【私が生活保護を受給するなんて!という衝撃】
私は夫と離婚してから数年、生活保護受給をしながら、子どもを育てた。DVにより、私は息子が1歳~2歳の一番大切な時期を、息子と暮らすことができなかった。そのことについては、別の記事で詳しく書きたい。
私が息子を手元に取り戻したとき、息子は夫のネグレクトにより、反応性愛着障害(別名、施設病とも呼ばれるが、特定の大人と愛着形成ができないとかかる精神疾患)を患っていた。大学病院で診断を受けたとき、医師は「お母さん、3つ子の魂100までもと言いますよね。まだ息子さんは2歳。まだ間に合うから、仕事をやめて最低でも3年間、一緒に過ごしてください。じゃないと後々、大変です」とあっさり言った。
私はその時、大手の社会福祉法人で正職員として採用されるタイミングだった。
生活保護は制度として知ってはいても、まさか自分が生活保護を受給する日がくるなんて、想像もしていなかった。なので、医師に「私、就職が決まってるんですよ?どうやって暮らすんですか?両親は離婚してるし、私と子の生活を支えるなんて無理ですよ?」と聞いたくらい、想像もしなかった。
医師は「生活保護を受給してください。あとは病院のワーカーさんに詳しいことは相談してください」とあっさり言い、私は茫然とした。
私、大学まで出て、キャリアも積んできたし。離婚後も生活立て直しのために、パートからスタートして、やっと正職員になれるのに。そんなことばかり考えた。それくらい自分の人生にはあり得ない出来事だと思っていた。
呆然としながらも、病院のケースワーカーさんに相談すると「田口さんが現在、住民票があるX区(東京23区某区)で受給するのがいいでしょうが、福祉が手厚いのはY区なんですよね」と言われる。
私は当時、住民票は実家のX区、実際の住まいは父の同僚のY区に間借りという状態だったので、どちらの区にも申請はできた。なので、私はワーカーさんオススメのY区で受給しようと決めた。
【「ホームレスになってください!!」「はい?!」】
子どもを連れてY区の生活福祉課の窓口へ。
「医師から生活保護を受給するように言われました。だけど、私は今の勤務先で正職員になれるところですし、頑張ったら、子どもと2人で暮らせると思います。何とかならないんですかね?」
私は生活福祉課のケースワーカーさんに、なぜかこんなに頑張ってるから、大丈夫アピールを始めた。それくらい生活保護受給に抵抗があった。
惨めじゃないか。
悲惨すぎる。
私、そこまで落ちてしまうの?
そんな気持ちでいっぱいだった。
だけど、ワーカーさんは優しく「田口さんは今まで頑張ってきたわよね。話を聞いててよく分かりました。だけど、息子さんとの生活を考えたら、ここで生活を立て直したほうがいいと思いますよ。生活保護を受給しましょう!」と言ってくれた。
その時の気持ちは、今から息子を育てながら、通院もしなきゃいけないしホッとした思いと、自分の無力さが情けないのと半々。
そして、残っていたのは住民票がX区にあるという問題。
ワーカーさんは「じゃあ、一回、書類上、ホームレスになってください!」と言った。生活保護だけでも受け止められなかったのに、書類上とはいえ、ホームレス!!
これは役所の方に聞いたのだが、どこの市区町村も、「住まいがない」人は、保護する義務があるそうだ。それなので、ホームレスになれば、Y区は保護しなければならない。そういう提案だった。
後に自分自身が困窮者支援にボランティアで関わり、それがどんなにありがたいことかが分かる。一般的にどこの市区町村も生活保護受給者は増やしたくない。税金で支払われるので、増やしたくないのは当たり前で、こういった場合、往々にしてたらいまわしになりがちだ。だけど、この「一番最初に保護された市区町村」から引っ越す(これを生活保護の移管と呼ぶ)のはとても大変。よほどの事情がない限り、引っ越し費用がかかるし、受け入れ先の市区町村が拒否するので、引っ越しはできない。
なので、どこの市区町村で保護されるかは、とても重要な選択なのだ。






















