前回に引き続き、化学物質過敏症という五感が敏感な特性の影響で生活に支障が出ている年子の姉の話をお伝えしています。
某少女マンガ誌で活躍する少女マンガ家の現場をいくつも渡り歩いた姉です。そのうちの一つ、国民的美少女アニメの原作者の現場ではチーフアシスタントして雇用形態は社員でした。
このオフィスは先生の作風がキレイで作画のモチベーションも上がることから働きやすかったようで10年以上働いていました。
その間、同じ雑誌でアニメがスタートして忙しくなる他の漫画家さんの現場にも通っていましたから月に20日間くらいは泊まり込みで働いていましたから結構稼いでいたと思います。
その反面休みや自由はなく、家に帰くると楽しみはひたすら眠ることしかありません。
国民的美少女が生まれる現場では主に背景や修正などミリ単位の細かいペン使いを要求される繊細な仕事をしていました。
毎月モノクロ原稿100ページ、とカラーイラスト数枚を仕上げなければいけない現場でスタッフも5人ほどいました。
私もたまに助っ人でアシスタントに行くことがありましたが、漫画家先生はアニメ放映前後の数年間は本当に仕事が多く、万年寝不足だったことからアシスタントの睡眠時間まで把握したり一人ひとりの体調の配慮など気を配ることはできなくなるたアシスタントが先生のスケジュールに合わせて体調も調整していかなければいけないものだと思います。

技術職なのでアシスタントのギャラは平均一日2万円~2万5千円。マンガ家から支払われたり出版社の編集部から支給されたりしていた。
姉はプロアシとして引っ張りだこだったと思う、私が少女まんがの「なかよし」で仕事をしていたときも私の家に編集者から電話がかかってきて「私に仕事の依頼かな?」と思うと「かなしろさんのお姉さんにアシスタントを頼みたい漫画家さんがいるんだけど取り次いでもらえませんか?」という電話がいくつもあった。
私は人材派遣業務担当ではないのだけれどな~…と思いながらも姉に仕事の話を振り姉妹でマンガの仕事に携わってきた。
私も某有名漫画家のアシスタントをしたことがあるので他人の漫画制作を手助けする仕事の過酷さは多少理解できる。
漫画家先生は連載で常に疲労している、メンタルは悪い。そしてとても繊細である。機嫌よく作画を進められるように周りの者がいつも漫画家先生を気遣い怒らせないようにしたり励ましたり、褒めたりとヨイショをするのも仕事の内なのでガサツな人は務まらない。
常に漫画家先生の求めることを先回りして準備してあげる社長秘書のような細やかな仕事も必要でアシスタントは大変気疲れする!
ひと月のうち2週間程度、マンガ家の仕事場に泊まり込みで働く、アシスタントに入っているときは自由などはない。
漫画家に時間を拘束されて起きている間は原稿作業、食事の時間は1時間程度あるが忙しいときはまともに食事ができない。
食べないで10時間仕事をすることもあるし、睡眠も布団で寝られる現場はまともなほうで、毎月締切りギリギリの綱渡り入稿をする現場などでは布団で寝かせてもれえず、マンガ家先生から「このページに◯◯書いて」と指定が来るまでのわずかな待機時間に机に突っ伏して仮眠をとるしかできないこともある。
編集者に原稿を渡し終えたら倒れ込んで寝てしまいたいのをこらえて家に帰ると24時間以上爆睡してしまう。

ストレスや体力的な過酷さから化学物質過敏症はひどくなっていったようにも思える。
しかし化学物質過敏症であると、なかなか体調を万全に保ちアシスタント業をこなしていくことは難しく、電車に乗ると咳が止まらない、漫画家さんの家が化学物質で汚染されていて泊まることができないなど困難があり徐々にアシスタント業の回数も減り仕事をしなくなったのでした。
最後は疲れすぎて徐々に仕事にいけなくなりフェードアウトするように退社したのでした。
アシスタントをしていたときに稼いだ多額の貯金やを少しずつ崩して生活してきた、現在は貯金も底をついている?と思われる。
このような化学物質過敏症だと人と接触する業務はできない。リモートの仕事に限られてしまうため、私の漫画のアシスタントと領収証をまとめる事務仕事を時間給で少しやってもらうことにした。
時間給といってもプロアシの時間給は平均2千円以上なのですが姉の場合は居候代を引いて時間千円で働いてもらっている。
食事つき、お風呂つき、冷暖房つき、好きな時間眠れる時間の拘束は特にない生活なので悪くないのではないかと思う。

とはいっても私のマンガは大人気♡とはいえないマイナージャンルのため仕事はそんなに忙しくなく、イラストの仕事が半数で姉に頼める仕事はそんなに多いわけではない。
月に2万円~4万円程度しか支払うことがないので、その金額の中から必需品購入や税金の支払いなどもして細々と生活している。
夫は理解があり姉が家の一部屋を使うことを承諾してくれて、姉に遠慮してか実家や仕事場に寝泊まりしている。
詳しい事情を知らない周りの人から見たら働かないでブラブラして妹の家に転がりこんで居候しているように見えるかもしれない。
私も化学物質過敏症の人と暮らすことは楽ではない、トイレでは便器洗浄剤の使用をやめ、浴室洗浄剤や室内の消臭スプレーをやめたり、整髪剤や香水もやめた。洗剤をやめる代わりに汚れを落とす掃除用具に工夫するなどして対応している。
灯油のストーブは屋外で着火した後に臭いニオイがでなくなったら室内に入れるなど極力ニオイ対策をしている。
気遣いながら生活するのは面倒だが長年止められずにいたタバコをやめることができたのはラッキーかもしれない。
換気扇の下で喫煙していたが姉がキッチンに入れなくなってしまうので庭先で喫煙していたら、その煙が二階の姉が使用している部屋にまで入っていってしまう、そうなると咳が止まらなくなったりとやっかいなのです。
自分の家なのだから堂々と吸いたいけれど、やはり気を使ってしまう…日に日に喫煙の回数は減り吸わないことが平気になってきたことは感謝である♡
私はこの化学物質過敏症の人というのは、その特性で周りを助けることができるのではないかと考えている。
生きにくい特性だけれど、これは能力である!と思ったのでした。
化学物質は化学物質過敏症の人にだけ有害なのではなく、多くの人間に有害だと思う。
しかし多くの人は化学物質のニオイや空気に混ざって吸いあ上げてしまっていることに気がつかなかったり様々な甘味料や香料のテイスティングに仕上がったそれをオイシイと感じて飲食している。
「それ危険だよ」、「これは体に良くないよ」と伝えることができる気がする。
当事者の姉は一生懸命私や母にはそれらのことを伝えてくれるおかげで商品表示を気にするようになったし、薬品を使わなくても掃除ができることに気がつけたりいい面もある。
私は姉と共存していくことにした。


私の仕事を手伝ってもらえれば助かるし、姉も無理して勤めに行かなくてもいい。
もう少し暮らしやすくなるために他県の自然が多めな地域に引っ越しも考えている。新型コロナの影響で地方にオフィスを移転する企業や個人事業主も増えたので地方といっても人口密度によっては都心部と化学物質の濃度は変わらなくなる可能性もあるため慎重にリサーチしなければならないけれど、野山の微生物が豊富な場所では有害物質の分解も都心部よりも早いのではないかと期待している。
現在50代、あと15年もすれば年金受給者になる。老後は二人の年金を合わせてギリギリなんとかやっていくしかない、多分年金だけでは足りないだろうけれど姉妹どちらかが先に死ぬまで協力しながら生きていくしかない。

