キクチさんは、にこやかに「慣れてしまいました。今では悲しいとも思いません。傷つくことに慣れましたが、なめてはいません」と言った。
キクチさんには現在、妻と幼い子がいる。昨年、キクチさんと家族に対して、殺害予告があったという。警察は安否確認のパトロールをしてくれている。実際に暴行されるなどの事件にならない限り、捜査をしてくれないのが現状だ。できる限り、子どもの送り迎えなどは自分でしている。それが「慣れたけど、なめてはいない」との言葉となっている。
木村さんの一報を読んで、たかがインターネットで中傷されるくらいで、なぜ自殺を考えるほど追い詰められてしまうのか、不思議に思った方もいるだろう。また「自分は木村さんのように有名人ではないから」「フォローワー数が少ないから」と、違う世界の出来事だと感じた方も多いのではないか。だけど、スマートフォンやタブレットで子供から大人まで、インターネットにアクセスできる時代になったからこそ、誰もが被害者に、そして加害者になる可能性がある。インターネットとリアルの世界は地続きだ。今月17日には、木村さんに対し、Twitter上で「いつ死ぬの?」などと中傷した20代の男が書類送検されたばかりだ。
「警察に相談すると、インターネットの書き込みなんか見なければいいと言われました。僕も最初はそう思いました。根も葉もないことなんだし、放っておけば収まるだろうと。だけど、僕はインターネットの中傷をスープの中に入ったハエと例えて話しています。スープの大部分はおいしいんです。だけど、人間は、そのスープの中の異物であるハエに目が行ってしまうものなんだと思います。僕の場合は、運ばれてきたスープが最初からハエだらけだったような状態でした」
キクチさんのように、自身や家族の殺害予告が書き込まれたとき、あなたはそれを「たかがネットの書き込みだ」と冷静でいられるだろうか。
インターネットの誹謗中傷事件に強いといえば、神田知宏弁護士や清水陽平弁護士が有名だ。今では中傷犯の特定のハードルはだいぶ下がっているように見える。キクチさんの被害が一番ひどかった2000年前後はどうだったのだろうか。
「当時は、神田先生も清水先生もまだ弁護士ではありませんでした。なので、値段も高く、相談料は1時間で35,000円。2人の弁護士さんが担当したので、合計で1時間70,000円でした。できる限り自分で調べないと相談料を支払えないので、必死に法律の勉強をしました。今は神田先生や清水先生が出てきたことで、価格が下がりましたよね」
着手金だけで70万円、最高裁まで争えば200万円以上の費用がかかったという。今は、インターネットの中傷者を特定できる弁護士も増えている。相談料も30分5,000円、着手金は25万円ほどとなった。それでもあまりにも被害者側の負担が大きすぎる。原則、裁判費用は敗訴した側の負担となるが、相手に支払い能力がなければ、それらのお金は被害者側の負担だ。中傷されて心に傷を負った上に、犯人を特定するにもさらに経済的な打撃を負う。
お笑い芸人として、目立たなければならないのに、目立つことで中傷の被害が広がってしまうというジレンマに苦しんだという。
「致命的でしたね。イベントやライブの告知のたびに、犯罪予告などを気にしている状態では、充分な宣伝はできない。自分の名前を検索したときに、事件の名前が出てきてしまう。そんな芸人を企業はCMに使いませんよね。人はネガティブなキーワードを気にします」
GoogleやYahoo!などで、人名や企業名を検索すると、サジェスト機能といい、その人物と関連性の高いキーワードが自動的に表示される。現在でも、キクチさんの名前を検索すると、図のようなキーワードがサジェストされる状態だ。
警察には相談していたが「(キクチさんを)本気で殺人事件の犯人と信じている人はいない」、「削除依頼をして様子を見ましょう」、「様子を見ればネット誹謗中傷は落ち着く」「インターネットなんか見なければいい」「有名税だ」と言われ、なかなか取り合ってもらえなかった。警察不信に陥った。