16歳で四国八十八箇所 野宿お遍路した文様作家が出会ったすさまじい現実とは?~優しい人、不思議な出来事、そして恐ろしい人間~

そのほか

また、ある日はこんなこともあった。

 

遍路の途中には、無料で泊まれる善根宿という宿泊施設がある。

アプスーさんが山の途中の善根宿に入ると、すでに先輩のお遍路さんがいた。
「お世話になります」
と言って、各々食事をとったりしていると、外から鈴の音が聞こえてきた。錫杖についた鈴がシャンシャンシャンシャンと鳴っている。

 

しかし音は善根宿の周りを回るだけで、中に入ってこようとはしない。

「迷ってるんですかね?」

とアプスーさんがドアを開けようとすると、先達さんは眉をひそめながら

「開けんとき。お遍路さんは自分の死んだことに気がついてない人もいる。そのままずっと回り続けてる。扉、開けたらいかんで」

と言った。

 

アプスーさんは気圧されてドアを開けるのを止めたが、その後もシャンシャンシャンシャンと外からは鈴の音が聞こえ続けた。

 

「当時、僕も若かったんでしょうね。
『もしついてくるならきてもいいし、開けますわ』
と言って、扉を開けました。開けた瞬間に、鈴の音がピタッと鳴り止みました」

振り返ると先達さんが
「あ~あ、言わんこっちゃないわ」
と呆れたように言った。

 

「その時は怖かったですけど、すごく物語としてよくできていて、良い体験をしたなと思っています」

 

実際旅の途中で行き倒れて亡くなってしまう人もいるし、自殺してしまう人もいる。
善根宿に泊まろうとしたら
「自殺されて、今ちょっと人に貸すのはやめているんですよ」
と断られたこともあった。

 

お遍路さんが着る白衣(びゃくえ)は、そもそもは死装束だ。道中息絶えても成仏できるよう、死装束を着ている。
そんな、死に近い過酷な旅でもある。

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