、2019年で2万人を超えた。https://www3.nhk.or.jp/lnews/tottori/20211029/4040009885.html
医療の進歩により、昔なら生きられなかった子どもが、生きられるようになった。寿命は伸びたが、制度は追いついていない。
松尾さんは、そんな地域の母親たちのために、療育センターKで働きながら、土日は医療的ケア児の介護の研修会に参加する生活を4年続けた。子を亡くしたときに気持ちが離れてしまった夫と離婚し、2019年8月29日に「ガブリエル」を立ち上げた。
療育センターKで働いていた頃から、相談支援業務で色々な家庭をみてきたが、デイサービスで預かる子どもも年間で数人は亡くなる。
医療的ケアが必要な子は、体が大きく変化・成長する思春期に亡くなってしまうケースが多いという。何かをきっかけに熱が下がらなくなったり、衰弱してしまったりして死に至る。それがその子の寿命なのだ。

「私はそういう子どもたちに『宿題を残された』と思うんです。
それぞれの家庭や地域に残された『宿題』なんです。その『宿題』を放置できないので、私はこれからもガブリエルで支援を続けます」
子どもの死から離婚まで、包み隠さず、障害者福祉一本の人生を語る、松尾さんの芯の強さを感じた。
「医療的ケア児支援法」の施行により、医ケア児とその家族を取り巻く環境は大きく変わるだろう。令和3年度障害福祉サービス等報酬改定により、新規参入事業所は確実に増えてきている。
健常児であれ、子どもを持つ家庭ほど家計が苦しくなり「子育て罰」とまで言われる現状が変わるきっかけとなるのだろうか。