孤独な10分間 ~重度・最重度発達障害者支援の最前線~

コラム

都内某所にあるNPO法人代表Nさんは語る。
Nさんは4年制の福祉大学を卒業した後、発達障害児の療育に携わり、現在では小児から成人発達障害者、身体障害者、知的障害者の相談支援業務と療育センターを合わせ持つNPO法人の代表となった、福祉畑一本の女性だ。

 

「利用者さんに強度行動障害がある場合、私たちは親御さんから身体拘束の同意書を取ります。そうでないと、自分自身またはスタッフの身の安全を確保できないからです。移動支援中に外出先でパニックを起こされた場合、あらゆる手段で制止しないと利用者さんのパニックはエスカレートしていきます。なので、時には足で踏みつけてでも、制止します。私たちはよく、近隣住民から虐待者として通報されるんです」Nさんもまた小柄で童顔の45歳で「足で踏みつけてでも制止する」という表現とは似合わないかわいらしいショートカットの女性だ。

 

「髪をつかまれてごっそり抜けちゃうことなんて、よくありますよ。スタッフはみんな消えないあざや傷がありますよ。腱を切ったスタッフもいます。だけど、それって私たち世代の介助者にとっては、勲章なんです。最近の若い子はすぐに『痛いアピール』をしてすぐに病院に行くと言いますよ。もちろん病院に行ってくださいと言いますけど(笑)私たちの頃は、痛いアピールどころか、勲章だったのに最近の子は分からないわ」とNさんは笑った。

 

筆者が「ものすごくブラックな職場ですね」と笑うと「よく考えてみたらそうですよね。だけど、それだけ日常的なことなので、私は病院にも行きません」と豪快に笑った。

 

だが、その目の奥に感じるのは、福祉職に誇りを持ち、意志の強そうな目の輝きだ。筆者はAさん、Nさんの両方に「あなたはなぜそれでも介助を続けるんですか?」と聞いてみた。

 

Aさんは言う。「発達障害者の方がメルトダウンやパニックを起こした時は本人にとって安心できる個室に誘導して、扉を閉めて収まるのを待っているしかないんです。メルトダウンを起こした場合、自傷行為をしだしても止める術はないんです。だいたい発作は10分ほどで収まるけれど、その間、自分の体をこぶしで殴る鈍い音、壁にぶつかる音だけが扉の外から聞こえてくるんです。出てきたときには、叩きすぎて、顎が割れてることも目を叩きすぎて失明していることもあります。でも、私はその孤独な10分間を親御さんだけに任せることができなかった。他人だから耐えられるんです。だから、そんな事故の話を聞いても、私は最重度発達障害者の支援に戻ろうか悩んでいます」と。

 

筆者も息子の母親だ。だから、息子がもし強度行動障害を持っていて、自傷することを止められないのだとしたら、きっと耐えられないだろう。Aさんも2児の母だ。

 

Nさんは「自己満足のためです。誰かを救いたいなんて思っていません。その結果、誰かが救われるというだけです。あとは、やはり地域に暮らす母としての仲間意識からです。同じように子を持っている親御さんが苦しんでいる。それを助けたい。私がやらないで誰がやるんですか?私はよく行政ともめますよ。あなたがやる範囲外のことを、なぜするんだって言われて。だけど、役所の人に、やってくれますか?と言うと黙っちゃうんですよ。誰もやる人がいないからやるんです」と言った。Nさんもまた3児の母であり、里子まで育てている。

 

筆者自身、発達障害者支援をボランティアで引き受けることがあるが、Aさん、Nさんのどちらの気持ちも分かるのだ。

 

Nさんの言うとおり、筆者がボランティアをしているのも、自己満足のためである。だけど、やはり母親からの相談だと、親身になってしまう。同じ母親だからだ。この時間、この子たちを預かっていたら、このお母さんは1時間でも休息できるだろう。そんな気持ちからだ。

 

こういった重度の後遺症を負ったケースやケガを負わされた場合、それが表ざたになることはまずない。

 

そういった子を持つ親は、小学校入学の時点で損害保険に加入するという。また労災が適用され、親御さんとの間で示談が成立するケースがほとんどだからだ。裁判で争ったところで、相手に責任能力はない。そして、その結果、命を落とすことになったとしても、マスコミは報道しない。

 

だけど、日々、命の危険や怪我に晒されながらも、介助を続ける人たちは確かに存在するのだ。

 

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