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  • 子どもにムカついたっていい ~子にイライラして叱る時は  自分はダメな親だと責めてる時  その自責の気持ちを子供にぶつけてる。それだけであなたは立派な親~

    子どもにムカついたっていい ~子にイライラして叱る時は 自分はダメな親だと責めてる時 その自責の気持ちを子供にぶつけてる。それだけであなたは立派な親~

    新型コロナウィルスで臨時休校になったかと思えば

    いきなり授業再開、そして短い夏休みのお知らせを知って

    正直、うんざりしている親御さんも多いのではないでしょうか。

     

    少し前に、小学校2年の息子の個人面談がありました。

     

    会社がテレワークで仕事をしていても、子どもがジッと待っていてくれるわけではありません。

    そして、臨時休校が明けたら慌ただしい毎日。

    やっと生活が落ち着いたと思ったら短い夏休みで

    また生活のサイクルが変わり、子どもと過ごす時間が増えます。

     

    子どもが家に長時間いると叱ってばかり。

    「叱ってばかりでダメな親だな」と重い気持ちで面談に行きました。

     

    支援学級の担任の先生から

    「息子君はこんな感じでとても頭がいい子なわけですが

    私は臨時休校明けから3回くらいムカつきました。

    お母さんもムカついてもいいんですよ」

    って言われて

    涙が出そうになりました。

     

    子どもにムカつく。

    ダメ親な気持ちになりませんか。

    だけど、特に小学校低学年以下の子どもを抱えている親御さん

    子どもにムカッとくることは絶対にあると思うのです。

     

  • 発達障害グレーゾーンの学校選び~支援学級か通級学級か普通学級か。ひきこもり当事者の二次障害に苦しむ声~

    発達障害グレーゾーンの学校選び~支援学級か通級学級か普通学級か。ひきこもり当事者の二次障害に苦しむ声~

    今、どこの自治体でも、就学相談が始まっているのではないでしょうか。就学相談の結果、子どもにとってどの学級が合っているのか、悩む親御さんも多いと思います。これは昨年、就学相談を受け、ギリギリまで悩んで支援学級を選んだ我が家のケースです。

     

    うちの息子は、DQはグレーゾーンを少し超えているけれども、集団行動が苦手で普通学級に適応できるかできないかというギリギリのラインでした。就学相談を経て、判定は支援学級相当。この判定もかなり割れました。就学判定委員は専門家6名ほどの面談や行動観察で、決定するのですが意見は半々だったと聞きました。

     

    グレーゾーンの難しさは、知的には何も問題がなくとも、適応できる場面と発達障害の傾向により適応できない場面があり、それがメンタルの状態(ストレスが高いとか、緊張しているとか)にかなり影響されることだと思っています。

     

    息子の場合も保育園は一般の子と一緒に生活していて、周りの子に合わせることも、一緒に過ごすこともできる。だけど、行事など、日常と違うことがあると途端に不安定になり、多動気味になる。周りの子よりも一声多く必要。

     

    その「一声多く必要」なところが、就学委員では「支援学級の方が安心では」という判定につながった。

     

    教育委員会からは「普通学級を選ぶこともできますよ」と言われ、就学相談から半年は迷い続け、最終的に2月になって、支援学級を選ぶことにしました。

     

    専門の方から「お母さんは偉い!みんな普通学級に行かせたがるのに、よく決断しましたね!」と言われただけど偉いのでしょうか?

     

    私にあまり偏見がなかったから 息子の特性に向き合ってきた結果、出した結論に過ぎないと自分では思っています。

  • 支援者と闘うのに疲れたあなたに ~闘わない道もある。感謝はプラスの連鎖につながる~

    支援者と闘うのに疲れたあなたに ~闘わない道もある。感謝はプラスの連鎖につながる~

    今年は新型コロナウィルスによる休校で入学・新学期が遅れ、小学校2年生のわが子もやっと新生活に慣れてきました。

     

    今回は私が闘うのをやめたお話です。

     

    息子が発達障害の診断を受けたばかりの2歳の頃、私は受け入れたくない気持ちと混乱、そして、受容を求める・支援につなげようとする全ての関係者・支援者が敵に見えました。

     

    「あなたたちは他人事だから簡単に受容しろという」

    「あなたたちは簡単に療育のレールに乗れというけど、私はまだ息子の障害を受け入れられてすらない」

    そんな気持ちでいっぱいでした。

     

    そこからはとにかく「闘った」。無理解や支援の少なさに対し、怒りをぶつけて誰にでもファイティングポーズでいた。

     

    けど、ふと、闘うのに疲れたのは、息子が3歳になり、保育園に入園したころでしょうか。

     

    だって「不満」を「怒り」という形でぶつけても何もいい方向に進まないから。煙たがられるだけだから。相手もファイティングポーズをとってしまうから。

     

    もう闘いたくない

    そう思いました。

  • レスパイトケア(乳幼児や障害児・者、高齢者などを在宅でケアしている家族を癒すための休暇)の必要性

    レスパイトケア(乳幼児や障害児・者、高齢者などを在宅でケアしている家族を癒すための休暇)の必要性

    「レスパイトケア」という言葉はあまり聞きなれないかもしれません。

    乳幼児や障害児、高齢者などを在宅ケアしている家族を癒やすため、一時的にケアを代替し、リフレッシュを図ってもらう家族支援サービス。施設への短期入所や自宅への介護人派遣などがある。(コトバンク 参照)

     

    うちの息子は、軽度発達障害ですが、月に一週間、自治体のレスパイトケアを利用できます(これはとても恵まれているかもしれません。交渉の末、特例で一週間になっています。自治体の方にとても感謝しています)。日本人はとても真面目で勤勉なので「家族のことは家族でみるのが当たり前」という意識が強いと言われています。なので、レスパイトケアはあまり浸透していないのが、現状だと思います。

     

    あいである広場では障害児者・医ケア児の介助の現状を取材していますが、過酷な状況に置かれている方が多数います。

    病院や買い物に行くことすらままならない ~重度障害児の母たちの過酷な現状~

     

    私はレスパイトケアを受けられる前はうつ状態になりました。息子が2歳~3歳の頃は、多動が酷く、全く気が休まらなかったし、祖父母ですら持て余すので、1人で抱え込んでいました。一時期ボランティアで相談に載っていましたが、介護でも介護疲れでうつ状態となる方はとても多いのです。

     

    「きちんと眠れていますか?」

    「突然、涙が出たりしませんか?」

    と伺うと、皆さん

    「よく眠れません」

    「死にたくなって涙が出ます」

    とおっしゃられる。

  • 支援者に怒りをぶつけ続けると必要な支援が受けられなくなる理由 ~支援者の本音と当事者・親の怒り~

    支援者に怒りをぶつけ続けると必要な支援が受けられなくなる理由 ~支援者の本音と当事者・親の怒り~

    発達障害と診断された我が子も今年で小学校2年生。

     

    この数年、ホントに色々ありました。多動が酷かった年少の頃の息子を保育園に預けるなんて、迷惑、母親失格、そんな気持ちで入園したのを思い出します。

     

    「発達障害」

    と診断を告げられたからってすぐに受け入れられたわけでないです。

     

    いわゆる障害の受容には時間がかかりました。診断された時には周りの人が全て敵に見えました。それくらい、子の障害を受容するのは、親にとって辛いことだと思います。

     

    また自身が当事者だった場合も、いきなり「障害者です」と言われてもすぐには受け入れられないでしょう。

     

    私自身もWAISを受け、特性があることが分かりましたが、納得できた部分もありますし、戸惑い受け入れられないという思いもありました。

     

    写真のように記憶して過去の記憶をバッサリ忘れる「映像記憶」「写真記憶」  ~残せる記憶は選べない~

    そんな状態だった私が、どうやって支援者・関係者と付き合っていったか今回は書きます。

  • 発達障害の家族性 ~子どもが発達障害ならば、かなり高確率で親も発達障害の傾向がある。親が検査を受けるメリットとは~

    発達障害の家族性 ~子どもが発達障害ならば、かなり高確率で親も発達障害の傾向がある。親が検査を受けるメリットとは~

    子供が発達障害と診断されました

    とおっしゃっている親御さんは多いけれど

    「自分も検査しました」

    という親御さんは少ないなとこの数年、ずっと思ってきました。

     

    ライターとして発達障害者支援について取材していると

    お医者さんもサービス事業所の方も思っている。

    そして、メディアの立場としてよく使うのは

    「発達障害の家族性」という言葉。

    要するに、やんわりと

    「子どもが発達障害なら家族の中にも同傾向の人がいますよね」

    と言ってるわけです。

    それくらい、親御さんにも傾向があると思っても

    指摘しずらい。

     

    取材の中で

    「親御さんも発達障害だと思って見ているけれど

    指摘できない」という声をよく聞きました。

     

    私自身は息子のカウンセリングをしてくれた臨床心理士さんが

    大人のカウンセリングもしていたので

    WAISを受けています。

     

    息子のカウンセリングのフィードバックを聞いていて

    「これって私にも当てはまる」

    と思っていた私は、やはり息子と同じく

    発達障害グレーゾーンでした。

     

    その検査結果を持参して、病院を受診したけれども

    医師の見解は

    「日常生活で不便を感じてないんだし

    会社員としても適応できていたのだし

    障害ではない」

    ということで健常者診断が下りました。

     

    数値上は限りなく発達障害者なんですね。

    環境が良かった。

    それだけの差です。

     

    けど、私自身に凹凸があるし、傾向があるので

    自己理解につながりました。

    発達障害というのは、自己理解が難しい障害。

    要するに「自分は発達障害ではないか」って疑えない

    障害です。

  • 新学期やコロナの影響で疲れてるのは子だけじゃない ~全国のお母さん、自分をいたわりましょう!~

    新学期やコロナの影響で疲れてるのは子だけじゃない ~全国のお母さん、自分をいたわりましょう!~

    今年は新型コロナウィルスの影響で休校期間が明け、遅くスタートした新学期、新生活にやっと慣れ、私はドッと疲れが出てきました。長引く梅雨の最中だということもあり、体調を崩している方も多いのではないでしょうか。

     

    小学校2年生の息子は支援学級2年生。1年生の前ではしっかりお兄さんをしながらも家に帰ってくると、夕飯を食べて寝てしまうことも多いです。慣れない環境で多動気味になっている子どもの相手で、私もすっかり疲れがたまり、そろそろレスパイトステイ(介護休暇)で子どもをショートステイに出すことを考えています。

     

    ちょっと体調を崩したので、病院を受診しました。子どもが発達障害だということは内科の主治医に言っていませんでしたが、気分が落ちていることもあり、育児の愚痴をもらしました。

     

    「息子さんが発達障害ですか。今の時期、健常児のお母さんだって大変な時期なのに、手がかかる発達障害児のお母さんは軽いうつになっていることも多いですよ。お母さんにも軽いうつの兆候が出ています。けど、目を見たら分かりますが、お母さんは新学期を乗り切れば大丈夫!お薬は出しませんね。ただ、睡眠薬はお守り代わりに出しておきますね」と言われて、自分が疲れていることに初めて気づいたんですね。

     

  • 「普通」は存在しない ~ありもしない「普通」にとらわれないで。転職しただけで「普通」「常識」はくつがえされる~

    「普通」は存在しない ~ありもしない「普通」にとらわれないで。転職しただけで「普通」「常識」はくつがえされる~

    息子や自分自身が発達障害の診断を受けて2年くらい悩んだ「普通」問題。

     

    「普通はこうだよね」

    「普通の子はこうするよね」

    そんな言葉に振り回されて、ありもしない「普通」を追い求めていました。

     

    「うちの子は普通じゃない」

    「普通の子はいったいどんな子?」

    「私の普通は他の人とずれているのか」

    って。

     

     

    息子はグレーゾーンの発達障害なので、余計にそうでした。外見上は「普通」に見えるから。「普通の子だよ」とよく言われました。

     

    2~3歳の頃に多動傾向が激しかった息子は、療育センターに通いながら保育園に加配の先生がついて通うという状態でした。

     

    そこである時

    「普通の子ってどんな子なんですか?」

    と関係者に聞いてみた。

     

    療育センター

    「みんなが走り回っている中で座っていられるのが普通」

    保育園

    「みんなが走り回ってても、座りだしたら、周りの様子を見て座るのが普通」

    塾関係者

    「教師がなめられた瞬間、健常だろうと全員走るのが普通」

    との回答でした。

     

    関係者の中で3つの「普通」が存在したのでした。その瞬間、ありもしない「普通」にとらわれることが、ばかばかしくなりました。

  • 「グッズに頼るな 慣れさせろ」系支援者の害 ~だったら、自分も手帳やスマホを使うな!~

    「グッズに頼るな 慣れさせろ」系支援者の害 ~だったら、自分も手帳やスマホを使うな!~

    発達障害で、感覚過敏のある息子は、温かいお湯が大嫌い。顔にかかるのが大嫌い。顔にかかったら大騒ぎ。

     

    そこでずっとシャンプーハットは欠かせない存在でした。今のシャンプーハットはこれ。

     

     

    だけど、入浴支援を事業所に頼んでた時期(1年ほど)シャンプーハットをやめた時期がありました。

     

    ヘルパーさん数人に「いつまで経ってもシャンプーハットを使っていたら、シャンプーハットなしではシャンプーできませんよ!」と言われたので、そんなものかと思ってシャンプーハットをやめた時期がありました。

     

    けど、結果的に息子はシャンプー大嫌いに拍車がかかって、より入浴嫌いに。入浴拒否が悪化したんです。

     

  • 発達障害者の人付き合い ~白黒思考からの抜け方。「好き」「嫌い」だけではなく中間を作ろう~

    発達障害者の人付き合い ~白黒思考からの抜け方。「好き」「嫌い」だけではなく中間を作ろう~

    発達障害グレーゾーンの私は、気づくまでの35年近くは、人付き合いを極端に分けていました。

     

    発達障害の特性として、曖昧な表現や指示が苦手、抽象的な概念を理解するのが苦手というものがあります。

     

    白黒はあってもグレーはない。こんな感じです。

     

     

     

    この「白黒思考」で人間関係をとらえていた時は、白の部分の「付き合える(親しくしたい!)」人たちのことはとことん信じるし、その分、裏切られたと感じたら、ものすごくダメージ。

     

    傷ついてばかりいたんですね。

     

    当然、そこで人間関係は切ってしまいます。

    何せグレーがないから。

     

    「好き」か「嫌い」の二択だし

    「付き合えるか付き合えない」かの二択。

     

    だけど、検査を受けて自分の傾向を知った後、臨床心理士さんと一緒にどうしたら白黒思考から抜けられるかを考えました。

  • 悔しくて悲しくて惨めで、だけどとても幸せだった生活保護受給者の話③ ~生活保護の即時廃止と泣いてくれた役所の人たち~

    悔しくて悲しくて惨めで、だけどとても幸せだった生活保護受給者の話③ ~生活保護の即時廃止と泣いてくれた役所の人たち~

    そして、数年後。

    私が生活保護を抜ける日が来た。

     

    色々な方たちの助けがあって、泣いたり笑ったりしながら、過ごした数年間。それだけあたたかい環境だったからこそ、生活保護を抜ける時には、不安も大きかった。だけど、生活福祉課の女性課長さんが「いいじゃない。田口さんは今、何も失うものはないじゃない!食べて行けなかったら、また保護せざるを得ないんだし。これからは得ることばかりよ!何も怖くない!」と背中を押してくれた。

     

    生活保護はこちらが「抜けたい」といったところで、打ち切ってもらえるというものではない。生活が安定していること、一定期間、安定収入があることが確認できないと、打ち切ってはもらえない(様子見の期間が約半年)。

     

    私の場合、その条件を満たしたので、即時廃止となった。

     

    その時はうれしくて、役所のお世話になった方たちに、通知書を持って挨拶に行った。「よく頑張ったね!」と抱き合って涙を流してくれる職員さんもいた。

     

    一番嬉しかったのは、国民健康保険証を受け取ったときだった。これで、子どもが熱を出したときでも、一番近くのお医者さんに行けるんだ!何度も保険証を確認しては、涙を流した。

     

    今、私はこうやって編集長として働いているけれど、それも全てはY区と善意から助けてくれた人たちがいたから。

     

    その数年間の経験があるから、私は何があっても、乗り越えて行けるし、人の温かさを知った。私のケースはかなり特殊なケースかもしれない。だけど、生活保護はセイフティーネット。なので、死を考える前に、恥だと思わずに、受給して欲しいと思う。

  • 悔しくて悲しくて惨めで、だけどとても幸せだった生活保護受給者の話② ~生活保護を受給しながら起業する~

    悔しくて悲しくて惨めで、だけどとても幸せだった生活保護受給者の話② ~生活保護を受給しながら起業する~

    【そして、役所の職員さんも含めたお芝居が始まる】

    とても優しいY区のワーカーさんたちは、私を戸籍住民課に案内してくれた。「今からホームレスになってください」ってホームレスって実家があっても、なれるもんなんだととても驚いた。戸籍住民課では「住民票はホームレスなのでどこでもいいですよ」と言われる。「ホームレスの人って、住所どこにするもんなんですか?」と聞くと「役所が一番多いですね」と言われたので、Y区の区役所に住民票を移す。書類上のホームレス母子が誕生した瞬間だった。

     

    そして、生活保護のワーカーさんに「田口さんの状況からして、母子生活支援施設に入所して、生活を立て直すのが一番だと思います。なので、保護される当日は、とにかく家がないと言ってください。田口さんは今から実家からも居候先からも追い出され、行き場がないホームレスです。手荷物だけ持って、お子さんを連れて役所の窓口にきてください」と言われる。

     

    なぜ、そんなお芝居が必要だったかというと、母子支援施設というのは、入所の審査やハードルが高いからなのだ。DV相談実績や裁判所からの保護措置命令があるなど、必要書類がいっぱい。だけど、緊急で駆け込んできた母子に対しては、緊急保護措置がある。手元に戻ってきたばかりの病気の息子を抱えた私には、そんな手続きをしている余裕はない。なので、「お芝居で乗り切る」という提案をされた。

     

     

    【緊急保護され母子生活支援施設へ】

    当日は、打ち合わせ通り「家がありません」と息子とホントに少ない身の回りの荷物だけを持って、生活福祉課へ。事前に打ち合わせていたので、あっさりと母子生活支援施設へと連れて行かれる。もう17時を回っていたので、周囲は暗く、タクシーに乗りY区の母子生活支援施設へ向かう道がさっぱり分からない。どこに行くのか、母子支援施設ってどんなところなのか、全く分からない状態で、不安で仕方がなかった。

     

    到着したのは、一見、普通のマンション。いや、はっきり言って、今住んでいるマンションよりよほど立派できれいなマンションです。職員さんたちに迎えられ、3LDKの緊急保護室(家具家電は全て完備)に案内される。

     

    生活保護を受給するんだから、お金があっちゃいけない(実際は所持金ゼロ円である必要はない)と思った私は、現金をほとんど持っていかなかった。

     

    その日の夜は、災害用のアルファ米を渡される。水でふやかすだけで食べられるお米、アルファ米。毎日食べ続けるのは厳しいし、子どもは食べなかったけれど、お腹はいっぱいになった。そして、ふかふかの布団に息子と眠ろうとしたとき、心底、ホッとした。この子と生活を立て直せるんだ。別居中、弁護士費用や身の回りのものを買うお金を稼ぐに必死だった私は、心身ともに疲れ切っていた。

     

    翌日には生活保護支給の決定がされ、私と息子は新生活をスタートした。

     

     

    【一番惨めだと感じたのは保険証がなかったこと】

    生活保護を受給すると保険証は返還しなければいけない。私が自分は生活保護受給者だと思い知らされ、惨めだと感じたのは医療機関にかかるときだった。生活保護受給者は、医療券というものを発行され、生活保護受給者を受け入れてくれる医療機関でのみ受診できる。

     

    例えば、家の隣にある小児科でも、そこが生活保護受給者を受け入れていなければ、受け入れてくれる遠くの病院まで行かなくてはいけない。役所にはその医療機関リストがあり、受診しようとすると、まずはケースワーカーさんに相談する。そして、医療券を発行してもらい、受診する。そこで露骨に差別されることはなく、どこの医療機関の先生も優しかった。ただ、保険証ではなく、医療証を差し出すときに、胸がチクッと痛んだ。

     

     

    【生活保護を受給しながら起業する】

    生活保護受給者が就職するために必要とする資格取得・技能習得費用については、資格取得費が臨時的に支給される。

     

    詳しくは下記サイトを読んでいただきたい。

    https://seikathuhogomanabou.com/sikakusyutokuhi/

     

    私は大学を出ていること、正社員としてのキャリアがある程度あったこと、英語を話せることなどで、支給してもらえなかったけれど、必要な人には就職に必要な資格取得費用が出る。私の場合はそのかわり、知人が翻訳学校の学費を出してくれ、区は特例でそれを収入認定しなかったので、翻訳学校に通った。

     

    また、驚かれると思うけれど、生活保護受給中だろうと、母子生活支援施設にいようと個人事業主として開業はできる。私は施設に入所して1か月ほどで、インターネット回線とゼロ円パソコンを使って、個人事業主として起業した。働きたくて仕方がなかった私、焦る私に、ワーカーさんは「働きだすことはいつでもできるから、今は息子君の側にいてあげることを最優先にしてください」と言ってくれた。

     

    なので、在宅ワークでライターとして細々と仕事をするにとどめたけれど、のんきな私は「家賃(固定費)がかからないで開業できるなんてラッキー」と思った。その収入は収入認定されたけれど、着々と前進している実感が私の生きるパワーになった。

     

    よく生活保護受給の話で、ワーカーさんが逐一チェックしにきて嫌味を言う…というようなことも全くなく、月1回ほどのワーカーさんとの面会は楽しみの一つだった。生活保護を抜けたらこんなことをしたい、あんな仕事をしたい、勉強が楽しい、息子がこんな風に成長した。そんなことを話すのが楽しかったのだ。

     

    これはY区が役所の人材を福祉現場から登用するというシステムを取っていたのも大きいと思う。紋切型の対応ではなく、個人に合わせた支援(なければ特例を出してくれてまで)を提供してくれた。

     

    「悔しくて悲しくて惨めで、だけどとても幸せだった生活保護受給者の話③ ~生活保護の即時廃止と泣いてくれた役所の人たち~」に続く