『生活保護受給者になるくらいなら自殺』という人のプライドの高さと脆さ

そのほか

話を最初に戻すが

「俺が『生活保護受給者』『ホームレス』になったら自殺するね」

というのは、自殺するハードルとしては低すぎる。
別に『生活保護受給者』『ホームレス』になったとしても、生物として生きることにしてはなんら問題はない。

「敗北者としてのレッテルを貼られる」

「世間にとって不要な人と思われる」

「税金で生きることで人に迷惑をかけている事実に耐えられない」

などの理由から、死を選ぶのだろう。

 

つまり、プライドや罪悪感から死を選んでいるわけだ。

 

何度もこすって批判するのもアレだが、先日インフルエンサーの言っていた

「僕は生活保護の人たちにお金を払うために税金をおさめているわけではない」

「ホームレスの命はどうでもいい。どっちかというとホームレスっていないほうがよくない? 正直邪魔だしさ」

と言うのはよろしくない。

 

自殺へのハードルを下げる。

 

「人間いつ落ちこぼれるかわからん。住む家をなくすかもわからん。でもそうなったらそうなったで何にすがってでも生きてやる!!」

とたくましく思っている人間にはあんまり関係ない。

 

むしろ、インフルエンサーのファンで

「共感できる!!」

「あなたの言ってることの方が正しい!!」

とコメントしていた人たちにとってよろしくない。

 

だって、彼らのコミューンの中では

『生活保護受給者やホームレスはいらない人間で、死んだほうが良い人』

ということで決着がついているのだ。

もし、そういう人自身が『生活保護受給者』『ホームレス』の立場になってしまったら、当然

「俺は世間的には必要ない、死ぬべき存在になってしまった」

と思うんじゃないだろうか?

自殺するかどうかはともかくとして、そう思う可能性が高いような気がする。

 

『生活保護受給者』『ホームレス』は決していらない人ではないが、もしたとえいらない人だったとしても死ななければならないわけではない。

 

世間から期待されず、誰からも愛されていなかったとしたって、もちろん生きていていい。当たり前だ。

 

死ぬハードルなんかは上げれるだけ上げて

「よっぽどのことがあったって死ぬ必要なんかないぞ」

と思って生きていて、問題はない。

 

続きを読む - 1 2 3 4

(adsbygoogle = window.adsbygoogle || []).push({});