凍てついた眼差し|統合失調症の母に虐待された「あの子」の目

障害者ルポ

A母の病気

職員が到着し、A母は自分の部屋に戻っていった。職員によるとA母は幻覚・幻聴などが聞こえる精神疾患だという。「統合失調症ですか?」と職員にたずねると「詳しいことは言えないし、本人が病院の受診をこばむからはっきりは分からないけど、恐らくそうだと思う」と言われた。

 

統合失調症になると、音に過敏になったり、現実にはないものが見えたり、声が聞こえる。そして、自分が誰かに嫌がらせを受けていると被害妄想になっていく。のちに、私がライターとなり統合失調症の患者さんを取材すると「薬を飲んでいなかった頃は、それは怖かったですよ。耳元で大きな声で『お前なんか死ね!』と叫ぶ声が聞こえるんです。驚いて階段を落ちたこともあります」と言っていた。嫌がらせをされていると思われる私も怖いが、本人は幻覚や幻聴により、誰よりも怯えているし、夜も眠れなくなるのだ。

 

そして、統合失調症の症状の1つに、病識を持てない(自分が病気だと分からない)というものがある。なので、精神科への受診につながりにくい。A母も同じで、施設の職員が病院に行こうと言うと「自分がおかしいというのか!」と激しく怒り、通院できていなかった。

ネグレクトされるA子

A母がA子自身に暴力をふるうことはなかった。だが、A母の症状は治療していないのだから、悪化していく。だんだんと仕事にも行かなくなり、昼夜逆転の生活を送っていた。A母は特に深夜になると、「隣の部屋から妨害電波が送られてきて眠れない」「盗聴されている」「(田口が)いきなり部屋に乱入してくる」と宿直の職員に文句を言いに行っていた。福祉職の職員たちもだんだんとA母の対応に疲れ、ノイローゼ気味になっていった。

 

そんな中で、A子の世話をまともにできるわけがなく、A子は食事を作ってもらえないこともあったようだ。A子自身も母の妄想や幻覚に振り回され、眠れていない様子だった。また、A子は私立中学校に通っていたが、A母のターゲットは私だけにとどまらず、A子の学校にも向いていた。たびたび大きな声で叫びながら、学校に文句を言う母の存在で、A子は学校でいじめにもあっていた。

 

職員も黙ってその状況を見ていたわけではない。A子に何度か「お母さんは病気だから、あなたは児童養護施設で離れて暮らすことができる」等、伝えていたという。だけど、A子は

「あんな母でも自分の母だから離れたくない」と養護施設で暮らすことは拒んでいた。どんな母だろうと、A子にとっては母なのだ。

 

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