関東最大のドヤ街と言えば、山谷である。
山谷へはホームレス取材で足繁く通った。 昔は4人部屋の1000円のドヤがあった。西成では500円で個室があったので、随分高く感じたのを覚えている。日雇労働の人たちがグーグーイビキをかいて寝ていた。
最近では、観光客用やビジネス用の比較的安価なホテルが建つことが多い。昔ながらのドヤは減っている。
ただ、意外と適当に
「泊まれますか?」
と行って泊まれる場合が多かった。
山谷では“食”の取材を任されることが多かった。
「山谷の安くて美味しいお店を紹介してください!!」
「センベロ店(千円でべろべろになれる店)を紹介していく感じで!!」
みたいな依頼である。
ただ、山谷に限らずドヤ街の飯はそこまで安くないところが多い。もちろん高くもないのだが「激安!!」という感じではない。
日雇労働のオッチャンたちは、金払いは悪くないのだ。金がある時は、バーンと払うのでそんなに安くする必要はない。
山谷にはもちろん食堂はあるのだけど、昼間はやっていない場合が多かった。
仕事に行く人のために早朝から明けて、閉めてしまう。それで、夕方また開店する。
好きなオカズをとって、ご飯と食う、いかにもなお店も多かったが、だいぶ潰れてしまった。
気に入ってた定食屋があったのだが、最後にいつ頃食ったのかな? と思い返してみる。食堂のテレビで
「北朝鮮の拉致被害者の帰国」
をしきりに報道していたから、おそらく2002年だ。ずいぶん昔である。
口の悪いオッサンが、焼酎をガブガブ飲みながら、被害者の面々を見て
「こいつら、北朝鮮に洗脳されてるだろ!! 顔がオウムのヤツラとそっくりだ」
と言いながらゲラゲラ笑っていたのを覚えている。
“かための寿司”と呼んでいた、お寿司屋さんもあった。シャリが固めなのではない、大将が片目なのだ。立ち食い寿司なのだが、大きい氷の上にズラッとネタが並んでいる。安いし、美味かった。
となりの焼き鳥屋はノミ行為をしていて、逮捕される様子が全国に放映されていた。
「娘に見られて恥ずかしかった……」
と後悔していた。
2019年に山谷を取材した時には、日雇労働者が集まるというシステムはほぼ完全に崩壊していた。
ドイツのテレビ番組のクルーを山谷に案内したのだが、クルーが撮りたがっていた日雇い労働者を路上で撮影する様子は撮影できなかった。
かわりに、山谷で最も大きい公園、玉姫公園を案内した。玉姫公園は『あしたのジョー』に登場する公園だ。
『あしたのジョー』は山谷が舞台なのだが、ただあまり現実の山谷に似ていない。
「時代の差があるからかな?」
と思ったが、どうもそうではない。
おそらく筆者は現実の山谷とは、関係なく描いたのだと思う。そもそも丹下段平のジム、丹下ジムがある泪橋はとっくの昔に橋はなくなっていて交差点に名前が残っているにすぎない。その交差点にはセブン-イレブンがあるのだが、ものすごい量のカップ酒がおいてあったのが心に残っている。
話がそれたが、ドイツ人クルーを玉姫公園に連れて行った。
生活保護で生活している人たちが、一杯飲んで赤い顔で話しかけてきた。
「あんちゃんたち、どこの国から来たんだ?」
という質問に、通訳が
「ドイツのテレビクルーです」
と答えると、オッサンは
「ハイル!! ヒットラー!!」
と大声で言った。
ドイツ人クルーたちは、苦笑いをしていた。こんな国際的な苦笑いを見る機会はあまりない。
ちなみに通訳はイタリア人だったのだが、それを言った後は、オッサンたちは口々に、
「日独伊だ!! 日独伊三国同盟!! 知ってるか? 仲間だ俺たちは!!」
としつこく言っていた。