「自立」ってなんだ? 僕の考える3つの要素

コラム日本語

じゃあ次に2について見ていこうと思うんだけど、これも実際にはなかなかひと筋縄ではいかない話なのも確かだ。たとえば僕自身もヘルパーさんの助けを借りながらひとり暮らししているわけだけど、もし誰の助けもなく完全に独りで放って置かれたら生きていけない。
だからヘルパーさんは特に最初なんて「完全な他人」なのにもかかわらず自分の「生活空間」に入ってくるわけで、洗濯をすれば下着もなにもかも、少し本棚を見れば僕の興味関心もなにもかも、文字どおり「丸裸」になっている気がする。
そしてそれは確かに、「僕が生きていくのに必要な助けを得るためにはしかたないこと」でもあるんだ。だからその意味で、僕が「完全なプライバシー」を得ようとするのは実際無理だ。
だけどそれでもさ、僕にも、僕たちにも、プライバシーは必要なんだ。だからその「せめて残されたプライバシー」は、尊重してほしい。「しかたなく見せているもの」は、「際限なく見ていいもの」じゃないんだ。助けられるほうと助けられるほうそれぞれがそのことを理解しておくことが、自立の実現には欠かせないことなんだ。僕は、そう思ってる。

 

そして最後の3について、つまり「経済的自立」というものをどう考えるかについて、これがある意味ではいちばん難しいというか、意見の分かれやすいところなんじゃないかと思う。でもやっぱり、ここを避けるわけにはいかないだろう。そしてひとつの核心は、「税金」っていうものをどう捉えるかにあるんだとも思ってる。

 

僕自身、日々の暮らしは「障碍基礎年金」と「特別障碍者手当」の計10万円ちょっとが大きな基盤になっている。そしてこれはもちろん、「税金」と呼ばれるものだ。だからここに注目して、
「税金に頼って生活してるヤツを、『自立してる』なんて言えるわけないだろ!」なんてことを言うひともいると思う。というか、こういう考えのひとも多いと思う。そして特にこういう観点から、「経済的に自立してない=血税を喰い潰している=社会に貢献してないなら、権利・自由が制限されるのもしかたない」っていう考えに至るひともけっこういると思うんだけどさ、こういう考えってもうちょっと推し進めただけで、かつて

遺伝性の疾患を持つこの患者は、その生涯にわたって国に6万ライヒスマルクの負担をかけることになる。 ドイツ市民よ、これは皆さんが払う金なのだ

と言い回ってみんなを煽動したナチスや、こないだの植松聖被告と同じようなところに行き着いちゃうんじゃないの?それに、道路とか警察とかいろんなインフラ・制度もぜんぶ含めて考えると、多くのひとが税金から受けている恩恵は、払っている税金よりずっと多いって言ってもいいとされている(このあたりの事情は、たとえば「税金 受益超過」なんて検索をかけて調べていけば詳しくわかると思う)だから僕は、もちろん、「どんな社会にしたいか?」とか、「そのためにはどんな手段が最適なのか?」なんてことをみんなで考えるのは必要なことだとしても、少なくともこういう「自立」の問題を「税金」との関係だけから考えるのはあんまりいい筋だとは思えないんだよね。

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