仕事熱心とも言えるが、もっと根深いものを感じる。やはり、タニシさんは骨の髄までダークツーリズムが好きなんだろうと思う。

「知人に自動車を出してもらうこともありますが、1人で行くことが多いですね。1人の時は基本的にバスや電車を利用して移動します。原付免許は持っているので、沖縄ではレンタルバイクを借りて移動していました。
1人旅は気ままですけど、それ以上に怖い面もあります。ワンミスで命取りになる可能性も高いです。正直、女性は被害にもあいやすいので、やめておいたほうが良いのではないかな? と思います。行くとしたらしっかりした対策をしてから足を運んでください」

タニシさんいわく一人旅では、戦争関連の施設を巡るのがオススメだという。
友達どうしで行くとなかなか解説書などをちゃんと読まない。あんまり長く同じ場所にいると友達が退屈するのではないかと気を使い、観察も早めに切り上げたりする。
なによりお喋りや食事が楽しくて、なかなか戦争について考えられない。
「1人で行くと他にすることがないから集中して見ますよね。かつて戦場だった場所の知識をしっかり吸収すると
『エグい』
『かわいそう』
『つらい』
というような感情が自分の中に沸き立つのを感じます。たとえば『ひめゆりの塔』も、1人で行ってはじめて
『ここって、こういう場所なんだ』
などとしっかりと知ることができました」
そんな戦争遺構の中でも、タニシさんが特に怖いと思った場所は、沖縄県中頭郡読谷村にあるチビチリガマだという。ガマとは洞窟のことだ。
「沖縄の戦地をいろいろ回ったんですけど、正直全然怖くなかったんですよ。大勢が亡くなった摩文仁の丘も、ただただ広くて綺麗な場所で戦争の禍々しさは感じませんでした。そういう施設はそれはそれで大事だと思います。
ただ、チビチリガマだけはものすごい恐怖を感じたんです。なんというか、人の怖さがあるような気がしました」
チビチリガマは1945年の沖縄戦の際、村民が逃げ込むための防空壕として使われていた。
村民はアメリカ兵が投降を迫った際、
「アメリカ兵に殺されるくらいならいっそ……」
と集団自決を決行した。
防空壕に集まっているのは家族や顔見知りだ。
つまり親類縁者同士で殺し合った。
死亡者数は80人以上だと言われている。半分以上は子供だったという。
現代に生きている人には想像できないほど、悲惨な出来事だ。
「僕が怖いなと思うのは、集団自決があったことを1983年まで、生き残った人たちが黙っていたことなんです。近所の人たちだった、親戚だったりするわけで、言うに言えなかったんでしょうね。
ジッと黙ってすごした38年の重みってすごいなって思うんですよ……」
たまたま外部から来た人が事実を知り、情報は広がった。それからは逆に悲惨なできごとを公表しようということになった。チビチリガマには看板が建てられたり、像が設置されたりして、慰霊の場になった。
しかし2017年には十代の少年たちにより、内部が破壊されてしまった。
千羽鶴が引きちぎられ、器物は破壊され、遺骨が収められた場所もも荒らされた。
「そういう出来事があったためか、
『ここはめっちゃ大事な場所やねんぞ!!』
『無礼を働くのは許さないぞ!!』
というような念がこもっているのを感じました。すごい思いが強くて、その思いは千羽鶴の数の多さや、造形物などからも漂ってきていました。それをはからずも、恐ろしく感じてしまったんだと思います」

