佐藤さんが精神科にかかったのは幻聴が聞こえたことがきっかけだった。
「女の子とおじさんの話し声が何日も聞こえました。
自分のことを精神が図太い奴だとかいう声です」
一般的に統合失調症の幻聴は、自分を責める声が多い。その声に苦しむが、佐藤さんの場合、特に責められているような声ではなかった。
精神科に行きたいという佐藤さんをお父さんはすんなり連れて行ってくれた。同じく統合失調症の弟さんを殴ってしまったこともある。診断がくだり、薬を飲み始めた。
病気にかかって一番つらいことは、症状がひどくない時期でも、薬を飲み続けなければいけないことだという。
「薬をたくさんもらうんです。
だけど、弟も私ももらうとまとめて飲んでしまう。
薬を飲まないと抗議がきます(佐藤さんいわくお祖父さんが頭の中に現れる)。
その(お祖父さんからの)抗議に腹が立つんです。
だけど、観音様の教えの中にお薬を飲みなさいという教えがあります。
お経の中に書いてあるんです。
なので、薬を飲んでいます」
趣味を「宗教」だという佐藤さんとの会話は神様仏様の話が多い。質問に答えてくれるときにも、はじめは筆者に理解ができる回答だ。しかし、話はだんだんとお釈迦様、お大師さんとそれていく。成瀬さんにうかがうと、今は、自宅に訪問看護が入っていて服薬管理ができている。コントミンという薬を飲んでいる。
インド哲学を学んだ成瀬さんは「お経の中にそういう教えはないと思うんですけどね」と苦笑いした。
趣味がお経や宗教になったのは「おびえる」からだと佐藤さんはいう。
「何で怯えるのか分からないけど、怯えてしまう。
だって、声が聞こえて、いきなり体を階段から突き落とされたりするから」
お経を読むと心が落ち着くという。いきなり声が聞こえ、時には突き落とされたり(実際に誰かが突き落としているわけではない。そう感じる)したら、それはこわいだろう。
統合失調症は遺伝的要素があるといわれる。弟さん、そして、最近ではお母さんが発症した。お母さんも家の中で「ほら、仏像が見えるでしょ?」とヘルパーに聞き、それがきっかけで受診につながった。
50歳の再発のときにはご先祖様に祟られるという妄想にとらわれた。それでも、お大師様やお釈迦様を信じることで入院する回数は減った。
「成瀬さんから聞いてくださいよ。私は幸せなんです。成瀬さんやみなさんのお陰で暮らせています」
とりとめのない話だったが、佐藤さんはとても幸せそうな顔で席を立った。