「何で被害者の自分だけがインターネットを使っちゃいけないんだと思いました。自分の頭がおかしいんじゃないかと思った時期もあります。警察のことも恨みました」
当時は周囲にいる誰もが敵に見えたという。電車の中でも変装に近い格好をし、人が自分を見ていると、インターネットの中傷者ではないかと疑心暗鬼となる日々だった。
しかし、2008年8月に転機が訪れる。キクチさんは中野署の刑事課に赴き、やっと組織犯罪対策課のインターネット犯罪に強い男性刑事と出会う。中傷に苦しみだして、9年後のことだった。
「『おかしいのは菊池さんではありません。インターネットであろうと中傷や脅迫は犯罪です。中傷している人間がおかしいです。今まで警察がきちんと対応しませんでした。これは警察の怠慢です。本当に申し訳ございませんでした』と謝罪されて、警察への恨みは晴れました。それでもあの時代に、インターネット犯罪に強い刑事さんに出会えたのは、運がいいことでした」
今でも、インターネットの誹謗中傷に対する警察の対応は遅れている。
しかし、そこから事態は大きく動く。2008年9月から2009年1月までに、キクチさんのブログに対して中傷の書き込みを行った犯人は千人以上いた。最終的に、書き込み内容や犯行回数などが悪質だと判断された、計19人の中傷犯が検挙されることとなる。
だが、その後の書類送検で、キクチさんは、今度は裁く側の検察の無理解に苦しむ。
「『あなたがインターネットを使わなければいい』で終わりでした。試すつもりで担当検事に、摘発された人たちの名前や住所を書き込んでもいいですかと聞くと、検事は『2ちゃんねるは悪いところだからダメだけど、ブログならいい』と言ったんです。隣にいた事務官が目を丸くして驚いていました。インターネットを知らない人がインターネットを裁いている状況がありました」
そして、摘発された中傷者は誰一人、反省などしていなかった。むしろ、自分だけがなぜ警察に捕まったのか、みんな書いているじゃないか、自分はキクチさんより不幸なんだと、身勝手な言い分を並び立て、被害者意識をあらわにした。
「特定された中に、国立大学の職員がいました。その加害者は『お金目当てなんだろう。いくら払えば告訴状を取り下げるんだ』と検事に話したそうで、検事はそのままを僕に伝えてきました。『僕の人生はそんなに安く買えないと伝えてください』と答えました」
刑事さんに反省を口にした数時間後には、また中傷の書き込みを始めた者もいた。誰一人反省していない中、2009年11月、東京地方裁判所は加害者たちを不起訴処分にした。しかし、キクチさんは前に進むために、事件との折り合いをつけた。
そして、昨年、自身が代表となり、インターネットの中傷案件を長年解決してきた、清水陽平弁護士と唐澤貴洋弁護士とともに「一般社団法人インターネット・ヒューマンライツ協会」を立ち上げた。現在は、「中傷加害者を減らすため」に様々な活動を行っている。次回はその取り組みと、インターネットとの付き合い方についてご紹介する。
※インターネットの中傷被害に遭った際の相談窓口一覧
総務省㏋より
https://www.soumu.go.jp/main_content/000720649.pdf