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  • 悔しくて悲しくて惨めで、だけどとても幸せだった生活保護受給者の話① ~正社員からいきなりホームレスに!!~

    悔しくて悲しくて惨めで、だけどとても幸せだった生活保護受給者の話① ~正社員からいきなりホームレスに!!~

    【私が生活保護を受給するなんて!という衝撃】

    私は夫と離婚してから数年、生活保護受給をしながら、子どもを育てた。DVにより、私は息子が1歳~2歳の一番大切な時期を、息子と暮らすことができなかった。そのことについては、別の記事で詳しく書きたい。

     

    私が息子を手元に取り戻したとき、息子は夫のネグレクトにより、反応性愛着障害(別名、施設病とも呼ばれるが、特定の大人と愛着形成ができないとかかる精神疾患)を患っていた。大学病院で診断を受けたとき、医師は「お母さん、3つ子の魂100までもと言いますよね。まだ息子さんは2歳。まだ間に合うから、仕事をやめて最低でも3年間、一緒に過ごしてください。じゃないと後々、大変です」とあっさり言った。

     

    私はその時、大手の社会福祉法人で正職員として採用されるタイミングだった。

     

    生活保護は制度として知ってはいても、まさか自分が生活保護を受給する日がくるなんて、想像もしていなかった。なので、医師に「私、就職が決まってるんですよ?どうやって暮らすんですか?両親は離婚してるし、私と子の生活を支えるなんて無理ですよ?」と聞いたくらい、想像もしなかった。

     

    医師は「生活保護を受給してください。あとは病院のワーカーさんに詳しいことは相談してください」とあっさり言い、私は茫然とした。

     

    私、大学まで出て、キャリアも積んできたし。離婚後も生活立て直しのために、パートからスタートして、やっと正職員になれるのに。そんなことばかり考えた。それくらい自分の人生にはあり得ない出来事だと思っていた。

     

    呆然としながらも、病院のケースワーカーさんに相談すると「田口さんが現在、住民票があるX区(東京23区某区)で受給するのがいいでしょうが、福祉が手厚いのはY区なんですよね」と言われる。

     

    私は当時、住民票は実家のX区、実際の住まいは父の同僚のY区に間借りという状態だったので、どちらの区にも申請はできた。なので、私はワーカーさんオススメのY区で受給しようと決めた。

     

    【「ホームレスになってください!!」「はい?!」】

    子どもを連れてY区の生活福祉課の窓口へ。

     

    「医師から生活保護を受給するように言われました。だけど、私は今の勤務先で正職員になれるところですし、頑張ったら、子どもと2人で暮らせると思います。何とかならないんですかね?」

    私は生活福祉課のケースワーカーさんに、なぜかこんなに頑張ってるから、大丈夫アピールを始めた。それくらい生活保護受給に抵抗があった。

     

    惨めじゃないか。

    悲惨すぎる。

    私、そこまで落ちてしまうの?

    そんな気持ちでいっぱいだった。

     

    だけど、ワーカーさんは優しく「田口さんは今まで頑張ってきたわよね。話を聞いててよく分かりました。だけど、息子さんとの生活を考えたら、ここで生活を立て直したほうがいいと思いますよ。生活保護を受給しましょう!」と言ってくれた。

     

    その時の気持ちは、今から息子を育てながら、通院もしなきゃいけないしホッとした思いと、自分の無力さが情けないのと半々。

     

    そして、残っていたのは住民票がX区にあるという問題。

     

    ワーカーさんは「じゃあ、一回、書類上、ホームレスになってください!」と言った。生活保護だけでも受け止められなかったのに、書類上とはいえ、ホームレス!!

     

    これは役所の方に聞いたのだが、どこの市区町村も、「住まいがない」人は、保護する義務があるそうだ。それなので、ホームレスになれば、Y区は保護しなければならない。そういう提案だった。

     

    後に自分自身が困窮者支援にボランティアで関わり、それがどんなにありがたいことかが分かる。一般的にどこの市区町村も生活保護受給者は増やしたくない。税金で支払われるので、増やしたくないのは当たり前で、こういった場合、往々にしてたらいまわしになりがちだ。だけど、この「一番最初に保護された市区町村」から引っ越す(これを生活保護の移管と呼ぶ)のはとても大変。よほどの事情がない限り、引っ越し費用がかかるし、受け入れ先の市区町村が拒否するので、引っ越しはできない。

     

    なので、どこの市区町村で保護されるかは、とても重要な選択なのだ。

     

    「悔しくて悲しくて惨めで、だけどとても幸せだった生活保護受給者の話② ~生活保護を受給しながら起業する~」に続く

  • 発達障害者の自己理解 ~感情のコントロール アンガーマネジメント~

    発達障害者の自己理解 ~感情のコントロール アンガーマネジメント~

     

    発達障害(児)者の特性として、感情のコントロールや自己理解が苦手というものがあります。

     

    NPO法人 コンボさんの原稿にも書いています。

    「他人のことはよく見えるけど、自分のことは見えない」という特性を持つ発達障害者にとり、検査やカウンセリングを通じての自己理解は、とても重要だと思います。就労や、人間関係を継続することが困難になる理由の一つは、自己理解の不足にあると思っています。
    成人の当事者の幼少期には、発達障害という概念自体がなかったので、検査は受けていてもカウンセリングを受け、自己理解を深める機会は少なかったでしょう。
    だけど、「自分が理解できていない自分のこと」を相手に分かって欲しい、察して欲しいと望むことは、不可能です。支援者も、親も、完全に自分を理解してくれるということはありません。自分が伝えなければ伝わらないのです。

     

    こう考えるようになったのも、私自身が過去、自己理解ができておらず、結果的にモヤモヤすることも多く、自分の感情が分からずに心身症を患ったことがあるからです。それなので、私は臨床心理士さんによるカウンセリングを、2年半受けて、徹底的に自己理解と感情のコントロールの方法を編み出した時期があります。

     

    特に人間の感情の中で一番強い感情は

    「怒り」

    だと思います。

     

    そして、感情をコントロールできずないとモヤモヤしたり、人に怒りをぶつけてしまったり、その怒りに何日も捕らわれてしまったり・・・。

  • 写真のように記憶して過去の記憶をバッサリ忘れる「映像記憶」「写真記憶」  ~残せる記憶は選べない~

    写真のように記憶して過去の記憶をバッサリ忘れる「映像記憶」「写真記憶」  ~残せる記憶は選べない~

     

    人は当たり前のように、「自分」を基準にして、それが「普通だ」と思いますよね。だけど、少なくても私は、40代を超えて、色々な人に取材していくうちに、記憶の仕方も多数派の人と違うってことに気づいて、愕然としました。

     

    きっかけは息子が2歳のときに、発達障害と診断されたこと。その際にWAISを受けたことは、NPO法人 コンボさんの原稿にも少し書いています。

     

    そして、そこから4-5年で、自分の記憶の仕方が多数派の人と異なることも知りました。発達障害の人の中に、まれに「映像記憶」「写真記憶」といった記憶の仕方をする人がいます。

    私自身がそうです。

     

    いったい何が変わっているのか。

     

    私は受験勉強でも、暗記科目は大の得意でした。センター試験だと日本史などは、3か月勉強しただけで、200点満点。記憶力には絶対的な自信がありました。

     

    だけど、覚える時は、写真のように覚えていました。なので、思い出すときは、写真を拡大するように「大化の改新の斜め下に書いてあったあの文字」という感じで、日本史をストーリーとしては、全く覚えていませんでした。

     

  • 発達障害(児)者はよく体調を崩す?体が弱い? ~感覚過敏と体調悪化。その対処方法~

    発達障害(児)者はよく体調を崩す?体が弱い? ~感覚過敏と体調悪化。その対処方法~

    この数日、全国的に雨が降ったり、場所によっては大雨洪水注意報や避難勧告が出ていたり、体調を崩している方も多いのではないでしょうか。

     

    私自身も昨日あたりから、生理と低気圧で体調を崩しています。周囲の発達障害当事者の方を見ていても、低気圧で体調を崩している方はとても多いです。しかも、Withコロナ時代となり、触覚過敏でマスクができないで困っているという方もいらっしゃいますね。

     

    自分自身も子も発達障害の我が家は、低気圧のときはひたすら大人しくしています。私は聴覚過敏や視覚過敏があるとはいえ、体調がいいときには気にならずに暮らせる程度です。

     

    だけど、いったん低気圧がくると、頭痛や吐き気ちょっとした物音がうるさい蛍光灯の光がまぶしくてたまらなくてつらいと感じます。

    いつもぐったり。

     

     

    これは体質として、受け入れなければならないのか。

    そう思っていました。

     

    私よりも特性が強い息子は、保育園の頃にはイヤーマフを導入したり色々と試しています。だけど、小学校に上がった今は、イヤーマフをしていません。成長とともに変化したということもありますが、恐らく、息子の体調悪化の原因がはっきりと分かってきたことが大きいです。

     

    感覚過敏が悪化する要因の一番はストレスだと思います。

     

    例えば、息子の場合、合唱の際に「うるさい!」と耳ふさぎをすることが多かったです。だけど、YouTubeの動画や好きな音楽なら、大きな音量でも平気。私がうるさいと思うほど。

     

    保育園の3年間で、合唱は大人数の声だからうるさいのか、はたまた高音だから苦手なのかと散々、園とも試行錯誤しました。ですが、どうもそうでもない。結局は、合唱して間違ったらどうしよう、人前で歌うのが恥ずかしいなど、ストレスを感じると酷くなるということが判明。

     

    「間違っても恥ずかしくない」「みんな間違える」「米津玄師(息子は大好き)もレコーディングで編集しているから、音を外さないのであって、ライブでは外すこともある(実際は米津玄師さんはプロですし、ライブでもそんなことはないと思いますが)」と不安をとりのぞくことで軽減しました。

     

    また、先生にもお願いして、息子が緊張してそうだったら、側にいってもらうなど対応してもらったところ、イヤーマフを使わずに合唱を楽しむようになりました。

  • 「嫌い」を分解すると「嫌い」がなくなる ~偏食のなくし方~

    「嫌い」を分解すると「嫌い」がなくなる ~偏食のなくし方~

    うちの息子は軽度発達障害なので偏食が酷いです。

     

    そして、人よりも「苦手なこと」がいっぱいある。保育園の巡回相談(発達障害などを持つ子どもに対し、専門家が普段の様子を観察し、快適な園生活のためのアドバイスをしてくれる制度)の時に教わった方法があります。

     

    発達障害児に限らず偏食にお困りの親御さんも多いと思うのですが、そんな時には「嫌いの分解」をしてみることをオススメします。

     

     

    例えば、鶏肉。

    「鶏肉が嫌い」

    だと何で嫌いなのか分からない。

    「全体的に嫌い」「漠然と嫌い」という状態。鶏肉には色んな部位があり、食感も部位によって違いますし、皮があるのとないのでは、見た目も違いますよね。

     

    次のページで「鶏肉が嫌い」を分解してみます。

  • 関係者との良い関係の作り方 ~支援者の本音と親の心構え~

    関係者との良い関係の作り方 ~支援者の本音と親の心構え~

    私が住む区では6月1日から、休校が明け、本格的に授業が始まりました。うちの息子は小学校2年生になりましたが、発達障害の子は変化にとても弱い。2日目にして「人が多くて疲れる」と家に帰ると、自閉時間(一人でタブレットや映画に没頭する時間)が増えました。

     

    去年の新学期は、支援学級への進学がバタバタと決まり、親の私もかなり過敏になっていました。

     

    私は子が保育園の頃から、先生を含めた支援者との関係者づくりを大切にしてきました。

     

    周囲のお母さんたちを見ていても、そこで悩んでいる方は多い。発達障害の家族性を考えると親の私たちって、半分は遺伝子が同じですし、自分も発達障害な場合が多い。うちの場合は元夫は完璧に発達障害で、私が診断はつかない程度の発達障害。なので、人付き合いがうまい方ではありません。

     

    そこにきて、支援者・学校の先生・医師と進学が決まるまで専門職の人の言葉で傷ついたという方も多いと思います。私がそうでした。

  • 女性ホームレスたちの実態とは。精神的疾患を抱えている女性が、冬の路上に放置されてしまうのはなぜなのか?(再録)

    女性ホームレスたちの実態とは。精神的疾患を抱えている女性が、冬の路上に放置されてしまうのはなぜなのか?(再録)

    男性に比べて女性のホームレスは非常に少ない。

    それは、比較的女性を優先して保護してきたというのがある。

    僕は20年に渡ってホームレスを取材しているが、福祉のありようはずいぶん変わった。

    現在は「ホームレス生活をやめたい」と思っている人は、基本的に生活保護を受けられるようになった。政府はホームレスをゼロにする計画を立てている。

    しかし、それでも「福祉の世話にはなりたくない」と思っている人が一定数いる。

    彼らを強制的に排除するのは、もちろん良くない。

    そして、そういう人たちの多くは、精神的障害がある人も少なくない。

    女性のホームレスの多くには、特に現実を見失っている人が多く見られた。

    5月28日に発売された拙著『ホームレス消滅』(幻冬舎)では、女性ホームレスの問題にも言及している。

    今回は、以前公開した女性ホームレスに対する記事を、再録したい。

     

    街を歩いていて、ホームレスを見かけたことがある人は多いだろう。ただし、女性のホームレスはほとんど見かけない。女性ホームレスは男性ホームレスに比べて、圧倒的に少ない。政府の発表ではホームレスの3パーセントが女性とのことだ。

     

    女性ホームレスが少ないわけは、女性のみを対象とした福祉制度があるというのも大きい。特に、僕が取材を始めた20年ほど前は、女性のホームレスを選んで保護していた。

     

    その他にも、男性に依存したり、女性特有の職業である性風俗などに身を預けることでホームレスにならずにすんだ人もいる。色々問題はあれど、女性がホームレスにならずにすんでいることじたいは悪いことではない。ではそのような中、どのような女性がホームレスになるのだろうか?

     

    僕が、女性のホームレスを取材してまず感じるのが、会話がなりたたない人が多いということだ。もちろん男性でも、会話が成立しない人はたくさんいる。ただ、割合は圧倒的に女性のほうが高かった。

    上野公園でテント生活をしていた60代くらいの女性に話しかけると、いきなり

    「なにー!! バカにしてるのか!! お前みたいなヤツはいつでも殺せるんだぞ!!そこで待ってろ!!」

    と怒鳴られた。

    そして、女性はテントの中からカマを取り出した。

    「お前なんか殺せるんだからな!!」

    と言って、こちらをジッと睨むので、ほうほうの体で逃げた。
    僕は
    「すいませんお話うかがってよいですか?」
    と聞いただけなので、かなり過敏な反応だろう。

    横浜の寿町の『寿町総合労働福祉会館』(現在は解体された)の駐輪場のあたりで生活していた50代くらいの女性にも同じ様に話しかけると

    「殺すのかー!! 私を殺すのか!!」

    と大声で叫ばれた。

    センターにいた若い男性に囲まれてしまい

    「お前何した? ここで何してる? 殴るぞ?」

    とかなり強い調子で恫喝された。

    当時は、活動家的な若いホームレスの男性がいたのだ。何もしてませんよ、話を聞かせてくださいと言っただけですよと言い訳をするが

    「いや!! 殺そうとした!! 私を殺そうとした!!」

    と隣で怒鳴られるので、弱ってしまった。男性の目はかなり怒りにみちみちていて、本当に暴行されそうだったので、とにかく謝りながら逃げ帰った。

     

    そこまで、攻撃的ではなく、会話もある程度できるのだが、それでも最終的にはコミュニケーションが取れない人もいた。真冬の池袋駅でうずくまるように座っている60歳前後の女性がいたので話しかけると、女性は明るく笑いながら

    「ずっと仕事をしてるんだけど、なかなか終わらなくて、大変なのよ」

    と教えてくれた。

    会話だけを切り抜いたら普通だ。

    どんな仕事をしてるのですか?と聞くと手元に置かれたペットボトルを指差す。彼女の足元にはいくつものペットボトルが置かれていて、その中にはちぎった雑誌やちり紙がみっちりと詰められていた。彼女はずっと、紙をちぎってペットボトルに入れ続けているのだ。それが、彼女の“仕事”だという。他の会話も、少しずつズレていて、ずっと話を聞いていると、平衡感覚がおかしくなったような変な気持ちになった。

     

    大阪の天王寺の歩道橋にいると70歳前後の女性が近くになった。彼女は一人でつらつらと話し始めた。

    「あの時はものすごいありがとうございました。今日は声が出ません。悪い心臓を入れられていますから。アフリカから剥製の心臓をもらう予定ですから。それを交換する予定ですから。アフリカの病院には冷凍された剥製があと何体残っているか医者に聞いています……。5億万兆円もらわないといけません。もらえますか?もらえますか?16億万兆円もらえますか?」

    と繰り返し繰り返し話し続けた。

    ずっと聞いていると、頭がぐんにゃりとしてきた。近くにいたホームレスの男性から、うるさい!!と怒鳴られると、一旦は話がおわるがまたしばらくすると語り始めた。女性がいつか暴力を受けてしまうのではないかと思い、気が気でなかった。

     

    僕がよく通った歌舞伎町のはずれの路上には、いつも倒れて寝ている女性がいた。キンキンに冷えた2月の夜にも彼女は歩道で寝ていた。いつも通りかかるたびに、ドキッとしてしまう。心配になって様子を伺っていると目を覚ましたので、

    寒くないですか? と聞くと

    「寒いですよ」

    と答えた。

    カイロでも買ってきましょうか?と言うと、

    「カイロもありがたいんですけど、できればコンビニの唐揚げのほうが嬉しいです」

    と言われた。少々ちゃっかりしてるなと思いつつ目の前のコンビニで買ってきて手渡す。

    しばらく生い立ちを聞く。

    女性は、若い時から水商売で働いてきたという。店のママをしたり、大衆的な食堂で働いたりしてきたらしい。

     

    「なんて言ったって、朝の4時頃はとても眠たくなりますね。でもお客さんは次から次に入ってくるのです。新宿では客を引かないとお客さんは、入ってきませんよ。区役所あたりのお店でもみんな客を引っ張ってますよ。昭和の時の生き残りの年を取った人もね。遊んでいては暮らしてはいけないからね」

     

    話を続けていると段々、話を理解するのが難しくなってくる。まともな部分もあるが、混乱している部分もある。そこを見極めるのはとても難しい。話し終えると、倒れるようにまた路上に寝てしまった。冬の路上で眠るのはとても身体にこたえる。彼女は数年に渡り、歌舞伎町の路上で寝続けていた。ある日、いなくなっていたがその後どうなったのかは聞いていない。

     

    もしかしたら、救急車で病院に運ばれてしまったのかもしれない。彼女も会話はできるのだけれど、やはりどこか精神を病んでいると思う。または、老化による認知症の症状も出ているのかもしれない。

     

    20年取材する中で、多数の女性のホームレスに話を聞いてきた。精神を病んでいると思われる人はたくさんいた。今回は書かなかったが、もちろん普通にやりとりできる女性もいた。ただし、割合は少なかった。

    あからさまに精神を病んでいる人は場合、路上生活を放置し続けるのではなく、保護施設の預かりにしたほうが人道的だと思う。

    「本人が路上にいたいと言っている」という理由で放置していては、命の危険もある。ただ、もちろん、ボランティアや市職員などが話しかけていると思う。ただ、やはり奇声を上げられてしまい保護するどころではなくなっている場合も多いのだろう。

    また

    「自由が奪われるのがいや」

    「指示されるのに我慢できない」

    などの理由から、保護されるのを強く拒否する人もいる。

    一旦保護施設に入所しても、周りと上手くやっていくことができず、逃げ出してしまうこともある。そういう女性がホームレスを続けている場合も多い。

    もちろん

    「ホームレスだから強制的に無理やり収容する」というのも間違っている。

    ただ、自分が置かれている状況を認識できない人を放置するのはやはり良くない。

    「女性が倒れている」と警察官に報告しても、

    「ああ、あの人はホームレスだからほっておいてくれていいですよ」

    とめんどくさそうに対応されたこともあった。

     

    どう対応すればいいのか、簡単に答えはでない。とても、繊細で、解決が難しい問題なのだが、やはり「めんどくさいから放置しておこう」というのは基本的人権の尊重を無視した行為だと思う。

     

    路上で困っている人たちは、保護施設で受け入れられる体制を整える必要があるだろう。

     

  • アルコール依存症と家庭崩壊 ~子どもが毒親を切り捨てる権利~

    アルコール依存症と家庭崩壊 ~子どもが毒親を切り捨てる権利~

    昨今、ストロング系酎ハイの登場で、アルコール依存症に関する記事をよく見かけます。私にとってはとても身近な問題で、自分の父がアルコール依存症でした。アルコール依存症の父と娘の私は現在、絶縁状態です。

     

    父は大手企業で部長職までになったので、仕事には支障がなかったのでしょうが、家庭では酒乱。酔って記憶をなくすこと(ブラックアウト)は日常で、父がたまに帰宅すると、姉も私も自分の部屋に引きこもり、母は父を刺激しないよう、ひたすら黙っているという家庭で育ちました。

     

    忙しい職種だったので、家族は救われていた部分が大きかったです。

     

    しかし、父が定年退職を迎え、母が離婚を切り出して、両親は熟年離婚します。そこから娘の私は本格的にアルコールに依存となっていった、父の面倒をみることになっていきました。

     

    父が65歳~73歳、私が36歳~43歳までの10年間は地獄でした。

  • ホームレスとアルコール依存症の深刻な関係とは? 酒に溺れ全てを失った人たち

    ホームレスとアルコール依存症の深刻な関係とは? 酒に溺れ全てを失った人たち

    ホームレスになった理由に、「飲酒・ギャンブル」をあげる人は8・9%(ホームレスの実態に関する全国調査)だ。だが、実際取材をしていると、その数字以上に酒によって野宿生活を余儀なくされている人は多いように思えた。

     

    今回は、僕の20年にわたるホームレス取材の集大成である『ホームレス消滅』(幻冬舎新書)から、今回はホームレスとアルコールについて述べている2箇所の部分を公開したい。

     

     

    ホームレスとアルコール

    また、ホームレスに話を聞いていると、アルコールが原因で体調を崩しているケースが多い。2015年夏、荒川の河川敷で、上半身に刺青が入っている、明らかにカタギではない中年ホームレス(50代)を取材した。彼はお腹の真ん中に傷があった。

     

    「俺はここに引っ越してきてまだ3日だもん。その前は山谷で生活してたんだ。酒の飲みすぎで胃ガンになっちゃってさ。胃を取っちゃったんだよ。こないだ内視鏡を入れたら大丈夫だっていわれたよ。ただ、たまに食道が詰まっちゃうことがあるんだよ。そうなったら、氷水をぐぐぐぐっと飲んで入れて、なんとか通すんだよ。そうすりゃまた食べられるんだ。はっはっは」そんな原始的な方法で大丈夫なのか不安になった。

     

    「ガンになる前は、リサイクルやってたんだよ。テレビ、冷蔵庫、洗濯機を拾ってきて、直してね。けっこう儲かってたんだ。テレビの取材とかも来てたんだよ。雑誌で漫画化されたこともあるんだぜ。でもある日、すげえ気持ち悪くなっちゃってさ。ついでにウンコも真っ黒になっちゃった。こりゃちょっとやべえなって思って病院行ったら、ガンだって。女子医大に行ったら、2週間で治療が済んだからよかったけどなあ。はっはっは」ちっともよくはないと思う。

     

    「ガンになったのが3年前。5年間再発しなかったら、もう大丈夫っていわれてるんだけどね。そもそも俺の家は、ガン家系ではないんだけどな。まあ酒飲みすぎたのもあるかもしれないけど、井戸水飲んでたからさ。ピロリ菌が混ざってて、それでガンになっちゃったんじゃないかともいわれたよ。もうガンになっちゃったから、仕方ないから酒もやめてさ。公園の草むしりの仕事とかで地味に食いつないでるよ。オケラだよ、金も何にもないよ~。苦労も何にもないけどな。はっはっは」

     

    なお、病み上がりで暑い所で生活するのはつらくないかと尋ねると、頭痛がすると言い出した。そして「昨日、ウイスキー1本飲んじゃったから。もう調子悪い」と打ち明ける。酒はやめたといっていたのだが。「酒は基本はやめてる。ちょっと飲んだだけだから大丈夫だよ。細かいこと気にしてたら、ガンになるよ。はっはっは」この中年ホームレスは底抜けに明るかったが、話の内容は、そこそこ深刻だ。ただ、彼のように酒の飲みすぎで体調を崩す人は多い。

     

     

    ホームレスの話を聞いていると、真面目なホームレスから「酔っ払い(のホームレス)はタチが悪いから、接触しないほうがいいよ」といわれることがある。たしかに、ドヤ街や上野公園では酔っ払ったホームレスがたくさんいた。僕は酔っ払ったホームレスにも話しかけたが、やはりみんなやたらとタチが悪かった。山谷であった元自衛官だという50代のホームレスには、昼から夜まで延々と付き合わされた。もうお開きにしたいと思っても、終わらせてくれない。いっていることは堂々巡り。

     

    「写真は、腕で撮るんじゃない!心で撮るんだぞ!」などカメラが趣味だというこの男性に精神論を聞かされて辟易した。とにかくベロンベロンになって騒ぐので、出入り禁止 になっているお店も多かった。酔っ払ってのケンカも多く、顔にアザを作っている人も多い。また、酔っ払うと、体温の調整がうまくいかなくなる。冬場でも布団に入っていると暑いので、そのまま外で寝てしまう。そして、次の日に凍死してしまう人もいた。

     

    個人的には、ホームレスにとって酒は害悪でしかないと思う。ただ、多くのホームレスは「そんなこといったって、飲まなきゃやってられないだろう! 酒飲むしか楽しみがないんだ!どうせもう何年かで死ぬんだ、ほっといてくれ」という。そういわれてしまうと、返す言葉がない。

     

    異様な空気を放っていた「いろは会商店街」

    山谷には「いろは会商店街」という大変長い商店街がある。1970年代の写真を見るとずいぶん賑わっているが、それに比べて2000年頃はシャッターを閉じた店も多かった。周辺ではホームレス同士、花札で賭けをしている姿もよく目についたのだが、話しかけると、「見てんじゃねえ」「あっち行けおら」「どらぁおらぁあ」と恫喝されることも多かった。近くには「マンモス交番」と呼ばれる山谷地区交番(現・日本堤交番)があるのだが、賭け花札は無視しているようだった。

     

    なお、マンモス交番という名前は、マンモスのように大きい交番という意味から来ている。後述する要塞のような西成警察署と比べると小さいが、地上4階建てで建物内に駐車場付きのため、交番レベルの建物ではない。この交番は1959年に、山谷地区の環境を浄化するために建てられた。警視庁のホームページを見ると、「交番では、喧嘩や酔っ払いの保護取扱いが多いです」(2020年4月時点)と書かれてある。以前、この交番ができて間もない頃の写真も見たことがある。当時は、ドヤ街は血気盛んで何かあれば暴動に発展しかねないピリピリした空気があったという。1960年の写真では、警察の周りを労働者たちが取り囲んでいた。1020人のレベルではなく桁が1桁、もしくは2桁違う。吉野通りが人で埋め尽くされるほどだ。こんなにもたくさんの人がいて、こんなにも活動的だったんだ、と驚いた。

     

     

    いろは会商店街はアーケードがあって雨風に当たらずに済むためか、夜には多くのホームレスが布団にくるまって寝ている光景が見られた。商店街の入り口に酒屋とお酒の自動販売機があり、そこで酒を買って飲み、泥酔している人が多かった。カップ酒を飲んだ酔っ払いが床にコップを叩きつけて割るので、そこら中ガラスだらけになっていた。第1章でもホームレスにアルコール依存症の割合が少なくないことに触れているが、ドヤ街にいるホームレスはとくにお酒を飲むことが好きである。そして、飲んで仕事を飛ばしたり、酔っ払ったまま仕事に行ったりした結果、手配師から声がかからなくなったといったように、酒のトラブルが発端となってホームレスになったと明かす人も多い。

     

    なお、いろは会商店街の酒の自動販売機はかなり前に撤去されたし、2018年には商店街全体のアーケードも取り外されてしまった。商店街で寝るホームレスはめっきり減ったが、陽光にさらされたシャッター商店街はなんだか、以前にも増して白々しいような雰囲気になっていた。

    (以上、5月28日刊行『ホームレス消滅』(幻冬舎新書 村田らむ)https://www.amazon.co.jp/dp/4344985931より)

     

    【東京23区】障害児者が住みやすい街ランキング 福祉サービス充実度アンケート 実施中

    障害・難病当事者、支援者、保護者の方!ぜひ、ご協力ください!

  • 「発達障害治します」自称カウンセラーにご注意! ~不安に付け込む悪徳ビジネス~

    「発達障害治します」自称カウンセラーにご注意! ~不安に付け込む悪徳ビジネス~

    かつて幼児教室経営者だった私が、幼児教室の経営者仲間の発言を紹介しよう。

     

    「健康食品には『これを買って飲んだら○○が治ります』と宣伝してはならない“薬機法”があるが教育産業にはない。小学校、中学受験を唄っている塾は合格率で客観的評価がされるが受験に特化していない幼児教室は『能力を伸ばします』『自立の目を育みます』と宣伝しても法律違反にならないしそれが成しえなかった場合、責任を問われることはない」

     

    また別の話、知り合いが“ゼクシイ詐欺”という言葉を言っていた。婚活系、結婚雑誌のことだ。

    ・幸せはここからが幸せという線引きはないのに『幸せになれます』と断定
    ・テレビショッピングのように「これは個人の感想です」の注意書きがない。
    ・「離婚率3割の説明」の説明、インフォームドコンセントがない。

     

    「ううん、なるほど…」と唸ってしまった。

     

    子育てや教育の世界は結果、うまく行かなくても文句を言われることはない。教育は目に見えないもの。何年も先になって「あれは意味がなかった」と後悔しても、「効果がなかったので返金してください」とクレームを言う人はいない。自分のせいだと思うからだ。

     

    片づけ本もそうだ。「あなたの書いたようにやってみたが、家は直ぐに散かる!効果がなかった!」と読者からクレームを受けることはない。

  • 精神的疾患や知的障がいを抱えながら路上で生きるホームレスたちの実情。福祉からこぼれてしまった人たち。

    精神的疾患や知的障がいを抱えながら路上で生きるホームレスたちの実情。福祉からこぼれてしまった人たち。

    ホームレスの数は年々減っている。国はホームレスゼロ計画を立てており、年々減っている。僕はホームレスについて20年以上取材してきた。その取材の集大成いえる本、『ホームレス消滅』(幻冬舎新書)を528日に刊行した。

     

     

    ただ確かに、ホームレスはゼロに向かって減少しているように見えるが、しかしいまだに路上生活をしている人がいるのも事実だ。彼らの中には非常に汚い身なりをしていたり、奇行に走ったりする人もいる。そのことに非常に腹を立てる人もいるし、暴行さわぎに発展することもある。だが、彼らの多くは、障がいを抱えていると言われている。以下は、『ホームレス消滅』からの抜粋である。

     

    ボロボロの服を着た臭いホームレス

    ホームレスについて、「汚い」「臭い」というイメージを持っている人は多いだろう。「ボロボロの服を着ていて、近くに行くとひどく臭う」たしかに、街中や電車の中で、そういうホームレスを見かけることがある。ホームレス自身も、30・8%の人が清潔に保つことができないことに困っているという(ホームレスの実態に関する全国調査[以下・生活実態調査])。

     

    僕が取材した限りでは、ホームレスの圧倒的多数は、普通の身なりで臭いもキツくない。公衆トイレの洗面台を利用し、カミソリで毎日ヒゲを剃っている人もたくさんいる。髪は伸ばし放題のドレッドヘアという印象があるかもしれないが、多くの人は無料でヘアカットをしてくれるボランティア団体を利用する。フリーランスの僕なんかよりも、身なりに気を配っているわけだ。

     

    これは、ホームレスが、廃品回収以外にも、建設日雇い、転売業者が転売する品物やチケットを買うための「並び」、街中での看板持ちといった仕事を請け負うこととも関係しているだろう。あまりに汚い身なりだと、日雇いの手配師のワゴン車にも乗せてもらえず、仕事がもらえないのだ。仕事が欲しければ、ある程度清潔にしておかなければならない。なお、都市部の駅近くで、雑誌「ビッグイシュー」を路上で掲げて売っているホームレスを目撃したことがある人も少なくないだろう。あの仕事についている人については、身なりはかなり清潔でなければ商売にならない。

     

    しかも、一度ひどく汚れてしまうと、銭湯やサウナなどの入浴施設にも立ち入りを拒否される。以前、雑誌の企画でお世話になった不衛生だったホームレスの男性と銭湯に行ったことがあったのだが、立て続けに断られた。数軒回って、お願いし、やっと入れてもらった。しかし、番頭に「身体をしっかり洗ってから湯船に入ってください」と強くいわれた。

     

    ただし、身体からすえた臭いを周囲に撒き散らしているホームレスもいる。たとえば、2000年前後には、西武池袋線の池袋駅の改札近くにボロボロな服を着たホームレスが毎日座っていた。当時、僕は池袋駅をよく利用していたのだが、彼の髪やヒゲは伸びっぱなしで、衣服には穴が開いていた。しかも、たまに靴を脱いで足の指にこびりついている垢を取っていた。その時は、鼻が曲がるほどの強烈な臭いが、辺りに漂った。 口元を押さえて走り去るOLもいた。

     

    また2005年、高田馬場駅の戸山口の近くにもボロボロな服を着たホームレスがいた。彼のズボンは股の間が破れていた。駅前に彼が立っていると、あからさまにペニスが見えている時があり、みんな顔をしかめて横を通り過ぎていた。彼自身に悪意があったのかどうかはわからないが、「絶対、知ってて露出しているニヤニヤ笑って気持ち悪い! いなくなってほしい」といった類のことを女性がいっているのを、何度か耳にした。

     

    このような人は今でも見かけることがある。2019年春にも、中野駅の北口でボロボロの衣服を着た推定70代のホームレスが、異臭を撒き散らしながら通行人が食べているたこ焼きを恵んでもらおうとしていたのを目撃している。彼はヨダレが始終口から出ており、 駅近くのベンチで座っている男性のジーンズにそれを垂らしてしまい、舌打ちされていた。 案の定、誰も彼に食べ物を与える人はおらず、諦めたのか、駅とは逆の方向に去っていった。

     

    このようなホームレスは悪目立ちするため、皆の中で「ホームレスは汚い」「ホームレスは臭い」というイメージが定着してしまうのだ。しかも、この中には、攻撃的な奇声をあげたり、ゴミを周囲に撒き散らしたりするなど、迷惑行為を頻繁にする人も一定数おり、「ホームレスは怖い」「ホームレスは迷惑」といったイメージまで持たれてしまう。

     

    ホームレスと障害

    では、都市周辺に住んでいれば一度は見たことがあるだろう、周囲に悪臭を放つホームレスは、なぜあのようになってしまったのか。ホームレスを取材してきた僕の答えは、彼らは脳か心に何かしらの障害や疾患を抱えているからではないだろうか、というものだ。

     

     

    こういった人の多くは、声をかけても、会話の受け答えができない。また受け答えができたとしても、支離滅裂なことをいう人も多い。たとえば、上野公園にいた全身ボロボロの服を着た70代後半に見えるホームレスは、「自分は四国の会社の社長をやっている。人材を求めて上野に来た。なかなか人が見つからないから困っている。よかったら、あんた働くか?」と真顔で僕をスカウトしてきた。ホームレスは取材に対して軽度な噓をついたりホラを吹いたりする人が少なくはない。しかし、後日、同一人物に話を聞いた際も、同じ内容の話をしていた。どうやら、本気でそう信じ込んでいるのだ。ボロボロの身なりでファストフード店から廃棄されたポテトを食べている自分と、社長である自分が、矛盾せ ずに同居しているのがとても不思議だった。

     

    こういった人は、認知症や統合失調症といった精神的疾患を抱えたり、アルコール依存症が進んで幻覚を見る離脱症状などが出ていたりする可能性が非常に高いと推測できる。これは僕の憶測だけではない。日本においてはこの手の話はタブー視され、無視されてきたため、長らく調査も行なわれていなかった。しかし、2009年、野宿生活者の支援をする精神科医の森川すいめいが東京・池袋で168人のホームレスを対象に行なった調査によれば、そのうち1015%の人が精神障害を抱えている疑いがあり、19%の人がアルコール依存症と判断された。

     

    さらに同調査ではIQが70未満の人が34%もいたという結果も出ている。ウェスクラー式の知能検査(WAIS―III)によれば、IQ70未満は「精神遅滞」と診断され、知的障害がある判定基準のひとつとなる。出現割合は2・2%とされているため、森川の調査の34%という数字がいかに高いかわかるだろう。

     

    同じような調査結果は他にもある。2014年、全日本民医連の精神医療委員会が研究者とともに行なった名古屋市内の路上生活者114人の精神保健調査でも、対象者の34%に知的障害があり、 42%に統合失調症やアルコール依存症など精神的疾患があることがわかっている。つまり、ホームレスの少なくない人が、精神的疾患や知的障害を抱えているというのだ。しかも、こういったホームレスの中には、特別支援学級に通った経験もなく、障害者手帳を持っていない人も多い。生活実態調査によれば、ホームレスの中で、障害者手帳を持っている人は1・6%、以前に持っていたがなくした人が1・3%と、合わせても2・9%しかいない。つまり、可視化されていない障害者がたくさんいるのだ。そんな中で、 仕事もなかなか得られず、自力で生活していくのもままならない。日常会話もできず、不衛生で体臭がきつければ、ホームレスの仲間もできない。ホームレスの中でも、孤立してしまうのだ。

     

    なお、国・自治体が行なうホームレスのアンケート結果を本章(※本書の第1章のこと)では多く引用しているが、調査員がコミュニケーションの難しいこのようなホームレスにアクセスしているのだろうか。もし調査から溢れていたら、国・自治体の調査結果にすら、彼らの状態は正しく反映されていない。

     

     

    僕は、他人に極度に迷惑をかけていなければ路上で生活するくらい自由にさせてあげればいいと思っている。しかし、精神的疾患や知的障害を抱えた結果、仕方なくホームレスになっているのだとすれば、それは、ホームレスというよりも、単に福祉からこぼれてしまっている人だ。「汚い」「臭い」と周りに思われてしまうホームレスの少なくない人が、このような人ではないかと思っている。

     

    彼らが事故に遭遇したり犯罪に巻き込まれたりする可能性は高いだろう。彼らの場合は、一刻も早く保護して路上生活から脱出させるべきだと思うのだが、皆手を差し伸べないし、 街の安全を守る警察官も見て見ぬふりだ。そのため、2020年代の今も、こういったホームレスが路上でさまよっている。
    (以上、5月28日刊行『ホームレス消滅』(幻冬舎新書 村田らむ)https://www.amazon.co.jp/dp/4344985931より)

     

  • 病院や買い物に行くことすらままならない ~重度障害児の母たちの過酷な現状~

    病院や買い物に行くことすらままならない ~重度障害児の母たちの過酷な現状~

    今回は、NPO法人 ガブリエル 理事長の松尾 由理江さんにインタビューした。NPO法人 ガブリエルは、目黒区やその周辺地域で主に医療的ケアが必要な子供たちのために、居宅介護や、移動支援、相談支援などを運営している。

     

    ※ 新型コロナウイルス感染防止のため、ビデオ通話でのインタビューを行いました。

     

    【自分も同じような生活をしていたかも】

    田中:まず最初に、ガブリエルを立ち上げようと思ったきっかけを教えてください。

     

    松尾:私には、4人の子どもがいるのですが、3人目の子どもを生後2日で亡くしています。

    その子は、横隔膜ヘルニアという病気があり、無事に成長しても、寝たきり状態だったと思います。

     

    その後、相談専門員として働いていて、医療的ケアが必要な重度の障害者のお母さんたちと話していく中で過酷な状況を知りました。そういう子どもたちのお母さんって、一日中子どもにつきっきりで、自分が病院や買い物に行くこともままならない。一方、子どもたちも学校に行けず、ずっと家の中で過ごしている。そんな生活、人間らしくありませんよね?

     

    もし、3人目の子どもが生きていたならば、私自身もそういう生活をしていたと考えると、いても立ってもいられなくて。何とかしたくて10年ほど前から準備をしていました。

     

    田中:10年前から⁉ 相談支援専門員として働きながら、ご準備をされていたのですね?

     

    松尾:そうですね。平日は、相談支援専門員として勤務しながら、土日には研修などに参加しながら勉強する生活を4年ほど続けていました。

     

    【「私が頑張って育てないと!」親の気持ちを優先する支援】

     

    田中:現在、目黒区にはどれくらいの医療ケア児がいるのですか?

     

    松尾:正確な数字は把握できていませんが、約45名ほどいらっしゃいます。その中でも多いケースは、口頭軟化症などの合併症があり、口からミルクや食事を摂ることが出来ない子達です。そういう子供たちは、鼻からチューブを入れて生活しています。

     

    田中:正確な人数を把握できない理由はありますか?

     

    松尾:区の障害福祉課が把握しているのは、公的な福祉サービスを利用しているご家庭の数のみだからです。

     

    田中:ということは、医療的ケア児を育てているご家庭の中には、福祉サービスを利用しない方もいらっしゃるということですか?

     

    松尾:生まれたばかりの赤ちゃんや、引っ越してきたばかりの人はもちろん、お母さんたちの中に「私が、頑張って育てなければ!」と、公的なサービスを利用しないという方もいらっしゃるんですよ。お母さんならではの気持ちですよね。

     

    田中:でも、医療的ケアが必要なお子さんのお母さんたちは休む暇もないんですよね?ヘルパーさんに来てもらうとか、公的なサービスを利用する方が、親御さんもやすめそうなのに。松尾さんたちは「こういうサービスがありますよ」など、提案することはないのですか?

     

    松尾:私たちは、お母さんの気持ちを優先したいと考えています。お母さんが「一人で育てたい」という場合には、見守ります。「一人では難しいかも」と相談があったときには

    手を差し伸べます。

     

    田中:手を差し伸べてあげることは簡単だけれども、一番大切なのは、お母さんが「どのように、自分の子どもを育てていきたいか」という気持ちですもんね。